開かれた扉 |
互いに距離を一歩も詰めぬまま交わされる会話は、堂々巡りの様相を呈し始めていた。 「つまり貴方方は、私の部下として私を支えて、この世界を制覇しろと… 「はい、今世は乱れに乱れています。この乱世を諌める方が必要です」
視覚と聴覚から得た情報から、彼の話が嘘でもでっち上げ出もないという事はよく分かった。 「で……それを私にやれと?」 「はい!!」 「えーと……無理だと思うんですけど……?」 「何を仰います!! 貴方は天に選ばれた方です、不可能などありません!!」 「いや、あの……それ、本気で言ってんですか?」 「はい!!」 曇りのない眼差しで若武者は快活に返事をする。正直、眩暈を覚えた。 「ええと……すみませんが、貴方、お名前伺っても宜しいですか」 三人を見回してから頬に傷のある男に視線を合わせれば、彼は煙管をしまいながらすぐさま答えた。 「島左近ですよ。渡り軍師やってます」 「軍師さん? あ、なら良かった、うん。はい、じゃ、決定!!」 「あ?」 「今日、この瞬間から、全ての権限を貴方に譲渡します。 手にした莫大な権力をさらりと投げ出す姿に、カーニバル男は愉快だと笑った。 「ハッハッハッ、いやはや、本当だ。あんた面白いねぇ」 「なっ、何笑ってんですかっ!! 全然、面白くなんかありません!! 懸命に訴える彼女に若武者がおずおずと問い掛ける。 「あの、貴方は、我々の為に選ばれてここへ来たのではないのですか??」 「いや、だってちょっと待って下さいよ。 「じゃ、偶然だと? 身に覚え一つないと仰る?」 左近の問いに、彼女は思わず詰まった。 「そ、それはその……」 「心当たり、あるんですね?」 「だって、海に溺れてる時に……そう、溺れて死に掛けてる時に聞かれたから…。 しどろもどろ答えれば、呆れたような視線と、驚きに満ちた視線に射抜かれる。
「ほら、そういうのあるでしょ? なんとなく、ノリで安受け合いしちゃって後悔しちゃうって事!! 「だが、現実は違ったようだねぇ」 ぐぐっと息を飲んで、彼女は答えを、いい方法を探すとばかりに頭を抱え込んだ。 「ああっ!! もう、どうしたらいいの!? あれが契約だと言うなら、破棄!! 喚き散らし始めた彼女を左近が諌めた。 「まぁ、無理でしょうな。 「!?!!!!?」 絶句する彼女を見て、若武者が咎めるような視線を左近に送れば、左近は肩を竦めてそれを受け流した。 「あ、あの、あの、だから、だったら、さっきも言ったように、全ての権限の譲渡を…!!」 「まぁ、まぁ、落ち着きなよ、お嬢さん」 カーニバル男の声を受けて、彼に視線を合わせれば、彼は柔らかい笑みを浮かべていた。 「やるだけ、やってみてから譲渡でもいいんじゃないのかい?」 「…え…?」
「何もかもなくなってるわけじゃない。あんた、命を拾った。天下を伺う為の城も、こうして持った。
「だって、私、本当に本当に平民なんです、帝王学も政治学も何も学んではいないんです!! 「まぁまぁ、だから。補佐役がいるだろう」 そもそも天下統一など、一日二日で出来るものでもないと悟されて、ようやく抱えていた緊張の一部が解れる。 「…あの、私は仮にそれでいいとして……皆さん方はそれでいいんですか? どうか辞退してくれと、内心で拝み倒す思いで三人を眺めた。 「私は、信じています。あの光景を目にすれば、信じない訳には参りません。 「前田慶次だ、派手に楽しもうや」 眩暈を覚える彼女が最後の砦とばかりに左近を見つめれば、左近は不適に笑った。 「で、姫。左近の服の着心地は如何ですか? もし宜しければ、新しい着物などご用意致しますが?」 がっくりと両手を床に着いて、うなだれて……それから彼女は腹の底から声を絞り出した。 「……です…よ、宜しくお願いします……」
翌日、居住区や評議場の整理を一通りし終わった頃。 「様、失礼します」 の部屋の前に来た幸村は、襖越しに声を掛けた。 「姫が?」 「ええ、何かあったのではないかと…」 不安そうな面持ちの幸村を従えて三人での部屋の前へ来ると、左近は一声かけてから襖を横へと引いた。 「無理…御免…」 辛うじて読める漢字を拾い読みし、意図を把握して窓枠へと身を寄せれば、慶次は豪快に笑った。 「いやはや、本当に面白いねぇ」 窓枠に括りつけられた帯の連なりを見れば、がそれを伝って逃亡したのは一目瞭然だ。 「…往生際の悪い姫様だ」 そう言いながら左近が目を凝らせば、白昼堂々、着崩した状態の着物姿で森の中に逃げ込んで行くの姿が見えた。 「慶次殿」 「おうさ、あんたらも来るかい?」 「そうですね、特別する事もないですしね。余興にゃ、丁度いいでしょう」 さっさと身を翻して歩き出した二人の後を、幸村だけが強張った面持ちで追いかけた。
一方、はというと…。
「無理無理無理無理、絶対に無理。そもそも見知らぬ男三人と同居なんてどうかしてる!! 鬱蒼と生い茂る草木を掻き別けて、町へと続く街道に出る。 「……うーそーでしょーっ!!!」 こんな展開はTVの時代劇だけでいいと悲鳴を上げながら、はそのまま成す術もなく、荒くれ者の掌中に落ちた。猿轡を咬まされ、全身を簀巻きされて連れて来られたのは、山間の小屋などではなくて、なんと自分が逃げ出した城下町の中にどどーんと聳え立つ大きな商店の裏庭だった。 『これは…もしかして…もしかするのか…?』 流れ落ちる冷や汗もそのままに、きょろきょろと辺りを見回せば、の想像は正にビンゴで。 「へへ、なかなかの上玉でしょう?」 「少々毛色が違うようだが…まぁ、いい。新しい御殿様もこれだけいれば、どれかお気に召すだろう」 このオヤジ、もう常習犯なのだろう、山賊とのやり取りに無駄がない。 『…つまりなんですか。この子達は私への貢物ですか…』 もうアホかと。 「まぁ、その前に…ちょーっと味見くらいはいいかなぁ…」 脂ぎった手で顎をすくわれて、臭い息を吐く醜悪な顔を寄せられると、ついに我慢が出来なくなった。 「ふざけんなーっ!!!」 気合と根性で猿轡をずらして、怒声と共に強欲オヤジへと強烈なヘッドバットを一発お見舞いする。 「なっ!! この女ァ!!」 途端、品の悪い取り巻き連中に張り倒されて、大地に突っ伏した。 「しゃあ!!」 馬上で鉾を振り回し、を取り押さえる男達を弾き飛ばした男は、馬から飛び降りるとを庇うように前へと進み出て、大見得を切る。 「前田慶次参上!! お前さんら、粋じゃないねぇ…」 ドスを効かせて睨めば男達は一瞬怯む。 「お、おのれ〜、このままで済むと思うなよ…」 「それはこっちの台詞だ、このデブ!!」 恨みがましい発言をする醜悪なデブに対して、は逆に叫んだ。 「ちょっと慶次さん。切って、これ、切って」 「お? おう」 そうこうしている間に騒ぎを聞きつけた幸村と左近が、数名の兵士と共に到着した。 「幸村さん、まず女の子、全員保護!!」 「はっ!! お任せあれ」 「でもって、デブ!! あんた一体どう言う了見してんのよ?! 「な、何を〜!! 貴様一体何様だ!!」 「ざけんじゃねー!! 「んな訳あるか、大体そんな身分の方が何故こんなところにいる、はったりを抜かすなっ!!」 「…うっ…そ、それは…その…」 はったりだと突っ込まれ、更には逃げ出した事実もあり、言葉に詰まるに、店主は畳み掛ける。 「そもそもお前のような品のない娼婦風情が、お上を名乗るなど万死に値するわ!!」 主君への侮辱でキレる幸村よりも早く、は本気でキレた。 「今、なんっつった?! 娼婦? 娼婦だとっ? アァ?!」 どこのヤクザだと言いたくなるくらい、低い声で畳み掛けて顔面をぶちまくる。 「お、おいおい…」 鼻血が出始めた店主を見かねて左近がの背後に進み出る。 「よく聞け、下郎!! 私がここにいるのは、そう……お忍び視察だ、バカ野郎っ!!!」 の絶叫を聞いて、左近が目を細めて苦笑した。 「お前ら全員、牢にブチ込んでやる!! 凄まじい啖呵に、引きまくる手下一同。 「慶次さん、幸村さん、成敗!!」 「任せなっ!!」 「はっ!!」 まるで時代劇の暴れん坊将軍だ。 「えーと、何屋だっけ? ここ」 「丼欲屋ですよ、米屋です」 左近のフォローを、素直に受け取り、は言う。 「丼欲屋、罪状!! 人身売買!! 監禁!! 婦女暴行未遂!! 公務執行妨害!! 「流石です、様…」 はーっ、はーっと、肩で息を吐くの姿に幸村は尊敬しますとばかりに目を輝かせた。 「豪胆だねぇ」 「可愛い顔してやるじゃないですか、惚れちまいそうだ」 慶次は本当に面白い者を見つけたと豪快に笑い、左近も見直したとばかりに口の端で笑う。
正に墓穴。
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長丁場になるかと思いますが、これからどうぞ宜しく。(08.02.14.up) |