木花咲耶姫 |
背後から一連の出来事全てを傍観していた。 「ぴゃぁ!!」 剣呑な眼差しを向けられた少女は飛び上がるように驚いた。 「ご、ごめんなさい! つい、出来心で…」 彼女が謝罪した理由は、白壁の落書きに見える過程と回答の書き込みだ。 「え、ええと…そ、それじゃ…あの、その…これで…」 おずおずと手渡されていた帳面と筆入れを返す。 「御免なさいって謝ったのに!!!!」 三成の手を躱して、彼の追撃を阻むように帳面と筆入れを彼の顔に向けて放った。 「お待ちください」 行く手を幸村に塞がれたことを瞬時に理解した少女の行動は早かった。 「とったもん勝ち!!」 叫ぶと同時に、懐から幾ばくかの金子を取り出して空に向けてまき散らした。 「待て!!」 恐ろしく回転が速く、目端が利く。 「ええええ!? 落書き程度でそこまでする!? なんでーーーー!!!」 逃走経路を変えるかと思いきや、少女は一心不乱に一点だけを目指して駆け続けた。 「正兄〜〜〜〜〜!!! 清正公(セイショコ)さん、助けてーーー!!!!!」 彼女が金切り声を上げれば、呼ばれた二人の武士が振り返った。 「ハァ!?」 「何したんだ!?」 「殺されるーーーーー!!!」 物騒な発言を大声でしたものだから、往来に居合わせた通行人が巻き込まれまいと、逃げ出した。 「清正公さん、しゃがんでーーーーー!!! 正兄ィはそのままーーーー!!」 指定されて条件反射で清正が腰を落とした。 「だっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」 「正気なのか?!」 雄叫びを上げたかと思いきや、勢いよく両手を突き出す。 「ハァァァァァ?!」 「いってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」 空中で体を丸めてくるくると宙返りして見事に城壁の上へと着地した。 「清正公さん、正兄ィ、ごめーん! それとありがとね!!」 踏み台に使われた二人が悶絶する中、少女は迷わずに門の外へと身を躍らせた。 「はっ、ただ者じゃないね」 往来の影から一連の出来事を見守っていた左近が苦笑する。 「貴様らよくも逃がしてくれたな!!!!」 「何の話だ!! 何の!!!」 「そうだぜ!! あいつが一体何したって言うんだよ!!!」 「例の、賢人を今お前達が逃がしたんだ!!!! 責任をとれ、責任を!!!!」 元はと言えば、寝不足・不機嫌・横柄の三コンボを決めた三成の形相が怖くて彼女は逃げたのだが、そんな事情を彼らが知る由もない。 「「何ィィィィィィ!?!?!」」 清正と正則は二人同時に絶叫した。
見事に逃げられたと唸り続ける三成の嫌味に耐えに耐えていた清正と正則も限界とばかりに立ち上がった。 「まぁ、正則殿がどのようにして知り合ったかはともかくとして、面は割れたんだ。十分な収穫ですよ。 まだ打つ手はあると、左近は言う。 「隔週水曜日、34番の割符で納税しに来てる娘の記録が見たい」 左近の問いかけを受けて窓口の役人がすぐに反応した。 「さて…お名前、拝見…と」 彼女が関わった案件の纏められた帳面を開いて、該当部分を探し当てる。 「え、これ、偽名なの??」 きょとんとしている正則に清正が言った。 「木花咲耶、別名かぐや姫の元になった日本神話に出てくる神の名だ」 「身分を隠したい理由でもあるのでしょうか??」 「だろうな」 「だがこうして関わっている村が分かったんだ。今度はこっちから出向いて尋ねるとしましょ?」
左近の提案を受けて、一行は日を改めて木花咲耶が関わったとされる村へ赴くことになった。 「出来れば、お話をしてみたいのです」 日々研鑽を胸に刻む若き武士は、いたく木花咲耶を気に入ったようだ。 「で、何時から顔見知りだったんだ?」 タイミングの問題だから今更責めても仕方がないのだが、連日睡眠妨害をされて巻き込まれた立場の三成としては怒りが冷めやらぬといった所だ。 「何時っていってもよ〜。かれこれ数か月前? 役所の前で納税の順場待ちしててよう」 「それで?」 「偶々、二八蕎麦の屋台で一緒になったんだよな〜。その後で一緒に御焼食べる様になってさ〜」 ようは買い食い仲間だったらしい。 「清正、お前は?」 「俺は正則の紹介で…」 白馬を駆る清正は終始険しい顔をしている。 「三成、吉継。乱暴な真似だけはするなよ? あいつは不憫な子なんだ」 「どういうことだ?」 先を馬で駆ける三成が問えば、清正が答えた。 「故郷が焼き討ちにあったらしくてな。流れ流れて、この国に来たと言っていた。
完全に兄目線の清正は木花咲耶の言葉を信じ切っているし、己の生い立ちに重ね合わせてでもいるのか、同情的だ。もし木花咲耶が望まぬ方向へ二人が話を強引に誘導すれば力づくで阻もうとするに違いない。 「案ずるな、清正。礼を尽くして招致したいだけなのだ。 「俺は友人になど、望んでいない。関わった手前、見届けたいだけだ!」 吠える三成をやり過ごして馬を走らせること30分。件の村が見えてきた。 「すまない、少し聞きたいのだが」 馬上から声をかければ、作業していた農民の一人が目を見張った。 「ああ、そう構えなさんな。ちょっと人を探してるんですよ」 左近が先読みするように馬から降りた。 「これくらいの背丈の少女を探しててね。一風変わった衣服を好んで着てましてね。 左近の言葉を聞いた農民達が互いに顔を見合わせた。 「間違いないだな」 「ああ、あんな着物着るのはあの嬢ちゃんに決まっとる」 「あれじゃろ、まぁたなんか無茶苦茶言ってお上と交渉したんじゃろ」 「やり過ぎたんと違うか…」 「あー。けどなぁ、悪気がある子でもねぇしなぁ…」 知ってはいるが庇いたいという様子の農民達の口を割らせるべく、左近は軽い調子で言う。 「いやいやいや、お咎めじゃぁないんですよ。むしろその逆でね!」 「逆ですかい?」 「ああ、あの子の柔軟な発想のお陰で城の板場がいい塩梅に活気づいたもんで、褒めてやろうって話でして」 本来の目的が吉継の下への勧誘なのであながち間違いじゃない。 「なんだ、そうでしたかぁ」 左近のとりなしで疑念を払ったらしい農民は安心したのか、指先を上げた。 「あそこに小高い山があるの、見えますかいの」 「ええ」 「あの山頂にこじんまりとしたお社があったんですわぁ。ここ十数年無人でねぇ。 「へぇ…そうなんですか」 「民よ、確認したいのだが、彼女の名は?」 「へぇ、確か言いましてな。どこだったか遠い遠い…ああ、そうだ、東の方の…なんだったかねぇ、ほら」 「東京だべさ、東京!」 「ああ、そうだったそうだった。その東のなんたらって国から流れてきたそうで…」 聞いたこともない地名に馬上の知将・勇将が目を見張る。 「なんぞ身寄りもなく、山の中でひっそり暮らしておりますだ。どうか温情をかけてやって下せぇ。 「皆まで言うな、分かっている」 三成が長引きそうな話を切り上げようとした。 「お武家さんらはこれから山へ行かれるので?」 「そのつもりだが、まずいか?」 吉継の問いに農民は答えた。 「まずいかどうかは分からねぇけども、今行ってもいないと思うんじゃがの」 「不在?」
「ええ、山頂から煙が昇っとりますじゃろ? あれ、炭焼きしとるんじゃないかと思うんじゃが、あの煙が出とる時は 「芸を見せに?」 「んだなぁ。今日は青に三日月の神々しい衣装で出かけってたなぁ。 「歌い踊る?」 「んだ。故郷の流行りの舞とか何とか言って、大層、評判が良いんだそうで」 「あい分かった、そちらを当たってみるとしよう。感謝する」 得られる限りの情報を引き出した一行は、目星をつけた町へ向けて一路、馬を走らせた。
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