石田三成という男 |
どれくらい経っただろうか。 「この日を待ちわびてたぜーーーーー!!!!! 今日こそ俺の女にしてや…ぶべぇ!!」 「痴れ者がァ!!!!」 飛びかかろうとした男目がけて志那都神扇が振り込まれた。 「ふぇ!? え!? 何!? 何?! どういうこと!?!」 湯舟の中に肩まで浸かり、体育座りで胸元を隠すが、視線を周囲に走らせた。 「え!? なんで!?!?!」 ばっちり石田三成と目があう。 「くっそぉ!!! ! 俺は諦めねぇからなぁ!!!!」 邪魔の入った男は捨て台詞を吐くと、そのまま山の中へと逃げて行った。 「えー、助六さん…まだ懲りないの…って、服ーーーー!!!!! 持ち逃げすんなーー!!!!!」 勝手気ままな独り暮らし。脱衣所などあってないようなものだったのか、は自分の着替えを木々に引っ掛けていたようだ。それを襲い掛かってきた男に持ち逃げされたようで、涙目で絶叫した。 「ああああああああ!!!! どうしてくれるのよぅ!!!!!」 上がるに上がれないと嘆くの声を聞きつけて、社の中から飛び出して追走し始めたのが、自称兄の清正と正則だ。そう遠からず、あの常習犯っぽい痴漢は二人の手で制裁を受けるだろう。 「っと、ここに来るまでに色々あったんで、あんまり綺麗じゃないかもしれないですがね。使って下さい。 湯舟の中で縮こまり続けるの頭の上に降ってきたのは小豆色の羽織だった。 「どーも」 軽快な調子で左近が手を上げていた。 「じゃ、着替えが済むまで左近らは社に下がってますので。ごゆっくり」 左近に促されて殺意の波動に包まれていた三成が踵を返した。 『え…なんで…? この人達…どうやって??? 疑問符塗れの頭で考えても答えは出そうにない。 「あ、やっぱり帰ってない」 「帰るわきゃないでしょうが。あんたに用があってわざわざ来たんですから」 軽快な調子で左近がおいでおいでと手招きすれば、は渋々寝室を出た。 「おじさん…羽織、洗って返しますね?」 「そりゃどうも。別段気にもしませんがね」 居心地が悪いのか、は顔見知りである左近の傍へと自然と寄ってゆく。 「あの…えっと…それで??」 純白の着物に過剰反応しそうな幸村に「死装束じゃないです! 鶴のイメージです!!」と釘を刺した。 「お初にお目にかかる、俺は大谷吉継」 『吉継?? あ、関ヶ原で小早川にやられた??』 「不躾に上がり込んですまないが、貴方に頼みがあってこうして尋ねた次第だ」 「は、はぁ…」 吉継は懐から書面と、が作って貼り出していた塗り絵を取り出して床に丁寧に並べた。 「まずは俺の拙い遊びに付き合ってくれたことを感謝する。 吉継の言葉を反芻しているのかは無言だ。 「え? あの、ちょっと待って下さい、今なんて?」 「俺の友人になってほしい」 「その後」 「秀吉様を共に支えてくれ」 「嫌ですけど?」 軽快な言葉のキャッチボールは、予想外の剛速球で第一ラウンドを終えた。 「はぁはぁはぁ…なんなんだ、あいつは…」 「え? あれ、清正公さんと正兄! 二人も一緒に来たの?」 「すまん、あの野郎…腰巻食いやがった…」 「俺と清正で着物は取り戻したんだけど…悪ィな…」
全力で追いかけっこでもしていたのだろうか、肩で息を吐く清正と正則が取り戻した着物を差し出してきた。 「それで、あの…助六さんは?」 「「河原に沈めてきた」」 「ならばよし!」 清正と正則からの報告を受けて、納得の結末だとばかりには親指を立てた。 「あいつ何時もあんななのか」 「うん、ここに住むようになってからほぼ毎日。年齢が近いせいか何かと…ね。 は苦笑いを見せてから立ち上がった。 「…陶器なんかはまだ手に入れられる程裕福でもないので、ご勘弁ください」
裏の竹林から切り出したのだろうか? 「…それでですね。それ、飲み終わったら帰って下さいね??」 淡々と要件を告げるには吉継の誘いに対する感謝はない。 「そっか〜。清正公さんと正兄達が登って来ちゃったから罠がなくなっちゃったんだなぁ…」 「う!?」 確かにその通りで、一同、返す言葉もなかった。 「それで助六さんも登って来れちゃったし、私は風呂を覗かれるわ、下着も盗まれて食われるわしたんだなぁ…」 は遠い遠い目をしていた。 「えーと…なんか、すみませんね」 罪悪感を抱いたのか左近が謝罪する。 「いえ…いいんです…着物は返ってきたし……はぁ…明日からまた罠作るのかぁ…」 「身の危険を厭うのならば、ここを出たらどうだ? 住むところならば俺達がどうにかしよう」 三成が切り出した。 「それって、住処を用意するから貴方に仕官しろという事ですか?」 「どう受け取って貰っても構わぬが」 「お断りです」 言葉のキャッチボール第二段も、あえなく剛速球で終了した。 「あの、ここから離れたくない理由でもあるのですか?」 追い縋るように幸村が控え目に問えば、はお茶をごくりと一口飲んで深い溜息を吐いた。 「あのですね。なんでもいいんですけど、1つ聞いてもいいですか?」 全員が押し黙る。 「吉継さんはもういいんです、さっき聞いたから。でもね。貴方方、一体誰ですか? 言われてみればその通りだったと幸村は慌てて居住まいを正した。 「申し遅れました。私は真田幸村と申します。こちらは石田三成殿、吉継殿の親友です。 『うっひょう! 関ヶ原西側の面々かぁ』 清正と正則は顔見知りのようだから割愛したと幸村に説明されては納得したとばかりに頷いた。 「で、俺達は貴方をどう呼んだらいいんですかね? まさか本気で木花咲耶姫とお呼びしろと?」 混ぜ返してくる左近には視線を合わせた。 「あんなバレバレな偽名使ってるんです。素性を暴かれたくないと想像できませんか?」 「出来ますよ? けど俺らも名を明かしたんだ。次は御嬢さんの番じゃないですかね?」 「…それもそうですね、と申します。ただの隠遁者です。 「御冗談を。その若さで隠遁ってのはないでしょう。町でも随分有名なようですし?」 ぐいぐい食い下がってくる左近にはやり難そうな視線を向けた。 「あの…差支えなければお聞かせ願いたいのですが…」 幸村が遠慮がちに問いかけてきた。 「殿は、どこかのお家の末裔…なのでしょうか?」 「え、なんで? どうしてそう思うのですか?」
「いえ…天下に名高い豊臣の配下に招致を受けて、にべもなく断られるのであれば相応の理由があると思うのです。 「例えば桔梗紋の家系とか?」 幸村の言わんとしたことを察したようにが混ぜ返した。 「冗談です。単純に天下に興味がないんです。今の生活が性に合ってます」 秀吉の子飼い相手に下手な煽りをするつもりはないと、は首を横へと振った。 「この社での生活の、何がいいというのだ」 三成の問いに、は「そうですねぇ」と思いを巡らすように瞼を閉じた。 「まず、気楽です。時間に急き立てられてないのがいいですね。 昼夜がないような生活でも強いられていたのだろうか? 「富にも名声にも興味はないというのか」 「ないですね、全く。今の生活で、私には十分です」 これはまたどうしてやり難い相手に当たったものだ。 「困りましたなぁ」 左近が自分のお茶を飲みながら愚痴を装って言う。 「天下に出ないから、どこかに属さないから安堵しろと言われましてもね。 脅しになるかならないかのギリギリの線を匂わせてみれば、はさらりと答えた。 「だからさっさとお帰り下さいと言ったんです。 「こりゃ驚いた。先読みの天才ですか?」 「いいえ、ただ屁理屈並べてこのお話を有耶無耶にしたいだけです」 海千山千の渡り軍師を相手に怯むことなくは舌戦を繰り広げる。 「分かった。今日の所はお暇しよう」 「吉継?!」 三成と幸村が吉継の決断に驚く。 「突然の来訪だ。こうしつこくされては殿もお困りだろう。 「以後よろしく」と笑顔で言われては目頭を押さえた。 「いい性格してますね…流石大谷刑部…」 「何か?」 「いえ…三顧の礼を尽くされても、心は変わりませんよ」 「三国志までご存知か。益々興味が尽きない」 「ンンンン〜〜〜〜」 表情を変えず、言葉の調子も変えず、脅すでも泣き落とすでもない。 「友達にもならないし、貴方に仕えることも私はしません。 「伺おう」
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