狸からの救援要請

 

 

「あーっ!! もう、うるさいっ!!」

 こういう時、案外、は強い。

「家康様、ちょっと仕切っちゃいますけどいいですか??」

「え、あ…ああ…ど、どうぞ…」

 出過ぎていることだとは思うが、一方でこの二人を捕縛したのは軍だ。口の出しようがない。
それにもしからしたらいい厄介払いが出来るかもしれないと、家康は快諾する。

「ちょっと、貴方!!」

 は政宗ではなく、兼続の前に立つと彼を叱った。

「だめじゃない、小さな子苛めたり、嫌いだからって喧嘩する為に他所の国まで巻き込んじゃ!!」

「何を言う!! 私は義と愛の共に!!」

 わけの分からぬ返答を聞き終える前に、は今度は政宗へと視線を移す。

「貴方もどうしてもやりたいなら果たし合い状でも出して、二人でサシで、
 どっちかの領地の河原とかで気が済むまでやりなさいよ。
 気に入らない奴を潰す為に、武力行使して別の国を巻き込んじゃいけないでしょ!!」

「い、いや、儂は…」

 二人の額をぽこん、ぽこんっ! と一つづつ殴る。

「人様に迷惑掛けてる時点で、貴方達は同罪。悪いことしてるんだから、口答えしない!!
 そりゃね、世の中には気に入らない奴は一人くらいは必ず居るわよ? 
 けどね、気に入らないなら気に入らないでいいから、お互いにシカトしてなさいっ!!
 挑発したり、絡んだりするんじゃないの!!」

「「鹿十?」」

 同時に問い返した二人に、は言う。

「相手を意識しないように、無視しなさいっていってるの」

「儂が絡んでいる訳ではないぞっ!!」

「何を言うか!! 山犬がっ!!」

「こら、人の事犬とか言っちゃだめでしょう!?」

「そもそもこいつは利でしか動かぬ不道徳の固まりのような奴だ!! 山犬と言って何が悪いっ?!」

 これだけは譲れないと息巻く兼続の姿に苛立って来たのか、の額に血管が浮き上がってくる。

「貴方だってイカみたいな兜じゃない。貴方の事見る人皆が貴方の事イカとか言ったら腹立つでしょ?
 自分が言われて嫌なこと、されて嫌な事は他人にはしちゃいけないのよ!! 分かった?」

「理解出来ぬ、私は義と愛に基づき生きている。私の道に間違いは…」

 とことん石頭。己が信じる正義を振り翳し、他人の話になど聞く耳持ちゃしない。
こういう手合いにはキッツイお灸が必要だと考えたは、一度深い溜息を吐いた。
顔を上げたの瞳に宿るのは、あの人身売買男の顔面を殴打した時の色、それのみだ。

「そういう事言ってると……お仕置きよっ!!」

 言うが早いかは椅子に座る兼続の膝に座り込み、彼の兜を取り外す。
周囲が慌てて止めに入る前に、は作った拳で兼続の米神をぐりぐりと圧迫した。

「ぐっっう……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 一連の流れを見ていて狼狽するのは家康。
が兼続の膝の上に座った事に苛立ちを覚えたのは、左近、幸村だ。
一方で、シメられ始めた兼続を真横で見ていた政宗は、最初のうちはいい気味だと鼻で笑っていた。
 だがその顔は、徐々に引き攣り始めた。
その、なんというか…のお仕置きだが…実際の所、しつこい。
ぐりぐりぐりぐりとひたすらツボを攻めまくる。

「いい?! ちゃんと人の言う事を聞きなさいっ!! 人がいれば、それだけ沢山の正義があるのっ!!
 貴方の正義だけが全てじゃないのよっ!! 分かったの?!」

「ぐぁぁぁぁぁっ!!」

 歴戦の兵でも、ツボをひたすら刺激されるとあれば、それは耐え難い拷問だ。
何せ筋肉と違って、関節やツボは鍛えようがないのだから。
それを知ってか知らずか、の手が休まる事はない。

「叫んでないで、ちゃんと返事っ!!!」

「ぎやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

 政宗の引き攣っていた顔が、何時の間にか蒼白になっている。

「ぐ…う…ううう…………」

 最期の最期まで「はい」と言わず、兼続は意識を手放した。
けれどそれは"言わない"のではなく"言わせてもらえなかった"のではないかと思った。
何しろ魂が抜けたような状態の兼続の顔には「待ってくれ」という文字が貼り付いているように見えたから。

「全く…頑固な人ね…」

 ちっとも疲れていない様子で、は溜息を吐く。
そんなと政宗の視線が宙で絡み合った。

「ん?」

「わ、わ、儂は、そんなに物分りが悪い輩ではないぞっ!!」

 涙目の政宗、無自覚のに、早々と心は折れていた。

「そう? なら良かった」

 理解が得られて嬉しいと微笑むの背後に左近がやってきて、例のごとく引き剥がしに掛かった。

「はいはい、じゃ、お話が済んだところで…今回の救援要請についての謝礼の話をしましょうかね。
 ほら、姫、何時までもそんなとこに座ってないで」

「あ、うん。そうだね」

 左近に引かれるまま立ち上がって、は家康を見る。
家康は心ばかりの謝礼をと小判の詰まった袋を差し出そうとするが、はそれを受け取ろうとはしなかった。

「あ、それは別にいいです」

「いや、しかしでも…」

 ここまで自軍を動かしたのだ、相応の経費は掛かっているはずだと家康が気遣えば、は言った。

「それはそうなんだけど…私が来るって言い出したからこんなに仰々しい事になっちゃったんで、
 そんなには頂けません。そうですね、どうしてもと仰るなら………
 この捕縛した二人を連れて帰っていいですか?

 あくは強いけど、君主してたくらいだし、きっとそれなりに有能でしょう」

 投降した兵、しかも扱い難い二人を名指しで欲しがるに、家康は虚を突かれっぱなしだ。

「どうでしょう??」

「い、いや…まぁ、それでそちらがいいのならそれで構わないが…」

 ちらりと後方の左近を見れば、彼はやはり困り顔だ。
ここで甘い言葉に乗るとこの鬼軍師に根に持たれそうだと考えた家康は、慌てて言葉を翻し、食い下がった。

「い、いや、やはりこういう事はきちんとさせて下され。家康の心が痛みまする」

 左近と家康の水面下の駆け引きに気がついていないは、二人の思いには全く頓着せず言った。

「あの……初対面でとてもとても失礼だとは思うんですけど…家康様の国は私の国より小さいですよね。
 しかもこの二人に攻め込まれて、田畑は荒れて大変のはず……だからそのお金は復旧に使って下さい。ね?」

 の言葉に、政宗が目を見張った。

「い、いや…しかし…」

「貰えるというなら、貰えばいいんじゃないですかね?」

「だーめ、これでいいのよ。私の所は、田畑が荒れたわけではないんだし」

 背後から入った左近の茶々を一蹴し、再び家康を見る。

「家康様は心が痛むと言ったけど、違う痛みでしょ?」

 目を瞬かせる家康に、は平然と言い放った。

「一番大変なのは、私でも家康様でもない、そこで暮らす人々です。
 家康様だって、手を差し伸べて上げたくても先立つものがなければ動けないですもんね。
 だから、心が痛むんじゃないですか」

 の言葉を聞けば、幸村は柔らかい笑みを浮かべ、慶次も頬を綻ばす。

「こういう時は持ちつ持たれつ、困った時はお互い様……それで、いいんですよ。
 うちは今、本当にいい人材の方が有難いし。お金なら努力して皆で何とかしますから、平気です。
 どうぞお気になさらず、ね?」

 現代っ子独特の価値観に触れて、家康も左近も、二の句を紡ぐ事が出来なかった。
こんな主を持ってお前らは平気なのかと、不満はないかと、家康と政宗が、帰り支度を始めている後方の二人を見る。視線を向けられた幸村と慶次は、もう慣れたとばかりに肩を竦めて見せた。

「じゃ、帰ります。また何かあったら呼んで下さいね。お邪魔しました」

 ぺこりと頭を下げてから、は慶次の元へと走って行く。
幸村の手によって縛から解かれた政宗は、未だ目を回している兼続を無視して、の前へと進み出た。

「ん? どうしたの? 帰るよ、謙さん」

 松風の上から声を掛ければ、彼は馬上のの前に自ら膝を折った。

「目が覚めたわ」

「そう? 良かった」

「独眼竜政宗、これからは殿の為、身命を賭してお仕え致す!!」

 顔を上げた政宗の目には、二心はなかった。

 

 

 政宗は折れた。
だが兼続は違った。
意識がないまま連れられて来たからか、頑として下るつもりはないと、言い張った。

「私は義と愛の元に生きる!! 気に入らなければ、さぁ、今ここで我が首を撥ねよっ!!」

 旧知の仲にある兼続の頑固さに、幸村は居心地が悪いのか、ほとほと困った様子で顔を顰めている。
への忠義と、兼続との友情の狭間に立たされているが故の葛藤だ。

「あっそう」

 謝礼を断るくらいだから余裕があるかと思ったのに。
の城はぼろぼろで、想像以上の困窮っぷりだった。

そんな城に身を置く事になった伊達政宗と片倉小十郎率いる伊達一門は、城内を見た時には己の手荷物を思わず取り落としたくらいだ。
 そんな城の再建に勤しんでいるくらいだから、兼続にだけ構っていられないとばかりに、は言った。

「慶次さん、縄切ってあげて」

 自由の身になって手首を擦る兼続に、は視線も合わせない。
そんな暇はないと、評議室の中央に置いたちゃぶ台へとせっせと茶碗を並べている。

「もうこんな時間だし、今夜はご飯出して上げるけど、下るつもりがないならさっさと出て行ってね?」

「は?」

 首を撥ねる訳でもなく、かといって引き止める訳でもない。

「だから、やる気のない人食わせられる程、余裕がある訳じゃないのよ、うち。
 あ、小十郎さん。すみませんけど、お茶、入れてもらえます??」

「ハ、ハハッ!!」

 仁王立ちの兼続に構わず、はてきぱきと夕餉の支度を続ける。
君主自らこんなことをしている事にも驚きだが、奇怪なのは彼女の価値観、根底にあるものだ。

「最初から放逐するつもりなら、何故私をここへ連れてきたのだ」

「別に放逐したい訳じゃないって」

「しかし、今お前は!!」

「本当に人材は必要なのよ、でも強要はしたくない…それだけの話」

 左近が鍋をちゃぶ台の中央に据えると同時に、が上座についた。
お茶の入った湯飲みを並べ終えた小十郎も遅れをとるまいと、空席に滑り込む。

「ほら、幸村さんも兼続さんもさくさく座って」

「あ、は、はいっ」

 言われた幸村が慌てて座るが、兼続は未だ立ったままだ。
それを相変わらず無視して、は飯櫃から茶碗に白米をよそい始めた。

「これ、回してって下さい。
 だってさ、ご覧の通り、この城はボロボロでしょ?
 でもさ、ここがこんなって事は、外で暮らしてる人はもっと大変な訳よ。

 国を立て直す為に、少しでもいい人材が欲しくなるのは当然じゃない?」

 ぺしぺしとしゃもじで茶碗に盛った白米を叩きながらカキ氷ご飯を作り上げて、慶次に渡す。
慶次の手を介して白米が渡りきると、次は汁物だとばかりに碗をとった。

「でもねぇ、やりたくないって事を人に強制しても、先は見えてるし。
 やりたい事があるなら、それに邁進した方が、その人の為にもいいんじゃないかと、私はそう思うわけ」

 体は、夕餉の支度を。
意識は、自分との問答を。
それを難なくこなしているに、兼続は興味が半分、恐怖が半分芽生えそうだった。

「わ、私を今、野に放てばやがて軍を率いて牙を向けるやもしれんぞ」

「ふーん、そう。やってみれば?」

 と言ったかと思えば、次の瞬間にはちゃぶ台中央の鍋に向かい目を輝かせている。

「わー、今夜は水炊きだ〜vv お豆腐入ってる〜vv」

「流石に大根と山菜ばっかじゃ飽きるでしょう」

「ありがとう、左近さん」

 ここまで蔑ろにされるといっそ清々しい。

「でもね、その時は…多分、多分だけど……ここにいる皆が全力で阻止してくれると思うよ?」

 この部屋の中で、初めて二人の目が合った。
すぐにはにこりと笑い、箸を取って両手を合わせる。

「天の恵みに感謝、大地の恵みに感謝、農家の皆さんに感謝…って事で、いただきまーす」

 もう通例なのだろう、新参者意外、誰一人として動じる事がない。
皆、と同じようにしてから、不可思議な家の夕餉が始まった。

 

 

- 目次 -