服部のレッツゴー・ブートキャンプ

 

 

「私……この運動の最中に過労死しそうな気がする…」

 大の字で大地に寝転んで、は訴える。
彼女の周囲には、四つん這いになって呼吸を整えている政宗と兼続の姿があった。
片倉小十郎離脱の余波は、どうもこの二人へと襲いかかっていたようだ。
彼ら二人の横に倒れる家康、秀吉は意識もまばらなのかぴくりとも動かない。
二人を心配するように豊臣秀長と酒井忠次が水を浴びせかけ、扇で仰いでいる。
生きた屍と化した彼らの後方で、胡坐をかいて用意されている水を頭から被っているのは慶次と幸村だ。

「最近はね、筆とか箸すら持ち上げるのが辛いのよ…」

「まぁ、様……御労しい…」

「ありがとう、ちゃん……せめてね、せめて、この着物がね、脱げたなら…」

 鼻をすすりながら泣くの額と肩を、左近と孫市の腕が労うように撫でた。

「ですから、姫…それだけはどうかご勘弁を」

「そうだぜ、女神。いくらなんでも、貴方の美しさは男には目の毒だ」

「うん、分かってる……でも……でもね、袴であってもね、その下の帯紐が苦しいの…!!」

 おいおいと泣き続けるの顔が突然陰った。

「?」

 疲れからくる意識の混濁と、逆光の為に自然と目が細くなる。
するとの頭上に立った者は冷徹に言い放った。

「貴様、女だろう。こんな所で何という格好をしているのだ。慎みを持て、慎みを」

 鋭敏な声の響きから、相手が誰なのかを悟ったが疲れ切った面持ちで笑い、答えた。

「あー、三成〜。久し振り、元気してた?」

 近隣諸国への挨拶回りに出されていた彼は、つい今し方帰国したらしく、城に入った途端聞こえて来た重低音バリバリのユーロビートにご機嫌斜めのようだ。

「…それと、さっきのアレはなんだ? 何故あのような奇怪な音曲を垂れ流している? 不快だ」

「……ああ…それはね…」

 もう説明する気力もないと、口をパクパクさせるに代わって、が説明する。
黙って聞いていた三成の顔がどんどん険しくなってゆく。

「…アホだな」

「…ほっといてよ!!」

 自分の不注意だけにその通りなのだが、過酷なカリキュラムをこなした直後にとやかく言われたくはない。
が思わず言い返せば、三成の口から怜悧な言葉の暴力が飛び出した。

「まぁ、いい機会なのではないか。死ぬ気で頑張れ」

「あんたね…人事だと思って…」

「ああ、人事だ」

「助けようとか思わないのッ?!」

「何故俺が? そんなくだらん遊びに付き合う暇など俺にはない」

 淡々と紡がれる言葉に苛立ち、悔しさが込み上げて来たのか、が身を起して吼えた。

「アンタね!! 他に言いようはないわけ!? こっちとら、毎日毎日一時間、突忍背負って拷問みたいな
 トランス・ブート・キャンプ強制的にやらされてるのよ!!

 少しは労ってくれたって、励ましてくれたっていいじゃないのよっ!!」

「そうか」

「そうよ」

「何よ?」

 起き上がったの事を見降ろしたまま、三成は淡々と問う。

「自業自得という言葉を知っているか?」

「うん、知ってるけど…?」

「何よりだ。では、因果応報はどうだ?」

「知ってるわよ。あんた、さっきから何が言いたいのよ?」

「いや、知ってるならばいい」

「それだけ? それだけなの? この状況を見て?!」

「先も言っただろう。自業自得、因果応報だ。まぁ、死ぬ気で頑張れ。さすれば何事も叶えられよう」

 冷淡に鼻で笑われて、はキレた。
だが、キレたのはだけではなかったらしい。

「まぁ、殿…そう言わずに」

「そうだぜ、お前もこの際、自分の事もっと売り込めよ」

 据わった眼差しで立ち上がった左近と孫市が、三成の左右の腕を掴む。

「な、何をするッ?!」

 動揺する三成の足にが齧りつけば、手伝うとばかりに政宗と幸村が腰に噛り付いた。

「離れろ、クズどもがっ!!」

 身の危険を察知した三成が暴れ出す前に、慶次がとどめとばかりに三成の事をその場へと組み伏せた。

さん、やっちまいな」

「はい」

 清々しいくらいに迷いをかなぐり捨てて、は小十郎の腕から外れた腕輪を持つ。

「寄るな」

 凄まじい覇気で睨めば、は身動ぎする。
けれどもここで諦めるほど今日のは弱くはなかった。
及び腰になりながらもそのリストバンドを傍観していた兼続へ手渡したのだ。

「…! な……ま、まさか…兼続…? 一体、何を…?!」

「三成、たまには運動もした方がいい」

 哀れ三成、最後の被害者となる。

 

 

 気温、湿度ともに良好。天気は晴天。
一ヶ月にも渡る苦行は、本日をもってようやく終了した。
戦国に名を馳せる猛者に対して、常に限界との綱渡りを強要してきたトランス・ブート・キャンプ。
不思議なもので、終わってみると参加した者の殆どがインストラクターのタイガーと、摩訶不思議なツールに感謝していた。

"おめでとう。今日、この日、この時を持って、君のトレーニングは終了する。
 このトレーニングを経て、君は諦めないで努力することの素晴らしさを知り、同時に魅力的な肉体を手に
 入れたはずだ。これから先、何か辛い事があってもこの一ヶ月の事を思い出してくれ。
 君はもう屈強な兵士だ!! どんな困難にも立ち向かい、乗り越える力を手に入れているはずだ!!
 君ならばきっと乗り切れる!!"

「タイガー。あんた、結構いい人だったのね」

"さぁ、両手を掲げて…自分と、同じようにこのトランス・ブート・キャンプで努力している全ての仲間を称えよう"

「ビィクトリー!!!!!!!!」

 腕輪の外れたを筆頭に、解放を満喫して参加者が叫ぶ。

「お前達……どっかおかしいんじゃないのか…」

 すっかり筋肉痛になって身動きが取れなくなっている三成が毒を吐くが、誰一人として気にしていなかった。

「いやー、解放されてみると驚くほど体が軽いねぇ」

「確かに…」

 かなりの負荷を抱えて生活と共にエクササイズしていた面々に至っては、飛躍的に身体能力が向上していたようだ。
軽くなった我が身をまじまじと見ては、その効果を堪能していた。

「なぁ、姫様」

「はい?」

「これ、本当に壊しちまうのか??」

「うーん、どうしよう?」

 やり続けている間は散々文句を言っていたものの、改めて聞かれると、躊躇ってしまう。
そんなに、すっかりトレーニングマニアと化した、伊達成実、蜂須賀小六、馬場信春が嘆願する。

「もし良かったら…この箱…」

「儂らで管理させてもらえんか」

「頼むよ!!」

 拝み倒されるまでもなく、もほんの少し壊すには惜しいかな? と思っていたところだ。
は大きく頭を縦に振った。

「そうですね、皆さんに管理任せようかな。いい鍛錬になるんでしょう?」

「おおっ!!」

「有り難い!!」

「すまねぇな、姫様!!」

「うんん、いいの。たまにでいいから、私の事も混ぜてね」

「勿論だ!!」

 和気藹々と談笑するに対し、幸村、孫市、左近、三成が思わず叫んだ。

様!!」

「おいおい、今度は腕輪はなしにしてくれよ?!」

「ちょ、姫…本気ですか?!」

「少しは懲りろ!!」

 言われたは、腹を抱えて笑いながら答えた。

「はーい、ちゃんと気をつけます!! 
 皆、私の為に、御免なさい。それと本当にどうも有り難う。皆のお陰で一ヶ月間どうにかった」

 改めてお礼を言われて、慌てていた面々はこそばゆいとばかりに微笑む。
そんな中慶次は一人で軽く肩を竦めて見せた。

「ま、さんがやるなら、俺はどっちでも付き合うがね」

「ふざけるなっ!!!」

「一体、何人倒れさせるつもりじゃ!!」

 お気楽極楽な慶次に対して兼続、政宗が叫び、渾身の力を込めて彼の肩を叩く。
それすらも豪快に笑い飛ばす慶次の指先でくるくる回るオパールが収まった腕輪。
それが二人に叩かれたはずみで跳ね上がった。

「あ」

「え?」

 跳ね上がった腕輪は宙で緩やかな回転を見せながら、と談笑するの手首の上へとゆっくりと落ちて行く。

 

…カシャン…

 

「……………エ?」

 まさかと思うが、そのまさかが起きた。
手首に外れたばかりのはずの感触が纏いつく。
が恐る恐る己の腕を見下ろした。

「ヒッ!! いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 勿論、絶叫。
そして、見守る面々の中で、今完全に時間は止まった。

"ようこそ!! スーパー・トランス・ブート・キャンプへ!!!"

 忘れたい、逃れたいと思い続けた音曲があの箱の中から流れ出す。

"このキャンプは、トランス・ブート・キャンプをクリアした君の為に用意された特別メニューだ!!
 トランス・ブート・キャンプを超えた、骨のあるエクササイズを、二時間たっぷり、堪能してくれ!!"

 居合わせた面々の悲壮感漂う視線が箱へと向けば、そこには先程消えた筈のタイガーの姿があった。

「…………」

 硬直するが、慶次、兼続、政宗を見た。
それこそギギギギィと錆びたブリキの人形のような動きだ。

「…す、すまぬ…」

「責任は取ろう」

 兼続、政宗は、青褪めながら、己の手から離れたばかりの腕輪を改めて嵌めた。
慶次もまたの嵌めていたピジョン・ブラッドの腕輪を無言で手に嵌めている。

「………う、ぅぅ……」

「うっ?!」

「そ、そんな目で見ないで下さいよ…姫…」

「…お、お供致します、どこまでも…」

 半泣き状態の眼差しで、が孫市、左近、幸村を見やれば、彼らも諦めたように再び腕輪を腕に嵌めた。

「まぁ、一蓮托生じゃな」

「そんな、秀吉様ッ!!」

 無言のまま家康が嵌めて、秀吉がくたばったままの三成の腕と、自分の腕に腕輪を嵌める。

「「「付き合うぜ!!」」」

 意気揚揚と参戦して来るのは、例の、トレーニングマニア三人だ。
が茫然とする中、タイガーの口上が終わり、今終わったばかりのはずのブート・キャンプの音曲が流れ出す。
 地獄のトランス・ブート・キャンプ二周目、今ここに開幕。

 

 

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BGMイメージは「LOOKA BOMBA」とか「ナイト・オブ・ファイヤー」とか、躍動感溢れる物。
で、エクササイズの内容はビリーズ・ブート・キャンプをイメージして頂けると、宜しいかと。
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※マジで電話しないように。 (10.01.17.)