景品はあなた

 

 

「遊びだと言うが、大谷、卿の副官はなかなかの策士よな?」

「お褒めに預かり光栄です」

 官兵衛と吉継の他愛無い会話を他所にゲームは進んだ。
清正が気合と根性で正則の下から指定通りの場所をとった。
 正則は相変わらず、体の大きさを武器に外周の色しか攻めない。
好きなようにさせるつもりのない幸村がなんとか牽制しようとするが、そこはがちょこちょこと阻んだ。
 ぎゃあぎゃあと騒ぎながらゲームは進み、下から清正、正則、幸村の順で態勢が入り組んだところでが動いた。
悪魔のような笑みを讃えたは正則に言った。

「正兄、清正公さんを潰すわよ!」

「よっしゃ! 来い!!」

 何が始まるのかと目を見張る諸将の前で、は「どっせーい」と声を上げると、ブリッジ状態の幸村の腹の上に覆いかぶさるように倒れ込んだ。二人の体が十字に交差する形だ。

「うわぁあああ!!!」

 己の腹筋の上にの胸の柔らかさを感じた幸村が赤面した。
心の動揺はすぐさま体にも影響を出した。幸村のバランスが崩れたのだ。
その煽りを受けた正則は、自分の体が床につかない程度に力を抜いて、一番下の清正に寄りかかった。

「ぐわっ!! 卑怯だぞ!!」

「えー、なんのことか分からなーい」

「分かんねーなー」

 きちんと指定された場所に指定された手足を乗せていると笑うも力を抜いていて、幸村に全体重を預けていた。

殿!! いけません!! そのようなことをしては!!!」

「え〜、何が〜? それとも降参する〜〜〜?」

「いや、それは…その…いや、でも…ですね!!」

 言い淀む幸村に上半身を預けっぱなしのは言う。

「ほら、私、皆に比べて体小さいからさ〜〜。こうでもしないと、届かないよね!」

「悪魔だ!! 悪魔がいる!!!」

 賽を振りながら囃し立てるのは秀吉だ。

「勝負の世界は非常なのです。さぁ、幸村さん! 気にすることはありません、投降するか潰れなさい」

「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 幸村の顔面が今にも爆発しそうだが、無理もない。
両手足が指定の位置についていれば問題ないとされるこの遊びでは、体の他の部位が動くことは反則ではない。
故には言葉では幸村に投降を持ちかけ、体では清正を潰しにかかった。
全体重を幸村に預けたまま己の体を幸村の上で軽く揺すり出した。
という事は、幸村の腹筋の上で押し潰された胸がやわやわと動くという事だ。

「殿、冷静に。遊びですから、一応、遊びです」

 羨望なのかなんなのか、鬼のような眼差しで幸村をガン見している三成を左近が宥める。
気持ちは分からなくもないと苦笑するのは官兵衛と吉継だ。

「おい、止めろ!! 揺らすな!! 正則!! 少しは耐えろよ!!!」

「え〜、俺、今と同じ組だしぃ〜? 俺も楽したい的な〜??」

 の振動を堪えきれずにバランスを崩しまくる幸村。
そんな幸村からの荷重をそのまま清正に落とす正則。
なかなかどうして、・正則組は悪辣ではあるが強かだ。

「さぁさぁさぁ、音を上げてしまっていいんですよ! 楽になりましょう?」

「いや…しかし…でも…その…って、三成殿! そんなに睨まないで下さい!!」

 外野からの殺気を感じ取った幸村が悲鳴を上げる。

「俺の事は気にせず、耐えられるだけ耐えればよいのではないか」

 言葉と裏腹に、三成の背後に般若が見えた。

「三成、お前も混ぜて貰ったらどうだ? 恩恵を得られるやもしれぬぞ?」

「冗談じゃない!」

「ですよねぇ」

 子供の遊びなど、三成は興味ないだろうと思っているのが
どんな形であれ、と密着したら理性が保たないと考えているのが三成だ。
切ない擦れ違いだが、互いの認識のズレが正される日が来るのは一体何時になるやら。

「さぁさぁさぁ、降参するなら何時でも受け入れますよ!」

 追撃してくるに耐え兼ねて幸村は叫ぶ。

「ひ、秀吉殿!! 次の!! 次の色の指定を!!」

「ほいさ!」

 秀吉が賽を振った。
残念ながら清正は最下層からの脱出は出来なかった。

「続いていくぞ〜」

 狙ってやってるんじゃないだろうな? と言いたくなるくらい、幸村・清正組の賽の出目は悪かった。
二人とも手足を動かせてもせいぜい最寄りの色違いの位置に動かせる程度だ。
ブリッジでふんばる幸村の顔が更に赤らむ。
との密着が原因だけではなかった。過酷な態勢で耐えているせいで頭に血が上り始めているのだ。
 一方で正則、、幸村の荷重をそれなりに受けている清正も汗が滴り、手足がぶるぶると震えている。
清正の現在の状態と言えば完全に腕立て伏せで腕を落とした状態だ。
否応なしに盛り上がった上腕二頭筋に血管が浮き上がってくる。
 これで延々と耐えられている方が、一言で言ってしまって凄い。

「次の色はな〜」

 正則の足が動いて、幸村の逃げ道が出来た。
幸村は次の自分の番こそ逃げの一手を打てると、藁にも縋る思いだ。

「ほいじゃ、の番じゃな」

「はいはーい」

 幸村の希望を潰す位置に、の足が置かれた。

「ぐぅ!」

 幸村が唸り、清正が最下層で叫ぶ。

、汚いぞ!!」

「なんのこと〜?」

「勝負の世界は非情だぜ〜?」

 わいわい言い合う四人を眺めながら、吉継はしみじみ思った。
この遊びでは確かに三成はと組めないし、敵対することも出来なさそうだ。
怪力ではあるが短気。持久力も清正や正則よりもない。精神的な執念は凄いだろうが、いかんせん三成の体は柔軟性に難がある。組んだら一発で負けるだろうな、というのが吉継の予想だった。

「…仲がいいのだな…」

 ぼそりと三成が呟いた。
彼の目にはわぁわぁ騒ぎながらツイスターゲームを楽しむ四人は気心の知れた友のように見えた。
吉継のようにの友となりたいわけじゃない。なりたいのは恋人、許されるならばそれ以上だ。
 だが今こうして、和気藹々、遊びを楽しむ彼らを見てしまうと心が弱くなる。
とそんな関係でもない自分が、それを望んで叶えられるものなのだろうかと、どうしても考えてしまうのだ。

「殿、案ずるより産むがやすしですよ。混ぜて貰えばいいでしょう」

 左近が苦笑いで助言し、吉継も「付き合う流れか?」などと言う。
吉継の三成を見る目は出来の悪い弟を見るような状態だったが、幸村に乗っかったままのにはそうは見えていないから、話が少しややこしくなる。

『…やっぱ付き合ってんじゃん』

「吉継殿、三成殿、そういうところですよ!」

 ブリッジ状態から自分も腕立て伏せ状態になった幸村が釘を刺した。
二人がハッとしたように顔を強張らせた。

「違うぞ、!」

「誤解だ!! 俺は男は好きじゃない!」

「えー? 本当にー? なんか嘘くさい〜」

殿、こればかりは二人の言葉を信じて差し上げてください」

 幸村が取りなした。態勢を変えられたことで、精神的にも大分楽になったようだった。

「ちぇ〜、なんとかブリッジの時に幸村さん潰したかったんだけど…やっぱり幸村さんは土壇場で強いなぁ…」

「お褒めに預かり光栄です」

 幸村が態勢を変えたこともあって清正にかかる負担は減った。
数回賽を振ったら、賽の目が彼らを助けた。

「くっそー」

 正則が悔しそうに不貞腐れるが、の着眼点は鋭い。

「大丈夫だよ、正兄。あの二人、結構筋肉のあちこちに疲労が溜まってるから、次こそは落とせるはず」

 先ほど見せた戦略をまた狙っているのが丸分かりな会話だ。
だが清正も幸村も達に好き勝手にさせるつもりはないらしい。
 守りに入るどころか攻勢をかけてきた。
ガタイの大きさと持久力に秀でる正則はともかくとして、二人はを潰すことにしたようだ。
 じりじりととの間合いを詰めて手足の置き場所を奪い始めた。

「え、ちょ! 二人がかりとか、大人げなくない?!」

「勝負の世界は非情です」

 幸村に宣言されたの腕が、幸村の足と交差する形で引き絞られた。
賽は転がりの不利に動く。

「ふぇぇぇぇ! こんなんキッツイ!」

 右手と左手の位置が上と下でかなり離れる。
足は右足を立て膝に、左足は伸ばして爪先で辛うじて指定の色を踏む状態だ。
 そこに留めの一手がかかった。清正だ。
先程までの逆襲とばかりに、清正が上からいい笑顔で圧し掛かった。

「いやぁぁぁぁぁ!! 潰されるーーー!!」

 清正の右手はの腰の横へ、左手は頭部の横へ。
左足はの延ばした足に荷重をかけるような位置へ、右足は立て膝のの足の内側に収まった。

「ひぃ!! 引き裂かれる!!」

「はっはっはっはっはっ!! さぁ、降参するなら今だぞ、!!」

 兄もどきは妹もどきに対して実に非情だった。
プルプルと震えて耐えるに、先程までの仕返しとばかりに荷重をかけつつ揺すり出す。
体の節々が引き絞られて、が悲鳴を上げる。

「ちょ! ダメ、本当に駄目!! そ、そこは…あっ…はうぅ! つ、潰れる〜!!」

 言葉通り、が清正に潰されかけた刹那、

「ブフォ!」

 鈍い音が上がって清正が後方に倒れた。
引っ張られてもその場に尻餅をつく。
 清正を叩き潰したのは、まさかの見学席からの一撃だった。やったのは三成だ。
三成は清正がに覆いかぶさり揺れ出すと、躊躇することなく彼の顔面に蹴りを入れた。

「いきなり何しやがる!!!!」

 激昂する清正に、三成が瞳孔かっぴらいた目で答えた。

「お前があのような格好になるな」

 涼しい顔で見ていた官兵衛が珍しく三成の肩を持った。

「清正、卿のあの動きは…不味い。房事を思わせる」

「「「え?」」」

 没収試合になったことで床に尻をつた男三人―――清正、正則、幸村が目を瞬かせた。
やっている者としては熱中していることもあり、性差のことまで頭が回らなくなっていたようだった。

「え、マジか…」

「三成の横槍は自然な流れだ」

 腕組みする吉継が言葉を添えた。

「三成が蹴らなければ、俺が蹴っていた」

 疑似的行為に見えなくもなかったと暗に匂わせれば、清正は悪いと頭を掻いてに謝った。
謝られたにはそう言ったことにまだ興味がないのかなんなのか、よく分かっていない様子で首を傾げていた。

、遊びは構わぬが、こう体を密着させないで済むようなものはないのか?」

 吉継に問われて、は大きな瞳をパチパチさせてから簡潔に答えた。

「じゃ、皆でジェンガでもやる?」

「「「じぇんが??」」」

 観客席からも問い返す声が上がった。

 

 

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