服部のレッツゴー・ブートキャンプ

 

 

"エクササイズは楽しめているかな? ここからが、本番だ!! そろそろ負荷を増やすぞ!!"

「何ッ?!」

 これには当然、付き合わされている全員が顔色を変えた。
現段階で抱えている負荷にだって梃子摺っているというのに、これ以上増やされるなど言語道断だ。
仮に自分達はなんとかなるとしても、に耐えきれるものではあるまい。

さん、こりゃ一体どういう…!!」

 左近が声を荒げ、が慌てて説明書を読み上げた。

「あ、は、はい! え、ええと……様がはめている"りすとばんど"は"えきすぱーと"用との事で……。
 ところで"えきすぱーと"とは、なんでしょう…?」

「上級者!!」

 疑問に対して、もう叫ぶ形でしか答えられないが哀れでならない。

「まぁ、そうですの。有り難うございます、様」

「で、その上級者用ってのはどういう機能がついてんですか?!」

「あ、はい!! そうでしたわね、続きを読み上げますわ。
 ええと……上級者用は、全ての"かりきゅらむ"…特別訓練の事ですわね。
 これを最大の負荷と難易度でこなす事になるそうですわ」

「具体的にはどのような事に?!」

「ええと…」

 懸命に説明書とが向かい合い、言葉を探す最中、一同に最大級の重力が襲いかかった。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」

 象でも背負わされたのだろうか。
慶次以外の全員が、突然両腕と足腰に掛った負荷に絶叫した。
だが慶次とて襲いかかって来た負荷をものともしないというわけではなかった。
彼は彼で、息を呑んで悲鳴を上げるタイミングを失っているだけだったのだ。

「無理、無理、無理っ!! これ、本当に無理ィ!! 私、死んじゃう!!!」

 がずるずると大地に崩れ落ちる。
だが上半身は軽快な音楽に合わせて、ハイスピードで動き続けているままだ。

様ッ!!」

 かかる負荷のせいで足すらまともに上げられなくなっているのに、幸村はを心配して叫んだ。

殿、私に負荷を増やして下さい!! これだけ人数が増えれば、どうにかなるはずですっ!!」

「は、はい!!」

 元気だったはずの伊達成実と蜂須賀小六は汗を撒き散らし脱水症状になっているし、彼らの隣にいる片倉小十郎は、息が上がり過ぎて呼吸困難に陥りかけている。更にその横、竹中半兵衛に至っては既に意識を手放したようで、白目を剥いて体だけがマリオネットのように蠢き続けるばかりだ。

「何これ……まるで……まるで邪教のミサみたいじゃない…」

 が息も絶え絶えぼやく。
もそろそろ限界が近いようで、視線は虚ろだ。

「行きますわ、皆様!!」

 確か、負担を回せと言ったのは幸村だけのはずなのだが。
にとっては、そんな細かい事は、どうでもいいようだ。
我が人生において最初で最後の親友であるを護る為なら、鬼にもなるし、悪魔にだって魂を売り渡す。
そう豪語しそうなテンションで、はリストバンドのメモリを操作した。

「グハァァァァァァァァ!!!!!!!!」

 流石に、今度ばかりは慶次までもが呻いた。

「皆、ごめんーっ!!」

 掛る負荷が、増やされる前の負荷へと戻った為か、が意識を取り戻して泣き声を上げた。

「お、御気に…なさいま…すな…」

 擦れる声、上がる息。そして滴る汗。
ムサイ男どもの撒き散らす汗で、庭先の砂利の色が変わっている。

「畜生……全部終わったら、絶対にぶっ壊してやる…」

 普段なら絶対に言わないような言い回しで左近が毒づいた。

「て、手伝おう…」

「同感じゃ」

 兼続、政宗までが同意する辺り、参加者全員の極限状態を良く表している気がする。
一方で、秀吉と家康は呼吸を維持することで精一杯のようだ。
過酷な運動を続けながら、肩を揺らして呼吸をし続けていた。

"それじゃ、ラストスパードだ!! 後少しだよ、頑張れ!! 諦めるな!!
 トレーニングが終わった後の、理想の自分を思い描くんだ!!"

 タイガーの言葉に合わせて、今までとは異なるアレンジの音楽が流れ出す。

「あ…れ…? これは…冒頭の音曲では…?」

 初日から巻き込まれていれば、いい加減音曲を覚えてしまうのも当然で、幸村が独白した。
瞬間、は察しがついたようで、はらはらと大粒の涙を流した。

「え、あれ? 今度は、別の音曲?」

 「壊れてしまっているのではないか?」と視線で問う幸村の横で、が絶叫した。

「うわぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!
 まさかのメドレー、入ったァァァァァァァァァ!!!!!!」

 冒頭からかかっていた曲の美味しいところどり―――――別名一番過酷な部分ともいう―――――をした楽曲は、その後十五分にも及んだ。武士だけあって体力には相応に自信のあった面々ですら、全てが終わった後、その場に大の字で横たわり、半刻の間立ち上がる事が出来なかったという。

 

 

 悪夢は続いた。
トランス・ブート・キャンプ、開始から六日目。
 予てより「ヤバイな、この人は無理だろうな」と目されていた竹中半兵衛。
彼がツールの自動判断機能によって、生命維持の危険性を持つ参加者として強制的に排除されたのだ。
 トランス・ブート・キャンプ開始から小半刻過ぎた所で、彼は力尽きた。
タイガーとは異なる機械的な音声が鳴り響き、ブレスレットが外れて玉砂利の上へと転がる。
それと同時に、半兵衛は卒倒。そして一同はというと…

「ぎぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!」

 半兵衛が抜けた事によって、彼の分の負荷と彼に回っていたの分の負荷を担う事になった。
咆哮する男共の中、もまた荷重に耐え切れずに大地へと沈む。

様ーッ!!」

 今度こその生命の危機だと判じたは、倒れっぱなしの半兵衛を無視して、腕輪を拾い上げるとその場でうろうろと歩き回った。

「…おー、ここにいたのかね」

「なんだ、この音曲は…?」

 運がいいのか悪いのか、近隣領下の視察に出ていたはずの武田信玄と、その部下、馬場信春が顔を出した。
初日こそ茶室に面した三の丸付近の縁側での決行だったが、人数が増えに増えた事で、今は鍛錬場を使っている。
それだけに見通しはいいし、音楽の響きもいい。
音曲を聞きつけた者が興味本位で顔を出してしまっても不思議はなかった。

「お舘様!!」

 信玄の姿を目視した幸村が青褪めて、叫ぶ。

「なんじゃい? また賑々しい事よのぅ」

 軍配で己の面をコツコツと突く信玄の手をの白い指先が掴む。

「ん?」

「信玄様、申し訳ございませんわ!!」

 ガシャンと音がして、信玄の腕に嵌るはずだった腕輪は、何故か信玄の横に立っていた馬場信春の腕に収まった。
信玄が咄嗟に落ちてくる腕輪の軌道へと、彼の腕を引き込んだのだ。

「流石です、お舘様!!!」

「まぁ、儂じゃからのぅ〜」

 そこは褒めるところではないだろう、と周囲は顔を引き攣らせるが、信玄はお構いなしだ。豪快に笑っている。
だが笑えない状況に追い込まれたのは、生贄にされた馬場信春だ。
白髭を蓄えたいぶし銀な老将には、この特殊訓練は、過酷というよりは死刑宣告に近いはずだ。
 彼の参戦によって、全員が被った負荷からはなんとか逃れる事が出来た。
だとしても、何せ年齢が年齢だ。彼も半兵衛の二の舞になるのは目に見えている気がした。

「…だめだ…この魔のループ……ど、どこかで断ち切らないと……全滅する……」

 が息も絶え絶え呟けば、左近が言った。

「だから……壊しましょうよ…この箱」

「駄目ですわ!! 説明書によると、壊してしまったら皆様の手に嵌ったままの腕輪からくる負荷は、
 一生のものとなるそうですもの!! 皆様はそれで良くても、様には無理ですわ!!」

 慌ててツール破壊案を否定するの言葉に、全員が言いようのない絶望を抱え込む。

「……そ、そんなぁ……もう…い、いっそのこと…殺してよぉ………辛いよ〜」

 が涙ぐめば、慶次が顔を顰めた。

さんよ、俺に負荷回しな。まだいける」

「はい、お願い致しますわ」

 身体能力の有利さからかなりの負荷が来ているはずなのに、慶次はの為ならばと踏ん張る。
そんな慶次の優しさ、勇姿にが見惚れて涙ぐめば、恋敵達は皆、引き攣った笑みを顔に貼り付けた。

「慶次さん〜、ありがとう〜」

「気にしなさんな。だから、諦めずに頑張んな」

「うん、がんばる〜」

 目と目で会話するかのような、二人の世界を作り出される前に、孫市が言った。

さんよ」

「はい、なんでしょう? 孫市様」

「俺もまだまだイケるぜ」

「分かりましたわ」

 普段から能書きの多い孫市が簡潔に話しているあたり、どれだけ辛いのかが伺える。
けれどもそんな実情には構っていられないとばかりにがメモリを調節する。

「うぐっ!!」

 瞬間、孫市の顔が微かに歪んだ。言いはしたものの、身体的にはかなり辛いようだ。
そんな恋敵の姿を見て、刺激されないはずもなく、

「左近もまだ平気ですがね」

「まぁ!!」

「真田幸村、我が闘志に陰りはないぞ!!」

「まぁ!! まぁ!!」

「孫市さん、左近さん、幸村さん、皆、皆、本当にどうもありがとう〜」

 気持ちは分からないでもないが、闘志とか言い出してる時点で、彼もそろそろ限界に片足を突っ込んでいるような気がするのは気のせいだろうか? だとしても、を救えればそれでいいかな? と考えたようだ。
は「感動しました」と微笑みながら、容赦なくメモリを調節した。
 使用法さえ間違えなければ、なかなかの使い勝手であったはずのエクササイズツールは、今まさに、男と男の意地とプライドをかけた拷問器具へと変貌しかけていた。

 

 

 開始から十日目。
トランス・ブート・キャンプ被害は、第二の山場を迎えた。
 竹中半兵衛に引き続いて、片倉小十郎がダウンしたのだ。
彼は未だに生死の境を彷徨っている半兵衛共々、医療所送りとなった。
対して意外だったのは馬場信春だ。
彼は老齢でありながら屈強な猛者で、先にダウンした二人と違いへでもないという様子だった。
それどころか、伊達成実、蜂須賀小六と共に、このトランス・ブート・キャンプを楽しんでいたくらいだ。
人が秘めている可能性は計り知れないものである。

「いやぁ、引き締まりましたなぁ」

「某の腕もなかなかのものですぞ」

「俺は脚力に自信ついてきたかな」

 上司がこんな感じで成果談義に湧き上がるものだから、部下も部下で特殊特訓に興味を示し始めてしまった。
場所を鍛錬場に移している為、人払いもままならない事も手伝った。
最初の頃こそ、兵達は野次馬根性と恐怖を丸出しにした眼差しで遠巻きに見つめていた。
だが上司の肉体に目に見えて成果が出始めると、我も我もとばかりに、自主参加してきた。
動きこそ真似ているだけなのだが、これが参加者にとってはそれなりの効果を促しているらしい。
 トランス・ブート・キャンプは、今や総勢ン百人単位のエクササイズへと変化していた。

「……皆…なんでそんなにお気楽極楽なのよ…」

 最前列で踊るが毒づけば、左近が答えた。

「まぁ、娯楽も少ないですからね」

"さぁ、声を張り上げて!!"

 インストラクターのタイガーの声に合わせて、後方に続く兵達の声が轟く。

「わん・もぁ・せっつ!!!!」

 ノリとしては景気づけに近いのだろう。

「…助けてくれてるのはよく分かってるんだけどさ……」

「どうしました?」

 腕の開いたり閉じたりの動きを繰り返しながらはぼやく。

「これだけ辛い思い…してるってのに、あの三人は…何で……どうして、曲に合わせて歌ってんの?」

 すっかり慣れてしまい歌詞までも覚えた三人―――――伊達成実、蜂須賀小六、馬場信春―――――はお気楽なもので、曲に合わせてノリノリで踊り狂い、歌い続けている。
それが妙に腹立たしいのだと、が八当たり紛いの毒を吐く。

「全くじゃ」

「あれだけ元気なのであれば…彼らにもう少し負荷を増やしても……」

「だよね…そうだよね?」

 すると相変わらず息も絶え絶えになっている秀吉と家康が一も二もなく同調した。
大音量のユーロビートに、不毛な愚痴は掻き消され、ただただ過酷な運動量だけが増えて行くトランス・ブート・キャンプは、今日も今日とて一番最後に過酷なメドレーを経て終了した。

 

 

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