景品はあなた

 

 

 頭脳派の面々が場をじっと見る。
特殊札の存在を知って、初めて官兵衛と左近がゲームに興味を示した。
戦略性のあるゲームと知り、軍師としての血が騒いだようだった。

『へぇ、軍師が本領発揮する遊びですかね、これは』

『ふむ…』

 初回という事で皆今回は互いの手札を見れる状態になっているが、通常遊ぶ時には互いの手札を想像しながら遊ばねばならないわけで、相当頭を使うゲームだ。

「こうやってそれぞれが順繰りに札を出していって、自分の手持ち札を最初に無くす事を目指すのが、
 このゲームの最終目標です。だから手持ちが1枚になった人はその時点で必ず「ウノ!」と宣言します。
 ウノというのは外つ国で「一」という意味を持つ言葉なんですよ。
 この宣言をし忘れるとペナルティで山から札を1枚引かされます。
 また最後に出す札は、必ず数字じゃないといけません」

「ほうほう」

 口で説明しながら、皆自分の手持ちを場に切ってゆく。
流石に手持ちが増えているが詰まることはなく、どんどん札を減らしてゆくが、逆に周りは模様を変えられたり、数字を変えられたり、特殊札―――『逆』『飛』の影響を受けてままならいようだった。

「うのじゃ」

 そうこうするうちに、秀吉の手持ち札が1枚になった。
吉継が横目で秀吉の札を見て、模様を変えようとするが、が待ったをかけた。

「今回は説明する為のお試し回なので、このまま秀吉様には上がってもらいましょう」

「了解した」

 さくさくと手番は周り、利家の番になったが利家には出せる札がなかった。
が利家の手札の中の『全』を示す。

「この札は全てに対応できる札なので出せますが、『弐』と『肆』の代用は出来ません。
 あくまで模様を変える役割特化型だと思って下さい。
 今回は秀吉様が上がれるように模様の変更しないで下さいね」

「分かった」

「ほい、上りじゃ!」

「はい、一巡終了しました。勝者は秀吉様です、お疲れ様でした」

 本戦をやるのだろう? と言わんばかりに皆が場に手札を出してじゃかじゃかと掻き回しだした。

「次からは遠慮なく本気でやりますので、皆さんもそのつもりでよろしくお願いします」

「よっしゃ! 負けねーぞ」

「左近も参加、いいですかね?」

 手にした湯呑を置いて、左近が参戦を表明した。
「どうぞどうぞ」とが歓迎の意を示す。
官兵衛はまだ動かない。

「いい塩梅で混ざりましたかねぇ」

 全員で札を混ぜて、まずは1回通しでやってみようという話になった。
始めてみると、単純な札遊びのはずが、そうではなくなった。
流石に参加者の半数が軍略に長けているだけあって、皆が皆、手強い。
 清正・幸村・利家は秀吉・吉継・三成に比べて軍略に劣りがちだが、清正は場の流れを読むのに長けていて、幸村は巻き返しが上手く、利家は特殊な役割を持つ札の引きが強かった。
 左近は何故か『弐』『肆』と言った攻撃系札の引きが強く、秀吉は手持ち札に偏りが少ない。その上場に出せる手持ち札がない時に限って、彼の前の順になる利家が特殊札を使って、流れを逆転させたり、順番を飛ばしたりするから手持ちが増えない。謎の強運に守られているかのようだ。
残る三成と吉継だが、吉継は完全にバランス型で、攻守に長けている。
では三成はどうかというと、彼だけがいまいち強いのか弱いのかが分かない。
 手強い面々との駆け引きはとても楽しいようで、の見せる表情は穏やかそのものだった。
隣の席にいるからか、三成はそんなに見惚れていることが多い。
そのせいか、ゲーム関しては後手に回りまくる状態だった。

「うのじゃ!」

 各自の手札を伏せて普通に楽しむ事数回。
利家の隣に座る秀吉の勝ち抜け回数が増えすぎた。

「ねぇ、ちょっと待って。利家さんと秀吉様、もしかして組んでる?」

「おかしくないですかね?」

「え?」

「いやいやいや、ないないない」

 と左近から突っ込まれた二人は否定するが、無言でじいっと二人を見ている幸村も吉継も清正も同じ意見のようだった。

「利家さんは組んでるつもりはないかもしれないけど、秀吉様はなんか利家さんの手札とか性格を読んでる気がする」

「席替えを要求します」

 の独白に幸村が乗っかった。
何処の世界でも勝負事の勝ち逃げは、敗者が許さない。

「しゃあないのう」

 秀吉が立ち上がっての隣に移動し、利家の隣に吉継が移動し、清正がと三成の間に移動した。

「これでええじゃろ?」

「異論ありません」

 ゲーム再開だと、何度目かの札のシャッフルが始まる。
と左近が指摘したように秀吉は利家の性格を読み切って勝ち抜けていたようで、の隣に座った途端、戦績を落とし始めた。
 利家と違って機を見つけたら容赦なく攻撃を仕掛けてくるのお陰で、手持ち札が増えるわ、色変えに翻弄されるわで目を白黒させている。

「よしよし、いい勝負になって来たな」

 接戦が続くようになったせいか、秀吉以外が楽しそうだ。

「くぁ〜〜!! 皆してわしばっか狙い撃ちしとるじゃろ!!」

「いやいやいや、誤解ですって」

「さっきまで1人で5回も6回も勝ち逃げしてたんだから別にいいじゃないですか」

 秀吉の泣きを皆が皆受け流す。接待プレイなどという単語は彼らの頭には全くなかった。
の出した特殊札で秀吉がびりっけつにされる事数回、これまで黙って見ていた黒田官兵衛が動いた。

「次から私も良いか」

「どうぞ、どうぞ」

 知恵者だけあって見てるだけではつまらなくなったのかな? と思ったのはだけだ。
半兵衛と違って怜悧な軍師の参戦は、他の面々の気を引き締めさせた。
官兵衛はの正面に座った。

「…えーと…次はこうして……」

 名だたる名将達との札遊びを満喫するだったが、官兵衛が参戦してから何故か戦績が奮わなくなった。
代わりに秀吉が再び浮上し始める。

「ちょ、、お前そこはしっかり秀吉様を牽制しろよ」

「えー、だって官兵衛さんのせいで模様変えられたから出せるカードないし! 無理言わないでよー」

「流れを変えないとまた秀吉様が持ち札1枚になるぞ」

「おいおいおい、誰か止める奴はいないのかよ」

「のーほっほっほっほ〜。悪いのぉ〜、皆の衆〜」

「くっそー!」

 段々との口数が減ってゆく。
真剣に取り組んでいるのに、どうにも場に悪い空気が流れているかのように上手く札を捌けない。
 基本的には勝っても負けても遊んでいられるこの時間こそがには重要で、元より歴史に名を刻んだ軍師達を相手に、勝てるとも思っていない。思ってはいないのだが、こうも不調が続くと拗ねたくもなるし、凹みたくもなる。
 周りの事より自分の手札の事しか目に入らなくなってゆくを見て、秘かに動いた者が居た。石田三成だ。

「模様を変える、竹だ」

 清正の番を経て、の番になる。

「らっきー! はい、秀吉様にプレゼント!」

 『弐』を切ったら秀吉が苦笑いで山から札を2枚取った。
何事もなく手順は回って、官兵衛の番になる。
官兵衛が再び場の模様を変えた。
の視線が自分の札の上で小さく動く。

「りばーす」

 三成が場の流れを変えて、それぞれが手札を切る。

「はい、こっちもリバース」

 の番になってが『逆』の札を切ったら秀吉が唸った。

「かぁ〜! ここでわしに回ってくるか〜〜〜! 手持ちが増えるのう」

 ウノの宣言をしたのに、秀吉の手持ち札が5枚に増えていた。

「ふふふ、負けませんよ〜!」

 いい勝負になって来たと、の顔はほこほこしている。

『ん…?』

『あれ??』

『なんだこの違和感』

『これって…もしかしなくても……』

『そういう流れか…』

 、秀吉の二人が気が付いていない違和感を、利家、幸村、清正、左近、吉継が気取った。
五人は互いに目配せして自分が抱いた違和感の正体を確かめようとした。

「『肆』を出す。模様は太陽」

 官兵衛が仕掛けて、皆が手持ちにある『弐』と『肆』を切った。
一巡しても『弐』と『肆』の負の連鎖が止まらない。

「ひゃ〜〜! 凄まじい数になるのう」

「俺ぜってー、こんなん引きたくねぇ」

 秀吉が大げさに嫌がり、見学席の正則も同調した。

「うっそ…ヤバいって! 20枚突破しちゃう」

 の顔が俄かに強張った。

「……持ってない」

 三成が舌打ちして山から20枚の札を引いた。

「三成さんお疲れ〜」

「すぐに巻き返して見せる」

「いや、流石にその枚数は無理だろ」

 正則の言葉を三成は涼しい顔をして受け流した。
ちらりと見上げれば、が分かりやすいくらいほっとした顔をしていた。
三成の表情がほんの少しばかり柔らかくなる。
 結局、この戦いを制したのは漁夫の利を得た利家だった。

「もう一回やろうぜ」

「ですね〜」

、虎屋へ行かなくても良いのか?」

 「お茶の時間はどうした?」と吉継に聞かれたが、は現在のメンツで繰り広げる手応えのあるウノにすっかり魅せられてしまったようだった。

「それは今日は別にいいや。誰かと約束してるわけじゃないし」

「そうか」

「あ、でも皆さんとか…道場の方々の都合が悪いかな?」

 の声に師範代は「4時までなら道場の貸し出しは自由だ」と返答した。
ならそれまでは続けようという話になり、再び札が掻き混ぜられた。

「くっそー、官兵衛さんはやっぱり強いですね…何が出てくるか全く分からないや」

「全くじゃのう…誰か官兵衛の快進撃を止める者はおらんのか!」

「いや、勝率5割以上の秀吉様にそんなこと言われても…」

 軽快な会話を交わしながら秀吉もも楽しそうだ。
そんな二人を横目に見て利家、幸村、清正、左近、吉継は何とも言えない表情になる。
 この二人、本気で全く気が付いていないようだが、秀吉は秀吉ガチ勢の官兵衛がバックアップしているし、のことは三成が完全に守りに入っている。
 官兵衛は己の勝利も考慮しつつの支援だが、三成については勝敗には全く頓着していない。
彼だけ目的がゲームに勝つことではなく、いかにをニコニコさせるかになっている。
普通に楽しみたい面々からしたら、非常にやり難い。やり難いなんてものじゃない。
寧ろお前ら4人で個別に遊んでくれと言いたくなるレベルである。

 

 

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