人たらしとの契約

 

 

「ああ、もう!! 幸村さんも巻き込むんだった!!!」

 失敗だったと舌打ちしながら雑木林から町の中へと足を踏み入れた。
ここからだと番所やお店よりも高札を掲げる役所の方が近い。
少なくとも人目の多い場所の方が安全だ。
咲夜は瞬時に判断して道を選んだ。

「待てぇぇぇぇぇぇ!!!」

「誰が待つか、バーーーーカ!!!」

 罵倒して煽りつつ咲夜は逃げの一手を打ち続ける。
そんな咲夜の噂を聞きつけて町の中を捜し歩いていたのは左近や幸村だけではない。
吉継も三成も町に繰り出していた。
 咲夜は長屋の影を縫うように逃げて、高札が掲げられた大通りを目指した。
抱えた子供の重量と走行距離のせいで息が上がっていたが、今立ち止まれば斬り殺されるという予感があった。
咲夜は逃げに逃げて、ついに高札を掲げた役所前に辿り着いた。
 追いかけて来たならず者に囲まれるが、廃屋がアウェイとするらばこの場は咲夜にとってはホームだ。

「お嬢ちゃん、道は私が開くからそこの役場に逃げ込んで。いい? お母さんが来るまで出て来ちゃダメよ?」

 抱えていた子供を下ろして背に庇い、腰を落として佩いた刀に手を添えた。
抜刀する気かとならず者が一瞬怯む。
その隙を見逃さず、先に踏み込んだ。
抜刀はせず、納刀したまま腹部に一撃。

「喰らえ!」

 返す刃で地面を削り取って二人目のならず者の目を潰した。
そのまま三人目をどうにか出来たら良かったのだろうが、振りの速さから刀は竹光とばれたのだろう。
男は抜刀した刀身で咲夜の握る模造刀を斬り捨てると、第二撃を繰り出した。

「くっ!!」

 バックステップで辛うじて躱したが、肩から羽織るだけにしていた羽織の留め具が切り落とされた。

「目潰し!!」

 翻る白黒のだんだら羽織をマタドールのマントの様に扱い、相手の視界を奪った。
それからすぐさま身を屈め、ならず者の後ろ脚をとる要領で、膝裏を打てば、男の重心は前のめりになる。
 小さく呻いて大地に両手をついた男が顔を上げた瞬間を狙い定めて咲夜は後頭部に向けて踵落としを決めた。
顎から大地に叩きつけられたならず者は泡を吹いて倒れた。
 見事な手際に騒乱を見守る人々の間で拍手喝采かと思いきや、そうは問屋は下ろさない。
最初に腹部に一撃入れられたならず者が復活した。

「調子に乗るなぁぁぁぁ!!!!!」

 ならず者が咲夜に襲い掛かった。
重量負けした咲夜は肩を引っ掴まれて往来を押し出された。
相手の腕を振り払おうと腕を掴むが、腕力で勝てずに立ち並ぶ商店の土壁に背中から叩きつけられた。
反動で足が宙に浮いたところで、咲夜はならず者に両手で天高く体を持ち上げられた。

「っ!!!」

 このまま大地に叩きつけられたら骨折くらいでは済まない。覚悟を決めて、咲夜は瞼をきつく閉じた。
だが何時まで経ってもその衝撃は襲って来ない。
恐る恐る咲夜が瞼を開けてみると、ならず者の背後に石田三成が立っていた。
彼はならず者の頸動脈に鉄扇を添えて、淡々と命じた。 

「そのまま、女を下ろせ。手荒に扱えば分かるな?」

「…は、はひぃ…」

 気配もなく近づいて来て、気が付いた時には斬り捨てられる間合いで殺気全開で頸動脈を抑えられた。
ならず者は恐れをなしてそろそろと咲夜をその場へと下した。
お愛想とばかりに咲夜の羽織についた土埃を叩き落とす。

「え、ええと…そ、それじゃあっしはこれで…」

「行けるわけないだろ」

「なんで逃げ切れると思っとるんじゃ」

 そろそろと逃げ出そうとする男の視線の先には廃屋を鎮圧した清正と秀吉の姿があった。
咲夜とならず者を追走して来たのか、二人の息は少し上がっていた。
 あちらの始末は利家と正則が残ってやってくれているらしい。
今頃警吏隊が突入してならず者共を一人残らず奉行所に引っ立てているはずだ。

「秀吉様!!? 何故このような場に!?」

「え!?」

「三成〜。だめじゃろ〜〜〜、バラしちゃ〜〜〜〜」

 絶妙なタイミングでばらされた秀吉は顔を顰めた。
咲夜は三成が紡いだ言葉の意味を吟味し、理解すると絶叫した。

「ハァァァァァァ!??!?! 私の事騙してたの!?!?! 腹黒い人達の親玉も腹黒だーー!!!!!!」

「なっ! 無礼を申すな!!! というか何の話だ、一体何の!?」

「ちょ、酷くにゃーか!?! これまで仲ようしとったのにーーー!!」

 咲夜の暴言に三成は慌てたが、秀吉は全く意に介していないようだった。
寧ろ咲夜に「裏切者!!」と罵られて、秀吉は凹んだ。

「元はといえば、お前らが誘拐騒動なんて起こすからだ!! 真っ当に働け、屑野郎!!!」

 殆ど言いがかりの上、八つ当たりだ。
役所から出てきた警備兵に引っ立てられてゆくならず者に一発拳骨を叩きこんだ咲夜はブチブチ文句を言いながら石田邸への道を辿り始めた。

「ちょ、待って。待って、話を聞いてちょ」

「今、そんな気分では全然ないので。一昨日きやがって下さい」

「一体何がどうなってるんだ??」

 咲夜を先頭に追い縋る秀吉。そしてその秀吉を追う形になる三成。
異様な光景を遠目に見て、吉継は踵を返した。
君子危うきに近寄らずを体現する彼は、大変賢かった。

 

 

「騙された」

「いやいやいや、そんなつもりは微塵もなかったんじゃって」

「嘘つき」

「いやいやいや、ちょーっと言いそびれただけじゃって」

 石田邸、離れの二階。作業部屋に立て籠もってブチブチ文句を垂れ流すのは咲夜だ。
締め切られた襖はまるで天岩戸だ。
 その前で胡坐をかいて秀吉と利家が滾々と咲夜のご機嫌伺いに精を出している。

「もー、マジで信じらんない。あの加賀百万石と天下人に長持ち持たせて離れから脱出してたとかありえない」

「楽しかったけどな」

「じゃろ? 久々に面白かったじゃろ」

 咲夜は違ったのか? と問われると楽しかっただけに咲夜は口籠る。
罵声や愚痴が潰えたことから察しが付く二人はしたり顔だ。

「まぁ、なんだ。こうしてバレちまったんだしな、有耶無耶にするのも馬鹿らしいから直球で問うぜ?」

 利家が言う。

「吉継に仕えるのが嫌なら、俺か秀吉はどうだ?」

「なんでそういう話になるかなぁ」

「あんたの正義感は相当なモンだ。誘拐騒動聞きつけて介入して、さっさと片付けちまった。
 その知恵を、豊臣の為に貸しちゃーくれないか」

「官兵衛さんがいるから別にいらないでしょー」

「知恵者が一人でも多ければ、それだけ早く天下は治まるじゃねぇか」

「それは貴方達の仕事で私の仕事じゃありません」

 取り付く島もないが、二人はなかなか諦めない。

「けどよう、あんたが言ったんだぜ? やがて天下は豊家が治めると」

「そんな事もありましたかねー? 覚えてません」

「豊家の天下が遠のけば遠のくほど、この間みたいな騒動が巷に溢れかえることになるぞ」

 痛い所を突いたのか、咲夜は無言だ。

「おみゃーさん、誘拐の時、ちっとばかしらしくない顔しとったの。
 おみゃーさんもなんぞ辛い目にあったんと違うんか?」

 秀吉が地雷を踏み抜かぬようにと配慮しながら柔らかく話す。

「わしは皆が笑って暮らせる世を築きたいんじゃ。じゃからおみゃーさんの力を借りられたら…」

 咲夜は秀吉の言葉を否定も肯定もしなかった。
沈黙こそが返答。それを受けて、秀吉は察しを付けた。
咲夜も誘拐騒動に似た何かを経験済みなのだ。
だからあんな風に顔色を変えたし、肩入れをしたのだろう。

「なぁ、咲夜。この世に楽園なんぞは存在しないのやもしれぬ…が、造ることは出来るやもしれぬ。
 絶対に出来ないなどとは…思いたくはないんじゃよ。そんなのは悲しすぎる…」

 柔らかい声に襖の向こうでぎしりと音が鳴った。
咲夜が襖に寄りかかったようだ。

「前にお前が言ってたろ? 戦になったら守り手が居ないと」

 利家が畳み掛ける。

「本当にそう思うか?」

「なんです、唐突に」

「あの騒動の時、秀吉はお前を守った。
 お前の話だと、戦場で混戦になったら、俺らは秀吉を命懸けで守る。
 そりゃ当然だ、こいつはダチだし一応殿だしな」

「一応ってなんじゃ、一応って」

「うるせぇ」

 親友だけあって二人きりになると二人の会話はかなり砕けている。

「で、その俺らが守るべき殿は、あの時あんたを守ったんだが……それでも信用無いのか」

 人は秀吉を人たらしと評する。
彼は時に利を説き、富みを使い人を下すが、彼が一番得意とする懐柔法は、言葉よりも行動だ。

「あんたが言ったんだ。自分を守る者はいないと。
 だが土壇場であんたを助けたのは誰だ? その前にあんたの盾になったのは??」

「……盾になったのは秀吉さまで……土壇場は…三成さんに…救われた」

「あんた、二人に助けて、とは言ってないだろ?」

 利家は「この主従はなんだかんだ、言葉より体が先に動く」と付け加えた。
ガタガタと音を立てて襖が開いた。
きつく眉を寄せ、膨れっ面の咲夜が二人の前で体育座りしている。
 咲夜が顔を見せてくれたことが嬉しかったのか、一番天下人に近いとされる小男は飛び上がる程喜んだし、うるうるとした熱い眼差しを向けてきた。
 やり難いと咲夜は額を抱え込んだ膝小僧に埋める。

「護衛」

「お供衆ばっちりつける!!」

「住む処」

「ここでええじゃろ」

「お給金」

「交渉可能」

「お休み」

「出来る限り希望に沿う!」

「なんでそんなに私を欲しがるんですか」

「何故ってそりゃ、あの舞も歌も、また見たいんさ!!!」

 知恵者としての招致じゃないのかと、顔を上げて怪訝な顔を見せれば、秀吉は慌てて言い直した。

「知恵は土壇場でええ。普段は自由気ままに舞って歌えばいいんさ!!」

「だから?」

「わしか、利家が、吉継か。三成でもええぞ? 誰かの下に、どうか仕えてちょ! この通りじゃ!!!」

 最後には拝み倒してくる。
天下に一番近いとされた男が、この低姿勢だ。
 咲夜は、「はぁ〜〜〜〜〜」と深い深いため息を肩で吐いた。

「咲夜?」

「竹中半兵衛を動かした天下人相手に…これ以上言い逃れ出来るわけないですよね」

「おおおおおお!!!!」

 ようやく受け入れてくれるかと目を輝かせる秀吉と利家に、咲夜は至極面倒そうな顔を見せた。

「私、とても無知なので礼節は尽くせそうにないですけど、力の限り頑張りますから。大目に見て貰えます?」

「おう、わしらだけの時は気にせんでええ。わしは藤次郎じゃし、利家は犬千代じゃ」

 にかっと秀吉に笑われて、心底この人には勝てないと咲夜は白旗を振った。
咲夜はゆっくりと立ち上がると二人の前を通り過ぎて階下に降りた。
 豊家の重鎮二人が押し掛けてることから、咲夜を知る武士が石田邸の母屋には揃い踏みだった。

「咲夜殿」

 心配そうな面持ちで咲夜を見たのは真田幸村。

「咲夜、大事ないか?」

 不安そうな表情で声をかけてきたのは、石田三成だ。

「どうも、御嬢さん。機嫌は治りましたかね?」

 穏やかな眼差しで三成の後方に控えるのが島左近。

「咲夜…」

「大丈夫なのかよう?」

 加藤清正と福島正則はそわそわした様子で咲夜の後方に視線を向けている。そこに秀吉が居るのだろう。

「吉継さん、そこ、座って?」

「ああ」

 涼やかな眼差しで見つめてくる吉継に着席を促して、咲夜はその前に腰を落とした。
ふわりと着物の裾を緩やかに揺らして自らも腰を落として三つ指をついた。

「今生にあっては、何時失われるかも定かではない命です。永劫はお約束、致しかねます。
 ですが、豊家が天下を収めるまでは……謹んでお仕えいたします」

 美しい礼だと吉継は感嘆の吐息を漏らした。

「契約の条項は後程書面でお願い致します」

「無論だ。君が誇れる殿と呼ばれるよう、努めよう」

 面を上げろと吉継に促されて顔を上げれば、咲夜を見守る多くの目が安堵を宿していた。

「あ。さっきの条項にもう二つ、加えていいですかね?」

「なんじゃ?」

 問い返した秀吉に向かい咲夜は簡潔に述べた。

「大野治長って人と、小早川秀秋って人とその内、会うことになると思うんです。
 その二人と出会ったら一発ぶん殴っていいですか?」

「なんだそりゃ」 

 呆れたような声を上げた利家に、咲夜は肩を竦めて見せる。

「豊家に肩入れすることになる以上、この二人は一度ボコボコにしないと気が済まないというか…」

「一発じゃなかったのかよ」

 清正の突っ込みが冴えた。

「そこは、ほら。言葉のあやってことで」

 仕える事になったのだから、言葉使いも変えなきゃ駄目だとは思うが、第三者がいる場でもないのだからそのままでいいとは諸将の弁だ。
 それは流石に有り難いと咲夜は胸を撫で下ろした。

「は〜。結局仕えちゃったな〜〜。酷いよね〜〜。三成さんも吉継さんもさ〜〜〜。
 自分らが駄目だったからって保護者連れ出してくるとかさ〜〜〜」

「わしの事か?」

 己を指し示す秀吉にうんうんと咲夜は相槌を打った。

「人たらし使うとか、流石に反則、卑怯の域だよ。私程度が突っ撥ねられるわけないっての」

「はっはっはっは。子は可愛いもんじゃて、仕方なかろうて」

「子ではありません」

 知らぬうちに師と想い人が交友を深めていたことが面白くないのか、三成は仏頂面になる。

「三成〜。囲ったくらいで慢心してちゃダメじゃぞ〜」

 軽い調子で釘を刺された三成は、キレるかと思いきや一瞬沈黙してから頷いた。

「ご教授痛み入ります」

 照れより実利をとろうとする三成に、秀吉は「成長したのう」と目を見張る。
片恋ではあるが、咲夜の存在は三成を成長させるいい刺激になっているようだ。
子飼いの成長をこの目で見れることは何よりも喜ばしいと秀吉は朗らかに笑う。

「じゃ、咲夜が正式に吉継のところ行くことになったんだからお祝いしようぜ〜〜〜!」

 正則の声を受けて、吉継が「そうだな」と相槌を打つ。
石田邸なのにも関わらず、勝手に彼らは女中達に指示を出し始めた。

「なんで俺の館でやるのだよ!!! 雇用するのは吉継だろうが!!!!」

 流石にブチ切れる三成に、吉継が涼しい顔で言った。

「お社の再建で多少懐が寂しいのだ」

「え。じゃ私のお給料は!?」

 咲夜は目を丸くした。

「それは心配するな。俺が例え払えなくとも三成が用立てる」

「…………え、あの…もしかして三成さんいじめられてる??」

「真顔をやめろ!!! そんなわけないだろう!!」

 弄り倒される三成を他所に、咲夜の就職祝いは石田邸で盛大に行われた。

 

 

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流石人たらし。超っょぃ。(19.08.16.)