石田三成という男 |
固唾を呑む面々の前では怯むことなく、人差し指を立てた。 「まず、先程も申し上げました通り天下に興味がありません。そして私は豊臣には敵対しません。 続いて中指を立てる。裏返して指を立てているが、ピースサインだ。 「この生活が本当に性に合ってます。わざわざ貴方に仕えて苦労を背負い込みたくはありません。 最後に親指を立てた。 「それに仮に、ですけど。貴方に仕えたとして、誰が私の身を守ってくれるのでしょうか? そこでは一息ついた。 「俺達が守るとか安易に言わないで下さいね。 ぐぬぬ…と清正が奥歯を噛んだ。 「分かります? 貴方方が持ちかけてる招致は、貴方方には利点があっても、私には一切利点がないんです」 掲げていた指を折り曲げて、改めて膝の上には己の掌を置いた。 「それにこれが一番ここから出たくない理由なんですけどね。 「え?」 「は?」 「何?」 「ハイ?」 「はぁ??」 「お…お風呂、ですか?」 全員が肩透かしを食らったような表情になれば、はうっとりとした表情を見せた。 「近くに天然の源泉があるみたいで、運よくここにもそれが流れ込んでいる場所があって。 「ああ…なるほど…」 左近が可笑しそうに笑った。 「こりゃ、気が回りませんで…失礼しました」 左近が一番最初に立ち上がった。 「それじゃ、突然すみませんでした。また顔出しますよ」 「ええええーーー」 「巷で人気の舞姫に会いに来るなら、別にいいでしょう?」 にやりと笑われると返す言葉に詰まるようで、は眉を八の字に下げただけだった。 「俺は諦めていないんだがな」 吉継、左近が主だって結論を出してしまった為、三成は口を挟む余地がなかった。 「ですが殿、あの人を落とすなら、戦略を変えねばなりません」 それは分かっていると、三成も頷いた。 「俺達はあの人を"賢人"と持ち上げすぎた。ありゃ賢人の前に、ただの"女"だ。 「まずはどうする?」 「懐に入れりゃ一番なんだが、どうでしょうな。あれだけガッチガチに足元固めてるんだ。容易じゃないでしょう」 「彼の方は踊りや歌を好まれる御様子、趣味を通してお近づきになるのが得策では?」 幸村の提案を聞いていた三成の目が一瞬鋭く光った。 「………それはお前達に任せる。吉継、の護衛を選出するなりなんなり、早急にすることだ」 「お前は、どうするつもりなんだ?」 言外に「恋に落ちただろうに接触を避けるのか?」と匂わせたつもりだった。 「俺か? 俺にはこれから大仕事がある、先に行くぞ」 急き立てる様に、三成は操る馬の横腹を蹴った。
にとって石田三成という存在は盲点そのものだった。 「御免下さい、真田幸村です。 三成は左近や吉継から色々聞き出して、在宅であると見当をつけた上で幸村に遣いを頼んだ。 「御覧に入れたいって…どんな物をですか?」 タダより怖いものはない。 「ここの所、凄く忙しくて…できれば遠慮したいんですけど…」 「そうですか…ですが、三成殿が仰るには、今殿が抱えている問題を解決できる唯一の方法だと仰せでした」 誰にも吐露したことはない。ひっそり自力で解決すべく奮闘してきた問題を、何故、全く交流していなかった男に見透かされているのか。気味が悪くなる。 「ところで、どのような問題を抱えておいでですか? 私や吉継殿ではお力添えできませぬか?」 人が好い幸村は真摯に問いかける。 「じゃあ…滝から水を汲んできてほしいんですけど…」 「水を?」 「あ、いえ…なんでもないです…」 「構いませんよ?」 「え、本当ですか?」 「ええ、どれくらい汲みましょう?」 「そこの大きな水がめに一杯になるように…」 が示したのは軒先の水瓶で、大人がしゃがめばすっぽり入れてしまう大きさの水瓶だった。 「これいっぱいにですか!?」 「そうですよね、嫌ですよね、面倒ですよね…いいんです、言ってみただけなので…」 はぁ…と深い溜息を吐いて、は酒樽を持った。 「いえ、汲み上げるのは構わないのですが殿の細腕でこれは難渋しているのでは?」 「そりゃそうなんですけど、人を雇えるような経済状況じゃないですし…」 とぼとぼと滝壺に向かって歩き出したの後に、幸村が続いた。 「冬が目の前だっていうのに、当てが外れちゃいましてね。 一体これだけの量の水を何に使っているのかと幸村が問えば、は半泣きだった。 「お風呂ですよ!!! お風呂!!!」 「え。だって、ここ温泉が流れ込んでいるのでは??」 「そうなんですけど…最近なんだかお湯の出が悪いんです。どんどん枯渇していってて…」
なるほど、不足分を滝壺から汲み上げて、山の中で拾ってきた薪を使ってお湯にすることで補っているのか。 「やはり社から出る気にはなれませんか?」 「うん」 「ですが、これから冬ですよ? この調子で冬を越せるのですか??」 「そこなんだよなぁ……どうしよう……いっその事南に引っ越しでもしようかなぁ……」 は深い深い溜息を吐いて肩を落とした。 「まぁ…そんなお金、どこにもないんですけどね…」 定期的に披露する舞や歌で稼ぎは安定しているが、それらは全て税金と日常の生活に使い尽くしてる。 「はぁ……なんでかなぁ……温泉って突然枯れたりします??」 「枯れたりはしないと思いますよ〜」 辿り着いた滝壺で水を汲み上げて運搬用の水瓶に注いでいると、背後から声がした。左近だった。 「あ、左近さんも来たんだ? 三成さん人遣いが荒い人ですね〜」 「そう思うなら、ご一緒してください」 『ここで愚図ると今度は吉継さんか清正公さんか正兄が乗り込んでくるんだろうな』 察しを付けたは降参とばかりに両手を上げた。 「本当に御嬢さんは毎度毎度化けますねぇ」 「町に行くなら芸事披露する時の衣装にしとかないとね、踊る踊らないは別として、いい宣伝にはなります」 「違いない」 移動は常に乗合馬車か徒歩というに合わせてやりたいところだが、先を急ぐからと左近はを乗ってきた馬の上に引き上げた。 「左近が支えますんで、舌を噛まんように、そこだけ気を付けてください」 「はーい。宜しくお願いしまーす」 もうなるようになれと、半ばヤケッパチのは左近に寄りかかった。 「先に三成殿に伝えに行きますね」 幸村の騎馬が先行し、左近の騎馬が後を追う形になった。 『流石武田騎馬隊の理念を受け継ぐ人だわ…』 乗馬に慣れぬが酔わぬように配慮しながら左近は馬を走らせ続けた。 『ン? 何アレ…?』 徐々に町が近くなるにつれて、は街の景観に違和感を覚えた。 「……あれは…一体?」 左近の手を借りながら馬から降りたの問いに、「すぐに分かりますよ」と、左近は不敵に笑う。 「十日ぶりだな、」 「あ、吉継さん。御機嫌よう」 が来ると知ったからなのか、西門の前で吉継に出迎えられた。 「どうかお手柔らかに頼む、石田三成という男はこうと決めたら止まらぬのだ。 「は、はぁ…? そう…なんですね??」 なんのこっちゃっとは首を傾げながら、左近、吉継、幸村の案内で町の北西へと向かった。 『うわぁ……学校の運動場より広い…軽く引くわぁ…』 なんとも言えぬ顔をするを出迎えたのは、仏頂面の美丈夫だ。 「どうも、お久しぶりです」 棒読みの挨拶をすれば、三成は眉一つ動かさず踵を返した。 「お邪魔します」 家の主に聞こえているかどうか怪しい挨拶をして先を進む三成の後に続く。 「わぁ……すごくいい景色」 素直な感想に、三成が満足そうに小さく口の端を吊り上げる。 「ここだ」 先を歩いていた三成に促されては離れの前に立った。 「階下が真打なのだよ」 三成に言葉少なく促されて、は階段を下りた。 「ここだ、開けてみろ。お前の悩みはこれで解決する」 「はぁ…そうですか」
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