前田慶次の勝てない人 |
仕事で城を開けていた兼続が城に戻るまで、の奇行は続いた。 「はっはっはっ!! そうかそうか、実に我が君らしい発想だな」 当然、諸将は兼続の元へと詰め寄せた。 「私も後でされるやもしれんか」 「そんな事はどうでもいいんですよ、ちゃんと説明して下さい。兼続さん」 「全くだ。無神経な女だとは思っていたが、あいつの頭はどうなってるんだ?! 本当に病かッ?!」
鬼気迫る左近の横で、秀吉同様、何もされなかった三成は不機嫌絶頂という面持ちだった。 「そうは言うが、全ての元凶はお前だぞ。三成」 「何?!」 覚えはないと眉を寄せる三成に、全員の視線が集中する。 「元はと言えば、お前が我が君に「太ったか?」などと言うから…」 「「「な、そんな事言ったんですかッ?!」」」 非難の眼差しが、市、左近、幸村から三成へと注がれる。 「俺はそんな事は言ってない」 「そうなのか? だが我が君はそれで相当ご立腹のようだったぞ。覚えていないか? 丁度三週間程前の事だ」 「三週間……いいや、言っていない」 三成が首を横に振れば、慶次がつっけんどんな口調で横槍を入れた。 「むくんでる」 「ああ。それか」 そこでようやく思い出したという様子で、三成が掌を打った。 「「ハァ!?」」 呆れたような声が、秀吉と政宗の口から上った。 「な、ちょっと殿、まさか姫にそんな事言ったんですかッ?!」 言葉にしないまでも、家康や市からも非難の視線が降り注いだ。 「勘違いするな、他意はない」 「ではどういうつもりだったと?」 幸村の問いに、三成は真剣な顔で答えた。 「…あの時は……ただ、あいつの顔がむくんでいたから、風邪でも引いたのではないかと…」 「殿…いくらなんでもそれは端折り過ぎですよ。姫じゃなくたって分からないし、キレますって」 「そうなのか?」 「そういうものですよ」 全員が呆れる中、兼続も眉間を押さえていた。 「それでは、玉子というのは?」 「あの女、基本的に色白だろう」 「肌の事?! 体型の事ではなく?!」 「体型? あいつは標準的だろう。多少胸元は戦国の世の娘達よりはでかいと思うがな。 思い出される暴言の数々について、被害を受け続けていた家康と小十郎が交互に問えば、実に無茶苦茶な真理が飛び出し続けた。 「あ、あの、あの、それでは…クマ女がどうとかというのは…?」 「ああ、あれか。不摂生が祟って目の下にクマが出来ていたからな。 「ちょ、殿、それいくらなんでも無茶苦茶ですよ」 「そうか?」 「そりゃそうでしょうよ」 「どこが無茶苦茶だというのだ、クマが出来てる女をクマ女と言っただけだぞ。何が悪い?」 「全部だろ、そりゃ」 自分がいない間に、一体どれ程の言葉の暴力がを襲っていたのだろうか。 「…三成、いくらなんでも無茶苦茶だぞ。 「短気な女だな」 「そうではありません」 そういう話となれば、見過ごしてはおけないと、市が割って入った。 「女性は少なからず、己の身に何かしらの劣等感を持っているものです」 「そうなのか?」 「はい、特に…年齢とか、お肌の状態とか、重いとか、育つとか、太いとか、小さいとか… 「逆もですよ」 左近がすかさず付け加えた。 「分かった、覚えておこう」 三成は初めて知ったとばかりに相槌を打った。 「俺が怒らせた事はよく分かった。だが、それでどうしてあの奇行に行きつく?」 「何、ちょっとした例え話をしたまでだ」 三成の口から「後で話しておく」と聞いた兼続は、頷いてすぐに種明かしをした。 「はぁ…なるほどなぁ……それであの発想、行動か」 蓋を開ければこれ以上はない分かり易い動機で、全員が虚脱感に包まれる。 「全く、どういう精神構造をしているのだ。あの女は」 「そうはいうが、そもそもお前さんが余計な事言うからだろう」 三成が嫉妬丸出しの棘塗れの感想を述べれば、慶次が不敵に笑う。 「…っく」 ギリリと奥歯を噛み締める三成の前で、慶次は口の端を吊り上げた。 「恨むんなら、そのつっけんどな物言いを恨むこったな」 それについては同感だと、方々が頷いている。 「……別に俺は、あんな女に頭部など撫でられたくはない」 「へぇ、そうかい。だがあれはあれで結構いいもんだぜ」 「いらぬ」 売り言葉に買い言葉。 「やせ我慢は体に毒だぜ」 「しつこいな」
不毛なやり取りが、その内爆発して肉弾戦に発展したらどうしよう? と家康を始めとした穏健派が慌てる。 「慶次さん〜!! 三成〜!! どこー?!」 二人は互いに何時でも殴り合えるように握っていた拳から力を抜いて立ち上がった。 「俺はここだぜ、さん」 「どうした?」 「あ、丁度良かった。ちょっと町まで下りたいんだけどついて来てくれる?」
室に残った面々が聞き耳をたて、ある者によっては顔だけを出して状況を汲み取ろうとする。
「このお蕎麦屋さん、地上げにあってるみたいでさ。そろそろ嫌がらせの人間が来る時間なのよ。 「どういう事だい?」 「陣頭指揮取ってる奴が陰険な頭脳派らしいのよ。 「いいぜ」 返事も待たずに歩き出すの後について慶次が歩き出す。 「自覚がなくても、あんたの物言いは時として暴力なのよ。いいじゃない、今回はその暴力が役立つんだから」 追いついてきた三成が歯軋りする。 「ハッハッハッハッ!! やっぱりさんは面白いねぇ」 「え? 何が??」 「いいや、なんでもないさ」 「そう?」 「ああ。さんは、さんだ。何時までもそれでいいさ」 含みを込める事なくそう言えたのは、一重に彼女が相手であるからこそだ。 『勝てない相手…か。俺にも居たねぇ』 己の顎を掻きながら慶次は歩き続ける。 『いいや、いないねぇ。これはさんが相手だからこそさ』 慶次は笑う。 「気にしなさんな、さん。この御仁は自分が撫でられなかったからゴネてんのさ」 「なっ! お、俺はッ!!」 言い当てられて動揺する三成を、は呆れたような眼差して見た後で言った。 「えー、そんな事で? 全く…しょうがない人だなぁ…。 小走りになるの背を追う慶次に対して、は何かに気がついたように付け加えた。 「慶次さんは何時も撫でてるから、抱擁ね」 「お。いいね、じゃ、頑張ってみようか!」
すっかりこの娘の掌の上でいいように転がされている気がするが、仕方ない。
|
戻 - 目次 |
慶次Sideを戦人仕様とするなら、姫sideは傾奇者仕様で明るめに…。どの辺が傾奇者仕様? とか悩んだ人は打ち首。(09.06.20.) |