思わぬ拾い物 - 慶次編

 

 

 曲がり角に駆け込んで、予感的中だとは顔面を抑えた。
別れたばかりのが数人のごろつきに絡まれていたのだ。

「こらーーーっ!! あんた達よしなさーーーーいっ!!」

 脅えまくるを助けるべく声を上げれば、ごろつきはを見て口の端に下卑た笑みを浮かべた。
騒ぎに巻き込まれるのは御免だと、往来から人が我先にとばかりに遠ざかって行く。

「あ、様!? だめです、どうか構わずお逃げ下さい!!」

 野太い腕に掴まれて、動く事が出来ないくせには懸命に訴える。
そんな姿がいじらしくて、放っておけるかと俄然、闘志が湧き上がった。

「離しなさい!! 今なら、見逃してあげるわっ!!」

 ごろつきどもはの周りにまで足を進めて、の顔を覗き込んだ。

「何をどう見逃すって?」

「し、しらないの? ここ、君主様が変わったのよ。
 ここでこういう事すると、凄くキッッッッツイ罰が下るのよ!!」

 腹に力を込めて、目にも力を込めて、叫んだ。
喉は渇き、声は震えそうになる。でもここで気後れしてはならないと、自分を叱咤した。

「へぇ、そうかい。でもお上に知れなきゃ意味ないぜ」

 伸ばされた腕が肩に触れた瞬間、は相手の手と腕を掴んだ。

「なっ?!」

 瞬間、男の巨体が宙へと浮いた。

『よし、出来る…大丈夫』

 が抑えてたのは手の神経を麻痺させるツボで、男の手は狙い通り麻痺していた。

「早く、その子を離しなさい」

 目に力を込めて静かに言えば、男達はたじろいだ。
指先に力を込めて更にツボを強く押し込み、崩れた男の足の裏を踵で抑える。

「ひっ!! うわっ! ああああっ!!」

 情けない事に男は悲鳴を上げた!!
動かそうとしても本人の意志に反して動かなくなった体に、彼は脅えていた。
彼は混乱しているのか、「た、助けてくれ!」と、動かせる方の手を振り回しながら訴えた。
足は動かず、効き手も動かない。
しかも華奢な女に背後を取られている。
恥ずかしさがあり、悔しさもあった。
けれどもそれ以上に、に対する恐怖の方が先に立ったようだ。

「その子を、離しなさい!! いい加減にしないと、本気で怒るわよっ!?」

 更に力を込めれば、男は更に絶叫した。
ごろつきの一人がから手を離す。

さん、こっち来て、早く」

「は、はい」

 脅えた様子での背へと駆け寄ってきたを庇う。

『さて問題は……ここからだわ……手を離したら……復活しちゃうんだよな〜』

 冷や汗をたらたらと零しながら、悟られてはなるまいとばかりに押し黙る。
そんなの出方を観察する余裕もないのだろうか。ごろつきどもは相談するように顔を見合わせた。

「お、おい…どうする…」

「どうするったって……こんなの話が違うしな…」

「に、逃げるか?」

「あ、ああ……でも…」

 果たして逃がしてくれるものなのかと、の様子を伺えば、は言った。

「十数えてあげる」

「はい?」

「だから、今回は見逃してあげるって言ってんのよ!! それともやるのっ!!」

 目に力を込めて睨み、一喝すればごろつきどもは我先にと駆け出した。
手を掴んでいる男にも、出来うる限りの冷淡な声を向ける。

「いい? この町でまたこんなことしたら………今度は、全身動かなくなるまで……シバクわよ。分かった?」

「は、はい! はいっ! もうしませんっ! すみませんでしたっ!!」

 泣き声の男の足から踵を外し、腕を開放した。
途端、男は脱兎のごとき速さで逃げ出して行った。

「は〜」

 気が抜けたとその場に腰を降ろしたが見上げれば、もまた力を失って往来に座り込んでいた。

様、様……申し訳ございませんっ!! 私なんかの為に…」

 素直に涙ぐむ姿に、本当に可愛らしい人だなと思う。

「あー、いいのいいの。とにかくなんとかなって良かった」

 照れ笑いするの頬へと手を差し伸べようとするのと、の体が宙に浮くのとが同時だった。

「へ?」

様!?」

「えっ、ちょっと、何、何?! 一体なんなのーっ?!」

 一瞬の内に凄まじい力で引き上げられて、眩暈がした。
意識を繋ぎ止めようと、頭を振ってから目を凝らせば、の姿は遥か下にある。
そこへ見慣れた派手な出で立ちの男が飛び出したのが見えた。

「慶次さんっ!! 助けてっ!!」

 宙で絶叫すれば、慶次は迷わず近くにあった商店の看板をもいでの頭上目掛けて投げつけた。
体勢が崩れて、そのまま屋根へ向かって落下する。
危うく顔面から瓦へ激突というところで、慶次の太い二の腕に腰をすくい上げられた。
 何時の間にか屋根に登った慶次は、向かいの屋根に着地した異形の男を睨んでいる。
突如として姿を現した男は、慶次が投げた看板を片手でへし折って、投げ捨てた。
のことを抱え上げたのは、この男だったのだ。
 往来にしゃがみこんだままのが男の姿を見て顔を強張らせる。

「これはこいつが誰だか分かっててやってる狼藉かい? それとも…狙いはあの子の方かい?」

「さてな……ただの座興よ」

 異形の男は慶次から視線を逸らし、と視線を合わせると陰湿な笑みを口元に貼り付ける。
が慌てて立ち上がり、逃げようとした。
だが次の瞬間には男はの背後をとり、彼女の首を掴み持ち上げた。

「あ、や……やめて……やぁ!」

「怖いか? 我が……ならば、呼ぶがいい。最愛の男の名を…」

 そう言われて、は唇を噛みしめた。
ぽろぽろと溢れてきた涙を拭い、沈黙を通そうとする。
そんなを見てが怒り、履いていた草履を異形の男の頭部へと叩きつけた。

「女の子は丁寧に扱え!! この馬鹿っ!! 泣かせんなっ!!」

 ぎらりと、人ならざぬ猛禽類のような目で睨まれて、恐怖を覚えた。
息が詰まり、緊張で全身に鳥肌が立った。
目を離さなきゃいけない。離しさえすれば、この緊張からも解放されるはず。そう知りながら、逸らす事が出来ない。

「喝!!」

 慶次が吼えると同時に、を包んでいた緊張が解けた。

「ますます、粋じゃないねぇ。女を嬲って楽しいかい、あんた……その喧嘩、俺が買ってやるぜ」

 を屋根の上へと降ろして、飛び降りる。
彼が鉾を奮い、大地に叩きつければ、大地が震撼した。
 緊張の一瞬。互いが互いの動きに全神経を傾ける。
ここでこの二人が本気で戦うとすれば、勝負は一瞬で決まるのかもしれないし、そうではないかもしれない。
ただ分かるのは、どちらにしても被害は尋常じゃないものになるということ。
だとしても今はそんな事はどうでもいい。早く決着して欲しいと、は願った。
 何故なら二人の男が醸し出す強烈な覇気に翻弄されて、も自分も精神的に参り始めている。

『どうしよう……体が重い……胸が…苦しい…』

 肌につき刺すような冷気と身を焦がすような闘気。
それに巻き込まれていることで生まれた緊張が、体を縛りつける。
 が瓦の上へと突っ伏し、捕まっているの意識が遠のき始める。

「放してやんなよ」

「断る」

 人質をとられているが故に、慎重になる。
相手の技量が測れるからこそ、そう易々と手の中の小鳥は手放せない。
双方一歩も引けない膠着状態だ。

「どこのどいつだ!! この家の膝元で騒ぎを起こす馬鹿はっ!! 儂自ら成敗してくれるっ!!」

「義と愛の力を持って不義の輩を成敗するーーっ!!」

 その膠着を、往来の向こうから聞こえてきた複数の足音が突き崩した。
足音に混じって聞こえてくるのは兼続と政宗の声だ。
どうやら最初に逃げ出した人々が城に駆け込んだようだ。

「二人とも、もう少し静かに…」

 そこに幸村の声も混じった。
の胸に安堵が広がると同時に、気力が戻り始めた。

「…邪魔が…入ったか……」

 慶次と相対する異形の男は、を更に持ち上げて、彼女の頬に顔を寄せた。
蛇を思わせるような禍々しい赤い舌で、つーっと線を描くようにの頬を舐める。
それ以上はさせまいと慶次が鉾を打ち込めば、鉾は虚しく虚空を切った。
男はを捕まえたままで巧みに逃げ回り、彼女の耳元に何事かを囁いた。
囁かれた事で意識が戻ったのか、は絶句し、脅える。そんなを、男は放り出した。
怪我をせぬようにと、軌道上に滑り込み慶次がを受け止めた。
彼がを丁重に大地へ降ろしたのと、一連の出来事を屋根の上で見ていたがキレて吼えたのとが同時だった。

「何してんだ、この変態っ!!」

さん、降りろっ!!」

「え?」

 もう一方の草履を叩きつけてやろうかと、腕に力を込めて振り上げた。
だが標的を目視する事が出来なくて、戸惑う。
その間に異形の男はの背へと身を躍らせていた。

「きゃぁ!!」

 突然冷たい何かに首の後ろを掴まれて、背筋が凍りつく。
反射的に手にしていた草履を取り落とした。

「うぬもまた、愉快よな」

 無理やり向き合わされて、至近距離で目が合った。
気力で負けてなるものかと、腹に力を込めて睨めば、男は視線を下にいる慶次へと移した。
 下にいる慶次の顔に、焦りが浮き上がる。
それを見て、男は何かを悟ったように再びへと視線を戻した。口元に陰険な笑みを貼り付ける。

「……だが、少しお仕置きが必要か?」

 の顎を掴み、見下す。
その目にある殺意に、口元に浮いている冷笑に、自分はここで殺されるのだと実感し覚悟した。
 目視されるのが怖くて、逃れるように瞼を閉じれば、次の瞬間、唇に冷たい何かが触れた。

「え?」

 何が起きたのか分からず、片方の瞼を細く開ければ、異形の男の顔が間近にあった。
男の唇が、己の唇に触れていたのだ。
瞬時に、何をされたのかを自覚する。それと同時に、全身から血の気が引いた。
慶次が絶叫する。

「貴様ァ!!」

「…クックックククク…」

 その反応を受けて男は笑う。
それからすぐに充分楽しめたとばかりに、投げ捨てられた。
自分の足で立つことも出来なくなった体は、力なく屋根の上を転がり、大地へと向かい滑り落ちた。
受け止めてくれた慶次の顔が目に入る。
彼の顔は、苦悶と怒りで歪んでいた。

「…我は風魔…凶つ風……また、何時しか…見えよう…」

 立ち消えた異形の男の声は、さして遠くで響いているわけではないのに、どこか遠くで響いているような気がした。

「どこだっ!! 下郎どもーーーっ!!」

「え、あ……様?! 何故ここに?!」

 ようやくその場に駆けつけた幸村、兼続、政宗の三人には、どうしても顔を見せる事が出来なかった。
ただただ、今は。慶次の胸板に顔を埋めて、声を振り絞った。

「…さんを…城に…保護して」

「あ、はい!」

「どうした? 何があった?」

 疑問符を貼り付けている彼ら三人に、それ以上何も言う事が出来なくて、歯痒い。
けれども今のには、慶次の服を掴む腕と己の唇を噛む歯に力を込めて、耐える事しか出来なかった。

「なにも……ないさ」

 低い声で慶次が答えて、歩き出す。
慶次の目は、未だに戦場にいる時の色を湛えていた。

 

 

- 目次 -