人たらしとの契約 |
「ああ、もう!! 幸村さんも巻き込むんだった!!!」 失敗だったと舌打ちしながら雑木林から町の中へと足を踏み入れた。 「待てぇぇぇぇぇぇ!!!」 「誰が待つか、バーーーーカ!!!」
罵倒して煽りつつ咲夜は逃げの一手を打ち続ける。 「お嬢ちゃん、道は私が開くからそこの役場に逃げ込んで。いい? お母さんが来るまで出て来ちゃダメよ?」 抱えていた子供を下ろして背に庇い、腰を落として佩いた刀に手を添えた。 「喰らえ!」 返す刃で地面を削り取って二人目のならず者の目を潰した。 「くっ!!」 バックステップで辛うじて躱したが、肩から羽織るだけにしていた羽織の留め具が切り落とされた。 「目潰し!!」 翻る白黒のだんだら羽織をマタドールのマントの様に扱い、相手の視界を奪った。 「調子に乗るなぁぁぁぁ!!!!!」 ならず者が咲夜に襲い掛かった。 「っ!!!」 このまま大地に叩きつけられたら骨折くらいでは済まない。覚悟を決めて、咲夜は瞼をきつく閉じた。 「そのまま、女を下ろせ。手荒に扱えば分かるな?」 「…は、はひぃ…」 気配もなく近づいて来て、気が付いた時には斬り捨てられる間合いで殺気全開で頸動脈を抑えられた。 「え、ええと…そ、それじゃあっしはこれで…」 「行けるわけないだろ」 「なんで逃げ切れると思っとるんじゃ」 そろそろと逃げ出そうとする男の視線の先には廃屋を鎮圧した清正と秀吉の姿があった。 「秀吉様!!? 何故このような場に!?」 「え!?」 「三成〜。だめじゃろ〜〜〜、バラしちゃ〜〜〜〜」 絶妙なタイミングでばらされた秀吉は顔を顰めた。 「ハァァァァァァ!??!?! 私の事騙してたの!?!?! 腹黒い人達の親玉も腹黒だーー!!!!!!」 「なっ! 無礼を申すな!!! というか何の話だ、一体何の!?」 「ちょ、酷くにゃーか!?! これまで仲ようしとったのにーーー!!」 咲夜の暴言に三成は慌てたが、秀吉は全く意に介していないようだった。 「元はといえば、お前らが誘拐騒動なんて起こすからだ!! 真っ当に働け、屑野郎!!!」 殆ど言いがかりの上、八つ当たりだ。 「ちょ、待って。待って、話を聞いてちょ」 「今、そんな気分では全然ないので。一昨日きやがって下さい」 「一体何がどうなってるんだ??」 咲夜を先頭に追い縋る秀吉。そしてその秀吉を追う形になる三成。
「騙された」 「いやいやいや、そんなつもりは微塵もなかったんじゃって」 「嘘つき」 「いやいやいや、ちょーっと言いそびれただけじゃって」 石田邸、離れの二階。作業部屋に立て籠もってブチブチ文句を垂れ流すのは咲夜だ。 「もー、マジで信じらんない。あの加賀百万石と天下人に長持ち持たせて離れから脱出してたとかありえない」 「楽しかったけどな」 「じゃろ? 久々に面白かったじゃろ」 咲夜は違ったのか? と問われると楽しかっただけに咲夜は口籠る。 「まぁ、なんだ。こうしてバレちまったんだしな、有耶無耶にするのも馬鹿らしいから直球で問うぜ?」 利家が言う。 「吉継に仕えるのが嫌なら、俺か秀吉はどうだ?」 「なんでそういう話になるかなぁ」 「あんたの正義感は相当なモンだ。誘拐騒動聞きつけて介入して、さっさと片付けちまった。 「官兵衛さんがいるから別にいらないでしょー」 「知恵者が一人でも多ければ、それだけ早く天下は治まるじゃねぇか」 「それは貴方達の仕事で私の仕事じゃありません」 取り付く島もないが、二人はなかなか諦めない。 「けどよう、あんたが言ったんだぜ? やがて天下は豊家が治めると」 「そんな事もありましたかねー? 覚えてません」 「豊家の天下が遠のけば遠のくほど、この間みたいな騒動が巷に溢れかえることになるぞ」 痛い所を突いたのか、咲夜は無言だ。 「おみゃーさん、誘拐の時、ちっとばかしらしくない顔しとったの。 秀吉が地雷を踏み抜かぬようにと配慮しながら柔らかく話す。 「わしは皆が笑って暮らせる世を築きたいんじゃ。じゃからおみゃーさんの力を借りられたら…」 咲夜は秀吉の言葉を否定も肯定もしなかった。 「なぁ、咲夜。この世に楽園なんぞは存在しないのやもしれぬ…が、造ることは出来るやもしれぬ。 柔らかい声に襖の向こうでぎしりと音が鳴った。 「前にお前が言ってたろ? 戦になったら守り手が居ないと」 利家が畳み掛ける。 「本当にそう思うか?」 「なんです、唐突に」 「あの騒動の時、秀吉はお前を守った。 「一応ってなんじゃ、一応って」 「うるせぇ」 親友だけあって二人きりになると二人の会話はかなり砕けている。 「で、その俺らが守るべき殿は、あの時あんたを守ったんだが……それでも信用無いのか」 人は秀吉を人たらしと評する。 「あんたが言ったんだ。自分を守る者はいないと。 「……盾になったのは秀吉さまで……土壇場は…三成さんに…救われた」 「あんた、二人に助けて、とは言ってないだろ?」 利家は「この主従はなんだかんだ、言葉より体が先に動く」と付け加えた。 「護衛」 「お供衆ばっちりつける!!」 「住む処」 「ここでええじゃろ」 「お給金」 「交渉可能」 「お休み」 「出来る限り希望に沿う!」 「なんでそんなに私を欲しがるんですか」 「何故ってそりゃ、あの舞も歌も、また見たいんさ!!!」 知恵者としての招致じゃないのかと、顔を上げて怪訝な顔を見せれば、秀吉は慌てて言い直した。 「知恵は土壇場でええ。普段は自由気ままに舞って歌えばいいんさ!!」 「だから?」 「わしか、利家が、吉継か。三成でもええぞ? 誰かの下に、どうか仕えてちょ! この通りじゃ!!!」 最後には拝み倒してくる。 「咲夜?」 「竹中半兵衛を動かした天下人相手に…これ以上言い逃れ出来るわけないですよね」 「おおおおおお!!!!」 ようやく受け入れてくれるかと目を輝かせる秀吉と利家に、咲夜は至極面倒そうな顔を見せた。 「私、とても無知なので礼節は尽くせそうにないですけど、力の限り頑張りますから。大目に見て貰えます?」 「おう、わしらだけの時は気にせんでええ。わしは藤次郎じゃし、利家は犬千代じゃ」 にかっと秀吉に笑われて、心底この人には勝てないと咲夜は白旗を振った。 「咲夜殿」 心配そうな面持ちで咲夜を見たのは真田幸村。 「咲夜、大事ないか?」 不安そうな表情で声をかけてきたのは、石田三成だ。 「どうも、御嬢さん。機嫌は治りましたかね?」 穏やかな眼差しで三成の後方に控えるのが島左近。 「咲夜…」 「大丈夫なのかよう?」 加藤清正と福島正則はそわそわした様子で咲夜の後方に視線を向けている。そこに秀吉が居るのだろう。 「吉継さん、そこ、座って?」 「ああ」 涼やかな眼差しで見つめてくる吉継に着席を促して、咲夜はその前に腰を落とした。 「今生にあっては、何時失われるかも定かではない命です。永劫はお約束、致しかねます。 美しい礼だと吉継は感嘆の吐息を漏らした。 「契約の条項は後程書面でお願い致します」 「無論だ。君が誇れる殿と呼ばれるよう、努めよう」 面を上げろと吉継に促されて顔を上げれば、咲夜を見守る多くの目が安堵を宿していた。 「あ。さっきの条項にもう二つ、加えていいですかね?」 「なんじゃ?」 問い返した秀吉に向かい咲夜は簡潔に述べた。 「大野治長って人と、小早川秀秋って人とその内、会うことになると思うんです。 「なんだそりゃ」 呆れたような声を上げた利家に、咲夜は肩を竦めて見せる。 「豊家に肩入れすることになる以上、この二人は一度ボコボコにしないと気が済まないというか…」 「一発じゃなかったのかよ」 清正の突っ込みが冴えた。 「そこは、ほら。言葉のあやってことで」
仕える事になったのだから、言葉使いも変えなきゃ駄目だとは思うが、第三者がいる場でもないのだからそのままでいいとは諸将の弁だ。 「は〜。結局仕えちゃったな〜〜。酷いよね〜〜。三成さんも吉継さんもさ〜〜〜。 「わしの事か?」 己を指し示す秀吉にうんうんと咲夜は相槌を打った。 「人たらし使うとか、流石に反則、卑怯の域だよ。私程度が突っ撥ねられるわけないっての」 「はっはっはっは。子は可愛いもんじゃて、仕方なかろうて」 「子ではありません」 知らぬうちに師と想い人が交友を深めていたことが面白くないのか、三成は仏頂面になる。 「三成〜。囲ったくらいで慢心してちゃダメじゃぞ〜」 軽い調子で釘を刺された三成は、キレるかと思いきや一瞬沈黙してから頷いた。 「ご教授痛み入ります」 照れより実利をとろうとする三成に、秀吉は「成長したのう」と目を見張る。 「じゃ、咲夜が正式に吉継のところ行くことになったんだからお祝いしようぜ〜〜〜!」 正則の声を受けて、吉継が「そうだな」と相槌を打つ。 「なんで俺の館でやるのだよ!!! 雇用するのは吉継だろうが!!!!」 流石にブチ切れる三成に、吉継が涼しい顔で言った。 「お社の再建で多少懐が寂しいのだ」 「え。じゃ私のお給料は!?」 咲夜は目を丸くした。 「それは心配するな。俺が例え払えなくとも三成が用立てる」 「…………え、あの…もしかして三成さんいじめられてる??」 「真顔をやめろ!!! そんなわけないだろう!!」 弄り倒される三成を他所に、咲夜の就職祝いは石田邸で盛大に行われた。
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流石人たらし。超っょぃ。(19.08.16.) |