人たらしとの契約 |
「藤次郎さん」 声を少し固くして、は秀吉を見やった。 「ご友人って、今は国境を越えた場所に仕えてます?」 「え、ええ。まぁ…そうじゃな…」 「…そう…。藤次郎さんは商人だから大丈夫だとは思うけど、国境を越えた交流なら十分気を付けて」 「不味いんかの?」 「国境を越えたら、当人同士が望まなくても、戦に巻き込まれる可能性、あるじゃないですか。 が何を思い、何に不安になったのかは分からない。 「さてと、わしはそろそろお暇するわ」 「あ、はい。何のお構いもしませんで」 「いんや、十分すぎる元気を貰ったんさ!」 晴れ晴れとした様子で帰ってゆく秀吉の背に、は言った。 「また犬千代さんと遊びに行きましょうね!」 『"来い"じゃなくて、"行く"なんじゃな』 言わんとしていることを察して秀吉はにかっと笑って掌を振った。 「承りましたわ! 楽しみ待ってて下され!」 「はーい。またね〜」
吉継、三成の知らぬところでと秀吉、利家の親交は日に日に深められて行く。 「ん〜〜〜、やっぱ外の方が性に合ってる〜〜」 石田邸の離れに匿われてかれこれ半年以上。 『聡すぎるのも考え物じゃのぅ』
少し頑な過ぎはしないかと利家が顔を顰め、秀吉はこれは何か、過去にあったのではないか? と心配する。
「お助け下さい!! お助け下さい!!」 悪人の手に落ちた娘を思い、商人は泣き崩れる。 「払って返して貰えるなら払えばいいんじゃないか…?」 能天気な言葉を口にする役人の言葉にの顔がきつく歪んだ。 「あんた馬鹿じゃないの。身代金要求するような奴が無事に帰してくれるかどうかなんて信用できないから 鈴の音のような声色が、地を這うような低音を紡いだことに秀吉も利家もぎょっとした。 「おじさん、その脅迫文は何時投函されましたか?」 「え、あ…」 の出で立ちのせいでを何処かの武家の者と勘違いした商人が訴え始めた。 「あ、今朝です! 今朝、番頭が見つけまして」 「その番頭さん以外、それを見つけた人は?」 「いえ、おりません」 「そう…まずはお店に行きましょう」 秀吉と利家に声もかけずには商人を伴い、彼の店へ急いだ。 「手習いの通学路は何時も同じですか?」 「はい、駕篭を使っております」 「その送り迎えは誰が?」 「喜助という番頭です。喜助がこの文を見つけた番頭です」 「喜助さんとやらはどんな方ですか?」 「どんな…ですか…奉公に入ってから三年ほどになりまして…」 商人は曖昧にしか番頭の身の上を語らない。 「本日これより棚卸と検品の為、臨時休業と相成ります! 明日以降、改めてお立ち寄りください!」 軒先で掃除をしている丁稚に指示を飛ばして、店内から客を締め出させた。 「商いと、お子さん、どちらが大事ですか」 言いたくても言えなかったのだろう。 「なんでもいい、思い出せるように手伝いますから話してみてください。 女中の一人が挙手した。 「それは何時ですか?」 「昼過ぎです」 は店の前で打ち水をしていたという女中の手をとって瞼を閉じさせた。 「私の言葉だけに意識を集中させて下さい。他の事は今は忘れて」 「はい」 「貴方の前で御嬢さんは駕篭を待っていますか」 「はい。何時もと違って習い事のお荷物が重いようでふらついておいででした」 「付き添いは何方が?」 「喜助さんです、でも変なんです」 「どこが気にかかりますか?」 「何時もお願いしている駕篭ではないんです」 「あ。そうだ!」 別の女中が横から口を挟んだ。 「何時もは亀屋さんの駕籠なのに、昨日は見たことのない駕籠屋でした」 「どこのお店かは分からない?」 「はい」 「でも駕篭の手配は喜助さんがした?」 「はい。喜助様のお仕事ですから」 後について来た利家をがちらりと見た。 「藤次郎さん、件の番頭さんを見張って、どこかに行こうとしたら巧い事引き留めて貰っていいですか?」 「おう、任せるんさ」 「どなたか奥様に白湯かお茶を持って行って慰めて差し上げてください。心が弱っておいでのようです」 は女中達から標的をお店の小僧達に変えた。 「このお店に勤めている小僧さん達はこれで全員ですか?」 「へ、へい」 「では、番頭の喜助さんってどんな人ですか?」 小僧同士が視線を重ね合わせて口籠った。 「仕置きを恐れる必要はありません。御嬢さんが生きて帰るか帰らないかの瀬戸際です。 異論はないな? と視線で縁側の隅に突っ立っている店主を見れば、店主は一も二もなく頷いた。 「お金ばかりに目を向けて人を大事にしなかったツケが回って来たってとこでしょう。 店主は信頼していた番頭に共犯の疑いがかかったこともあり、怒りで打ち震えた。 「さて、犬千代さん。少し手をお借りしたいので、キレかけの表情で私の後ろに立っていてくれますか」 「どうするつもりだ?」 「番頭に自白させます」
広い商店の中を横切って店頭に戻れば、何かと用事を付けて店を出ようとしている件の番頭―――喜助を見つけた。 「高飛びでもするつもりですか? 喜助さん」 「な、何を言っておいでですか?」 「お店のお嬢さんが誘拐されているのに番頭の貴方が何処へ行こうというのです?」 「つ、通常の業務もおろそかには出来ず…」 「48時間」 胡散臭い番頭と無駄話するつもりはないらしいは彼の言葉を遮った。 「そいつ、誘拐の共犯の疑いがあります。捕まえてください」 警吏の目的はを引っ立てることなのだが、誘拐と聞いて顔色を変えた。 「その前に話を簡潔にしましょう。誘拐された被害者は48時間経つと生きて帰る可能性が低くなる。 は喜助をお店の中に押し戻した。 「私の故郷には規律の鬼と呼ばれる武士の伝説があります。その武士の名を土方歳三と言います。 「ご、拷問?!」 水攻めでもするのかと動揺する喜助に、は言った。 「人の足っていいですよねぇ。特に貴方みたいな立派な殿方は足の甲がとても広い。 淡々と料理の作り方でも話すようには拷問の方法を解説する。 「大丈夫ですよ、片足無くなっても人は死にはしませんから。 「は、ははは…お、脅しだって分かってるぞ!! 出来るはずがない!!」 「何時私がやると言いましたか」 「え」 店の隅から金槌と釘の束を見つけ出したは、それらを彼女の後方に控えていた利家の掌に乗せた。 「ひっ!!」 息を詰めた男を真っすぐに利家は見据えたままだ。 「女中さんでも小僧さんでもいいから蝋燭持ってきて〜〜〜」 が声を張り上げれば、喜助は叫んだ。 「分かった!!! 分かった!! 言う!! 言うから!!! 待って、助けてくれぇ!!!!」 洗いざらい計画を吐露した喜助は全身から脂汗を流して項垂れた。 「清正公さん、正兄ィ! ちょっと手を貸して!!!」 が目指したのは加藤清正と福島正則が良く出入りしている道場だった。 「ハァァァァァァ!?!」 「え、ナニコレ? なんだこれ??!?!」 『言うな!! 知らんふりをしろ!!!』 二人の口から正体がバレることを恐れた利家と秀吉が身振り手振りで誤魔化す。 「つまり?」 「多分番頭が引っ立てられたのはバレてると思うの。 「カチ込むってお前もいくのか?」 「私は根城の廃屋の外に隠れているので、清正公さんと正兄ィで宜しく!」 「後ろの…その…お二人は…?」 「あ。忘れてた」 「えええええええ」 「まぁ、乗り掛かった舟だ。手伝ってやるよ」 バキボキ指の骨を鳴らす利家が実に頼もしい。 「大丈夫さ! わしがしっかり舞姫様の事は護るんさ!」 任せろと秀吉は己の胸を打った。 「じゃ、そういう事で行きましょう!」 清正と正則を巻き込んでは町外れの廃屋を目指した。 「本当にここにいるのか?」 「多分ガセじゃないと思う、そこまであの番頭は根性据わってないし、頭良くもないよ」 「まぁ、脅迫にあっさり屈したくらいだしな」 「「脅迫?」」 清正と正則に声が重なった。 「私が様子見てこようか?」 「いや、時間ないんだろ? カチ込むだけカチ込んでみるさ」 脳筋丸出しな清正、正則、利家の決断をが「頼もしい」などと安易に煽った。 「外に俺達の仲間がいる、走れるか!?」 利家が促せば怯えていた少女はこくこくと頷いて、一心不乱に走り出した。 「大丈夫?」 女の子を抱き上げて、廃屋から一歩でも遠くに逃げようと身を翻したを、ならず者が追いかける。 「遠慮はいらん!! かかってくるんさ!」 「後よろしくーーー!!」 雑木林の中をは女の子を連れて逃げた。 「町まで戻ればこっちのものだから! 怖いかもしれないけど後少し、もう少しだけ我慢してね!」 余程怖い思いをしたのか女の子は震えながらも一生懸命頷いている。 「待ちやがれ、このアマーーー!!!」 清正、正則、利家、秀吉の四人を振り切って三人のならず者がの背に迫って来た。
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