思わぬ拾い物 |
「なんだ、結局あんたも残ったんですか」 翌朝、食卓に現れた兼続に対して左近が毒づいた。 「義の世築く為…我が力、存分にお使い下さい」 「…おはよう、兼続さん。残ってくれて、ありがとう。さ、座って」 白米をもったばかりの茶碗を差し出してが微笑めば、茶碗を受け取った兼続もまた静かに笑った。 「案ずるな、私が殿に捧ぐのは忠、愛ではない」 「そうですかい、それは結構な事で」 反応したのは左近だけ。 「じゃぁ、まずは皆で朝ごはん、頂いちゃいましょう」 昨夜と同じように口上を述べて掌を合わせてから、食事に手を運ぶ。 「あのね、ちょっと今日、慶次さんを借りたいんだけど、いいかな?」 左近に問えば、ぴたりと止まる左近と幸村の手の動き。 「城の門扉の前にさ、大きめの掲示板を作ろうと思うんだ」 「けいじばん?」 「えーと…お触れ書きを貼りだす大きな板のこと」 「は、はぁ…?」 「小さめなのはあるけど、そういうのじゃなくてさ。 「ああ、そういう事ですか」 他意はないのだと悟った二人が、密かに胸を撫で下ろした。 「大きな物作るとなったら、やっぱり力持ちさんにお願いしないとね。いいかな? 慶次さん」 「いいぜ、どんなの作ればいいんだい?」 「良かった〜。じゃ、ご飯がすんで、政宗さんと兼続さんを仕事場へ案内したら、一緒に作ろうね」 「おや、お二人の役職ももう決まってるんで?」 玉子焼きを箸でつまんで茶碗に乗せた左近の問いかけに、は即答した。 「うん、二人には苦情係やってもらおうと思ってる」 「ハァ?」 素っ頓狂な声を上げた政宗と固まった兼続には慌てて補足した。
「違う違う、厄介払いじゃないのよ。苦情係とか言っちゃうと聞こえは悪いかもしれないけど…… 「あの監察官とは、なんですか?」 味噌汁を置いた幸村に視線を合わせて、 「あのね、掲示板と一緒に目安箱を作ろうと思う。それと駆け込み寺も。 「はぁ…」 今度は兼続と政宗を見た。 「現場の意見を聞きたいの。私と直接話すことがない人の声を。 「で、それと監察官という仕事とどういう繋がりがある?」 先を急ぐ政宗に、まぁまぁとは苦笑を向けた。 「監察官は、陳情された内容をしっかり調べて、しかるべき処理をする役職なのよ」 「儂らが調べるのか?!」 なんでそんな事をしなきゃならないんだと鼻息が荒くなりそうな政宗に、は朗らかな笑みをもって答えた。 「大事なのよ、貴方方じなきゃね。だめなの」 「理由をお聞かせ願いたい」 黙々と食に勤しんでいた兼続に問われて、は平然と言った。 「貴方方は部外者だから」 全員が動きを止める中、も一旦は箸を置いた。 「私、この土地を治めてまだそんなに日は経ってないわ。 「そんな事はありません、様!!」 そんな事を考えていたのかと目を見張る左近とは対照的に幸村は顔を真っ赤にして声を張り上げた。 「まぁまぁ、幸村さん落ち着いて、ね? 「誰かと違い、私は不義を憎む。一度膝を折ったら、違えはしない」 「人を不義とか決めつけるなっ!! 膝を折ったのは儂の方が先じゃ!!」 二人の間でバチバチバチっ! と火花が散る。 「別に二人を信用してない訳じゃないから、というか、信用してなきゃ、任せられないしね。こういう仕事は」 「「殿…」」 二人が少し感動したようにを見る。は笑顔でそれに答えた。 「それにさ、現実的に二人の方が無難だと思うのよね。 湯飲みを取り上げて、ずずずっと啜り、ほっと一息吐いて、
「要はさ、何を用意するかじゃなくて、陳情した相手が信頼できる人格を持っているかどうかが肝心なの。 室の中にいる一同を一人一人見回した。 「で、どうだろう? この提案」 「いいんじゃないですか、そういう意図があるなら、左近は賛成です」 と同じように湯飲みを取り上げて茶を飲む左近の賛同に、は嬉しそうに頷く。 「良かろう!! 見事、義の道敷いて見せようぞ!!」 兼続は鼻息も荒く目を輝かせた。 「安心せい、儂が見事、殿の信を勝ちとってみせようぞ!!」 「うん、二人とも期待してる。どうも有り難う」 良かったと微笑み続けるに左近が視線を送り、密かに口の端を吊り上げた。 『張り合わせましたね?』 『ばれた?』 『いいえ、感服しましたよ』 目と目で交わされた会話はこんなところだ。
食事が済んだ後、は慶次、兼続、政宗を伴って政務階に降りた。 「じゃ、今度はこっちだねぇ」 「ですね」 残った慶次と共に大工が詰めている川辺へと繰り出せば、いかにも荒くれた男ムサイ世界が広がっていて眩暈がした。 「おいおい、大丈夫かい?」 「え、ええ…まぁ、なんとか」 に方々から値踏みするような視線が飛んでくる。 「さんは意外と初心なんだねぇ」 「ほっといて下さい」
きっと慶次と一緒だから、今以上に頭が痛くなるような事態に発展しないで済んでいるに違いない。 「じゃ、棟梁を見つけて、材木の値段交渉と人員交渉しないと…」 「ああ、その辺は俺がやってやるよ。女が口を挟むとへそ曲げる御仁が多いからね、こういう手合いは」 「でしょうね」 申し出を有難く受け取り、その上では慶次を見上げた。 「でね、慶次さん。ここで一つ、提案があるんですけど」 「なんだい?」 身を屈めた慶次の耳へと耳打ちする。 「ははははははっ!!! あんた本当に面白いねぇ。いいぜ、やってみようか」 「はい!! 頑張って下さいね」 肩をぐるぐる回しながら、俄然楽しみが増えたと慶次は歩き出す。 『へー、この時代の甘味はさっぱり系なのね〜』 は自分に支給されているお小遣いで食べれるような団子を三串、お茶を一杯頼んだ。 「はー、いいお天気〜」 「ですねぇ」 のほほーんと呟いたの声に、同調する声が隣の席から上がる。 「あ、ごめんなさい…つい」 の視線を感じたのか恐縮した様子の相手に、はぶんぶんと首を横に振って見せた。 「い、いいえ、こちらこそ」 慌てて取り繕い、それからすぐに問い掛けた。 「ご旅行中ですか?」 「はい、旅中にある夫を探しております」
見た目二十を越えていないのに、もう結婚しているのかと、ちょっと打ちひしがれた。 「夫は、仕官口を探して、あちこち…」 「あ、そうなんだ…」 そういう事情があるなら、仕方がないのかもしれない。 「貴方様は…武芸の息抜きでしょうか?」 装いから判じたらしい問いかけに、は苦笑した。 「うんん、違うの。まだちょっと着物に慣れなくて。今日は沢山歩くから、着崩れても目立たないように」 「まぁ、そうでしたの」 「ええ」 談笑して、どちらともなく身を寄せた。 「…殿方ばかりの職場ですか……さぞご苦労がおありでしょうね」 「ええ、まぁ…でも皆いい人なんですよ。 「まぁ、そう言って頂けると、私(わたくし)も嬉しいです」 「お友達に、なれたらいいのに」 の独白に、少女は目を見張り、嬉しそうに破顔した。 「…ごめんなさい、名残惜しいけれど……そろそろ行かなくちゃ……」 「あ、そうですよね。ごめんなさい、引き止めてしまって」 「いいえ、とんでもない。ちょっとの間ですけれど、とても楽しかったです」 「いいえ、こちらこそ」 食べていたお饅頭の代金を置いて、杖と笠を手にとって立ち上がる。 「まぁ、わざわざ有り難うございます」 「いいえ、道中お気をつけて」 「はい」 とぼとぼと歩き出した彼女の背を見送り、途中で名残惜しくなって、思わず声をかけた。 「あ、あの!」 「はい?」 振り返る仕草までが、ほわほわしておっとりとしていて愛らしい。 「お名前、伺ってもいいですか。それとどちらに向かわれるのかも! 「まぁ!」 春の花のように、慈愛に満ちた笑顔で嬉しそうに手を合わせて、女性はの元へと戻ってきた。 「有り難うごさいます。私、服部と申します。夫の名は服部正成と申します」 「服部正成さんと、さんですね。大丈夫です、覚えました。で、どちらに向かわれますか?」 「北へ、行ってみようかと思います」 北といえば、左近の話では一大勢力を築きつつある国があったはず。 「そうですか、では気をつけて下さいね」 「はい、有り難うございます。あの……ご、ご迷惑ではなければ、お名前を伺っても宜しいですか?」 「あ、は、はい…えーと、前田です」 フルネームを外で語るのは禁止とされている事を思い出し、は思わず偽名を名乗った。 「前田様、素敵なお名前ですね」 「ど、どうも有り難う」 正直、乾いた笑いが止まらない。 「それでは、参ります。ごきげんよう、様」 緩やかな動作でお辞儀をして改めて歩き出したを見送り、再び席に腰を降ろした。 『城に戻ったら、左近さんに相談してみよう。何か出来ることがあるかもしれない』 湯飲みを取って、残る団子を口に運ぶ。 「迷惑かもしれないけど、引止めれば、良かったかな……せめて一日くらい…」 ぽそりと呟いて、それは自分の稚拙な我がままなんだと首を横へとふった。 「すいません、御代、ここに置きます!!」 は店主の返事も待たずに、そのまま雑踏の中へと駆け出して行った。
|
戻 - 目次 |