人たらしとの契約 |
何時もの町に繰り出せたら良かったのだろうが、流石にそれはままならなかった。 「え、あれ? え?! お嬢ちゃんもしかして舞姫さんかい??」 「え? あ、はい」 かつて踊っていた町でを見ていたらしい。一人の男がに気が付いて駆け寄ってきた。 「いやぁ、最近全くお見掛けしないから、別の町に移動したのかと思ってたが…こっちに来てたんか!」 彼は千載一遇のチャンスだとばかりに目を輝かせる。 「こっちにもお嬢ちゃんが芸を披露できる舞台があるんだよ! どうだい? 今日これから!」 コネがあるらしい男はをぐいぐい引っ張る。 「ええ話じゃ! わしも是非お目にかかりたい!! どっちじゃ?!」 男は純粋にの芸のファンだったようで、ぐいぐいとを広場へと誘った。 「え。いや…これ…流石にちょっと大掛かりな舞台なんじゃ…???」 が経験してきた舞台はせいぜい50人の観客が足を止めれば十分な炉端の舞台だ。 「いや、これ、ちょっと無理だってば! こんなに広い場所でなんて私は…!」 「いやいやいや、大丈夫だって!! あんたの芸なら、これでも小さいくらいだ!!」 ぐいぐいと舞台裏にを引き込んで、男は言う。 「舞台の上に仕掛けがあって、赤、黄、青の板を踏むと仕掛けが作動してな。
「是非、何時もの舞を見せてくれ!」と言い置いて、男はさっさと観客席の最前列に降りて行ってしまった。 「まだか〜〜〜!」 まだ疎らに埋まっただけの観客席を見ると、大きな出し物と出し物の合間の一時を許されたのだろう。 「へー。奈落もあるのね、ちゃんとネットもあるみたいだし…今日は流石に使えそうにないけど… 紙吹雪と連動する仕掛けは黄に花札の模様が刻まれ、背景画の切り替えは青、紫、緑の三色だ。 「オッケー。じゃ、久々にやりますか!」 緞帳係に開演の指示を送れば、緞帳が上がった。 「紳士淑女の皆さま、何方様も準備は宜しいですか?」 聞きなれぬ枕詞に観客席が静まり返った。 「この度お目にかけますのは、遠い遠い町の、祭りにてお披露目された歌と舞にございます。 両手を大きく広げて、観客席の端から端へ視線を向けて口上を述べて一礼する。 「And now. Grand Finale!!!」 歌い踊る曲のサビの繰り返しの最中で、は声高らかに宣言し、紙吹雪用の床板を爪先で踏んだ。
「これにて本日の私(わたくし)の出し物は終了となります。この後は是非、由緒正しき演目をお楽しみ下さい。 レヴェランスと呼ばれるバレエ式のお辞儀で出し物を切り上げて舞台裏に戻った。 「秀吉…あの子、想像以上にヤバいぞ」 三成が懸想し、吉継が配下に欲しがると小耳には挟んでいた。 「あ、藤次郎さん。犬千代さん。はい、これ!」 投げ込まれたおひねりを、二人に同額分配しようとしてくる無欲さと素朴さに参ってしまう。 「ええんか?」 「うん! 二人が連れ出してくれたから、町も散策できたし。久々に思い切り歌って踊れて楽しかったし!」 自分一人では決して得られる時間ではなかったとは笑う。 「でもそろそろ離れに帰らなくちゃね」 名残惜しさはあるものの、このまま逃げようとは思わないのか、は帰路を辿る。 「なぁ、仕えるのは嫌なのに戻るのか?」 利家が率直に疑問を投げかける。 「逃げると吉継さん、追いかけて来そうだからさ〜。 「そうなんか??」 秀吉が不思議そうにを見れば、は少し逡巡してから、 「まぁ、二人は政治に関係してなさそうだからいいかな」 と独り言ちた。 「仕えるのは嫌、危ない目に遭いたくないし、やっかまれるのも嫌。 「何?」 「フェ?」 予測ではなく断言だった。 「秀吉様が生きてる限り、豊臣領にいた方が安全なんだよね。 「そ、そうじゃったんか…」 「なんかあんた、運がないな?」 「まぁねー。運はないかも…」 遠い目になったを元気づけようと秀吉は軽い口調で言った。
「と、豊臣秀吉が天下を統べるっちゅーなら、吉継様の下に仕えた方が給金も貰えるし万々歳なのではないんかの? 「それ、二人にも言われました。左近さんや幸村さんにも」 「でも断った??」 「だって仕えて、残って、ヤキモキしたりしたくないし。 かつて三成や吉継からの申し出を蹴った時と、全く同じ回答。 「じゃ、お願いします」 「お、おう。分かった」 「任せてちょ」 二人がかりで発注された衣類のお届けと嘯いて、長持ちを離れに持ち込む。
「御免ください〜〜〜」 「あ、藤次郎さん! こんにちは。今日は犬千代さんは一緒じゃないんですね?」 「ええ、まぁ。あいつにも仕事がありますからのぅ」 「そっか〜。どうぞどうぞ、上がって下さい」 「へぇ、お邪魔します〜」 今日は御用聞きというより、珍しいお菓子を手に入れたらお裾分けだと秀吉は言った。 「数種類の嘉祥菓子を友人から頂きましてなぁ」 「へ〜。そうなんですね。私なんかが頂いてもいいんでしょうか?」 「なぁに、仰山もらいましてな。食べきれんでのぅ」 がお茶の準備をしながら桐箱に詰められた色とりどりの和菓子を見て目を輝かせる。 『やはり女子じゃのぅ』 「お好きな物を好きなだけ取って下され」 すっかり菓子に意識を持って行かれているから鉄瓶を受け取り、茶の準備をする。 「ええと…どれにしようかな…。こんなに沢山あると目移りしますね」 饅頭や干菓子だけではなく外郎や羊羹や求肥を使った菓子が花や家紋を思わせるデザインで品よく並べられている。 「これ、お高いんじゃありませんか??」 外郎と饅頭をお皿に取り分けたがじっくりと目で菓子を楽しむ。 「高いかもしれんが、よう分からんなぁ。貰い物じゃし」 「それもそっか」 充分目で楽しんで、は黒文字で菓子を切り分けた。 「頂きまーす」 「どうぞ召し上がれ〜」 ぱくりと一口口に含めば、うっとりとした表情になる。 「すごい、上品でしつこくなくて甘くてさっぱりしていて…。 「はっはっはっは、そんなに喜んでもらえると持ってきた甲斐がありますわ〜」 言葉と裏腹に、秀吉の笑みはどこかぎこちなく見えた。 「藤次郎さん…何かありました?」 「ふぇ?」 表情にも声にも出していなかったはずだと、視線を泳がせる秀吉をが真っすぐに見つめる。 「私じゃ大したことは出来ないかもしれないけど、聞くくらいは出来ると思うの」 なんとか誤魔化そうとあれこれ言い訳やすり替える話題を秀吉は探して口にした。 「……流石に吉継様が求めた知恵者じゃのぅ…」 ついに秀吉の方が音を上げた。 「愚痴っぽくなってしまうが構わんかの?」 「バッチコーイ!」 掌を自分に向けて手前にくいくいとは引き倒した。 「その菓子…わしの古くからの友人が送ってくれたんじゃ」 「うん」 「大旦那様がおられた時は良かったんじゃ。 「うん」 「じゃが…大旦那様が亡くなられてしもうて…」 「変わってしまった?」 「ああ…わしは変わったつもりもないし、あの頃のままのつもりなんじゃ」 「でも相手が変わった?」 「分からんのじゃ。あの頃の様に気軽には会えんし、手紙を書くにもわしには学がないし、検分されてまう」 「立場が変わったと仰いましたけど、どんな風に変わられたのですか?」 「大旦那様の後釜を…二人で競う羽目になったんじゃ」 「そっか…それは…辛いですね」 秀吉はしゅんと肩を小さく窄めた。 「今ん所わしがちょびっとだけ有利なんじゃ」 「ご友人はそれを喜んではくれない?」 「いや……よく分からんが……わしは生まれも育ちもよくはないし…。 「あー。なるほど。叩き上げとボンボンの派閥抗争って奴だ」 こくんと頷いた秀吉はとてもとても寂しそうだ。 「同じものを見ていたはずなんじゃ。大旦那様の背を同じように追いかけておったんじゃよ…それが今は…」 「このお菓子を見てそれを思い出すっていうくらいだから、このお菓子に何か思い出があったりしますか?」 秀吉は首を小さく横に振った。 「いや…季節の変わり目のご挨拶っちゅーことで、友人が贈ってきた菓子がそれなんじゃ」 「ハァ? え、なら悩むこと別にないじゃないですか」 今まで同情的だったの声が呆れたような声色に変わる。 「藤次郎さん、このお菓子ちゃんと自分でも食べましたか?」 「う、うん? 饅頭食べたぞ?」 「なのに分からないの?」 「え? え? え?」 が黒文字で羊羹を刺して、秀吉の口元へと差し出した。 「このお菓子は作り手の思いがしっかり込められてます。これだけ美味しいお菓子なんですよ? ぐいぐいと押し付けると勢いに負けて秀吉は羊羹を口に含んだ。 「藤次郎さんの話だと、お二人の部下が色々行き違いを起こさせてるんだと思います。 「一緒?」 「そう、今となっては大旦那様のことを語れる友は他にいなくて、寂しい思いをされているのでは?」 ぎょっとした顔になる秀吉には言う。 「大旦那様に引き立てて頂いたんですよね?」 羊羹の残りを咀嚼しながら秀吉はこくりと頷いた。 「大旦那様と、藤次郎さんとご友人の三人が知る思い出の場所や味は有りませんか?? 「場所…味…」 「そう。それを見るか、出された時にご友人が見せる反応こそが、その方の本心だと思います」 は自分の小皿の上の求肥の菓子を口の中に放り込んだ。 「これだけ美味しいお菓子を送ってくるんですもの、心配はないと思いますよ?」 黒文字を皿の隅に置いて、菓子が収められた桐箱の蓋をとった。 「今の相談料としてこのお菓子、全部もらいますね?」 「ぷっ、わーははははははは!!! 敵わんのう! 好きするといいんさ!」 「ふふふ、だって美味しかったんだもん」 悪戯っ子の様には桐箱を取り上げて茶箪笥の上に移動させようとする。
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