思わぬ拾い物 - 幸村編 |
飛び込んだ先の空気は、なんというか冷え切っていた。 「何やってるかー!!!」 絶叫と共に元凶となる異形の男を張り倒す。 「様…!!」 涙ぐんでいるに抱きつかれて、自分の判断は間違いなかった判じ、背に庇う。 「一体、なんのつもり? 真昼間から往来でこんな事して、ただで済むと思っちゃいないでしょうね!!」 ギンっ!! と目に力を入れて睨めば、殴られた男は口の端を吊り上げた。 「…ほぅ……お前などにも、友が出来るのか」 「と、友達なんかじゃ…ありません…」 背に隠れながらも、を巻き込むまいとしているのか、は言う。 「さっき、お茶屋さんで知り合っただけです」 「ほぅ? ならば…殺しても構わぬな」 「あっ!」 の背から出で、は叫んだ。 「そんな事、止めて下さいっ!! 他の人を巻き込まないで!!」 先程、やけに関わり合いを拒んで席を立ったと思ったら、理由はこれかと、は溜息を吐いた。 「………あのさ…一応聞くけど……。 「当然だ…我は風魔………凶つ風………」 「じゃ、なんで?」 男は愉悦に満ちた様子で身を捩った。陶酔し切っていた。 「決まっている…………ただの嫌がらせだ」 「嫌がらせかよっ!!」 頭に来て拳を振り上げる。 「きゃっ!!」
後頭部から往来に引っくり返され咄嗟に目を閉じれば、頭に冷たい何かが首筋に触れた。 「?!」 一体どう言う風の吹き回しかと、眉を動かし、怪訝な眼差しを向ければ、風魔は薄く笑う。 「うぬもまた…面白き者よな」 「はぁ?」 ぐぐぐっ!! と寄って来た顔に、彼がしようとしている事を悟り、思わず両手で相手の頭を抑えた。
「ぎゃーーーーーっ!!! いやあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 「様ーっ!!」 第一の被害者であるも風魔の意図を察し、慌てふためく。 「さん、さん、お願いっ!! 誰でもいいから、城から呼んで来てーっ!!!」 涙目になりながら叫べば、はすぐに頷いて駆け出そうとした。 「…!!!!」 絶句するの耳を風魔の声が擽る。 「あやつは面白かろう?」 『ええ、その通りですね』 思っても口には出せなかった。 「って、どさくさに紛れて距離縮めんなっ!! 変態っ!!」 「風魔だ」 「聞いてねーっ!!」 本当は、本気になれば軽々と押し切れるのだろう。 『もうだめだ!!』 がそう思った瞬間。 「……一応伺いますが。この者は??」 「ただの変質者です」 ぐいぐいと迫ってくる風魔の体を押し上げては答える。 「ですよね」 「はい、早くやっつけちゃって下さい」 「お望みのままに」 鋭利に磨かれた槍を構えた幸村を見て、風魔は眉を吊り上げた。 「…我に抗うか…」 すくっと立ち上がった風魔はの事をそのまま己の肩へと担ぎ上げる。 「よかろう、掛かってこい」 「ちょ、降ろしてからやれーっ!!」 米俵のように抱えられたままで始まった戦いに、は当然絶叫した。 「ちょっ、あんた達本当にこんなところで止めてよーーーっ!!!」
風魔の背しか見えていない為、どんな攻防が繰り広げられているかは分からない。 「どこ触ってんよっ!!」 取り落とさぬようにと動かされた手が、たまに尻に触れる。 「さん!」 揺られながら辛うじて視線の端にの姿を捉えたは、声を張り上げた。 「あ、は、はい!」 どうしていいのかが分からないと狼狽するばかりのに対し、城を指し示す。 「逃げて、とりあえずさんはお城へ逃げて!!」 「で、でも…!!」 「大丈夫だから!! そこにいる左近って人に保護求めてっ!! っていえば分かるからっ!!」 「は、はい…!!」 とてとてと駆け出したを追いかけようと動く風魔を止めるべく、はそのままの体勢で叫ぶ。 「幸村さんは、この人の追随、断固阻止ーーっ!!」 「承知っ!!」 逃げる、追う風魔。そして進行経路を阻む幸村。 『嗚呼……また、国庫からお金が減って行く…』 後始末の事を考えれば、もう血の涙が出そうだ。 「…逃したか…」 幸村の横槍で思うように進めなくなった風魔は、途中での追走を諦めたようだ。 「……あ、あの…」 その頃には暴れていたはすっかり大人しくなっていて、己の口を抑えていた。 「すみませんけど……ちょっと、揺れ過ぎで……吐きそうなんですけど……」
風を自在に操り独特の体術を駆使する風魔と、類稀なる槍術を奮う幸村の戦いだ。 「ねぇ、ちょっと降ろしてよ……」 頭を下にしている事もあって、眩暈さえ起こし始めている。 「本当に、本ッッッッ当に、吐くよ…? 吐いちゃうよ? あんた、いいの? それで…」 訴えれば、風魔の返答はつれなかった。 「そのまま吐けば、うぬの鼻に入るな」 『そういう問題かよ!! そもそもお前の背中だって汚れるだろっ!』 頭に湧き上がった文句を口にする余裕もなく、歯軋りをすれば、幸村が妙な怒りを帯びた。 「貴様、無礼なっ!! 様はそんな事になりはしないっ!!」 『いや、あの…本人が訴えているんですけど?? 「試すか?」 『何を? どうやって? どのように?? というか、もういい加減降ろして』 だらんと投げ出された、腕。 「ううう、うう……」 『…あ、危なかった……』 なんとか難を逃れたと感涙するの頭上で、風魔は言った。 「……無駄だったな、武人」 「何?!」 「吐いたようだ」 「 「何ー?!!?!! 」」 二人は同時に絶叫した。幸村は自責で、は濡れ衣故に、過剰反応したのだ。 「…クックックックック…」
余計な誤解の元を撒き散らすだけ撒き散らして、風魔はそのまま姿を消した。 「も、申し訳ございません……様!! まさか、まさか、吐 く な ん て ! !」 「…吐いてない」 「まさか、まさか…様がぁ!!!」 「いや、だから…聞いてよ、ねぇ…」 「申し訳ございませんーっ!!!!」 直情型の武士は、頭に血が昇ると人の話を全く聞かないんだなと痛感しただった。
その後、材木を買い終えた慶次が幸村と合流し、そこでようやくは屋根の上から助け出された。 「何があったんだい? お二人さん」 面白そうに問い掛けてくる慶次を相手に無言を貫いているのに、よりによって幸村は洗いざらいを喋り、 「そして、そして様はあんな場所でっ!! 嘔吐をっ!!!」 風魔の漏らした言葉を断定した。 「だから、吐いてない」 「いやー、そうかい。それはまた大変だったねー」 豪快に笑う慶次が、この時ばかりは憎かった。 「全く……あの変態野郎……今度会ったら、ぶっ飛ばしてやる」 鼻息荒く大股で歩き、居城へと戻れば、兼続、政宗、左近が気の毒そうな面持ちで出迎えてくれた。 「何? 何なの?」 怪訝な面持ちで問えば、政宗が珍しく優しい眼差しで肩に手を置いた。 「気にするな。人なれば吐く事もある」 「だから吐いてないってのっ!!!」
どっからその話が流れたんだと政宗の襟首を引っ掴んで問えば、情報元は、元凶だと知った。 「まぁね、あのお嬢さんは無事ですから、それでよしとして下さい」 「左近はお味方ですよ」と視線で語る左近にほんの少しの癒しを貰った事で本当に泣きたくなった。 「左近さん〜っ!!」 ふらふらと寄っていって、彼の胸の中に頭を寄せて泣き真似をする。 「なんという輩だっ!! わざわざ城でも流布するとはっ!!!
そうか。お前はそんなに私の事が信じられないのか。そんなにあいつの肩を持ちたいのか。 「幸村さんのバカーーーっ!!!」 は顔を上げてから幸村を見ると、渾身の力を込めた平手打ちを一発見舞って、自室へと帰って行った。 「馬鹿め」 「お前さんなぁ……」 「もっと空気読みましょうよ」
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