思わぬ拾い物 - 幸村編 |
風呂に浸かり、一日の疲れを癒しながらがっくりと肩を落とした。 「だとしても……あれはしつこい。ってゆーか、言い過ぎ」 元はと言えば、風魔が全て悪いのだ。それは分かっている。分かってはいるのだけれど。 「信じて、くれないんだもん…」 今まで他の誰よりも信頼を寄せてくれていた。 「吐くよ、そりゃ。酔えば誰だって吐きます」 虚しい独り言が続く。 「でも、あの時は、本当に踏ん張れたんだ。なのに……なんであっちを信じるのさ」 湯船を囲う枠に頭を預けて、天窓から月夜を仰いだ。 「…きっと、あれ…幸村さんだったからショックだったんだろうな」
慶次辺りなら、笑って受け流せたろう。彼もまた、そういう言葉遊びに平然と乗ってくる性質だから。 「惨敗だ……たったあれだけの時間で、あの変態は…そこまで幸村さんの事を読んだんだな…」 目頭を抑えて、深々と溜息を吐いた。 「はー、どうしよー」 自分は仮にも君主だ。 「幼稚だなぁ…私も…」
堂々巡りの思考に疲れて、ここはいっちょ、部外者に助けを求めてみようと思った。 「左近さーん、ちょっといいですかー?」 「ああ、姫」 「お、じゃ、俺は行くとするかね」 気を利かせて立とうとする慶次をそのまま引き止めた。 「だって、慶次さんは最初っから、信じてないでしょ」 「まぁな。実際してたら、なんらかの痕跡がな〜」 「もー、そういう具体的な解説いらないから」 彼らしい切り替えしに苦笑して評議机の前へ腰を降ろせば、左近がお茶を入れて差し出してくれた。 「で、どんなご相談ですか? 仲直りから、追撃まで、幅広く対応しますよ」 「あははは、じゃ、仲直りで一つお願いします」 湯飲みを取って頭を下げたら、左近は何故だか苦笑していた。
一方、時を同じくして、階下の執務階。 「ええっ!! じゃ、あれは嘘なのですかっ!!」 「当たり前だ、馬鹿め!! 幼稚な嫌がらせと何故気がつかない!!」 「幸村…実直は義だ。だが、融通が効かないようであれば、それは不義だ」 凹んだ幸村は、よりにもよってこの二人に相談し、叱咤激励を受けていた。 「お前は殿がどうなったのか、目視はしていないのだろう?」 「え、ええ…でも…本当に顔色が悪かったのです。 「ちょっと待て、幸村。お前は我が君を抱えているままの不義の輩と切り結んだのか?!」 「え、ええ」 「そんな状態なら酔いもするわ。何故もっと他の方法で救おうと思わんのだ、馬鹿め!!」 彼は政宗の的確な突っ込みに共感し、今頃後悔した。 「そうか…私は、そこから既に間違っていたのですね……」 「当たり前だ、馬鹿め!!」 「……幸村……我が君は女性だ。女性は色々と繊細なのだよ。分かるかね」 色恋沙汰から一番遠そうな位置にいるくせに、いやに分かったような口を叩く兼続に、幸村は縋るような眼差しを向ける。 「真実が欲しいというのなら、今からでも確認に行けばいい。 滅相もないと、幸村は首を横に振る。 「ならば、何故信じない」 痛い所を突付かれて、幸村は押し黙った。 「………口付けを…」 「む?」 「…口付けを交わしているように、見えたのです」 「あの男と我が君がか」 「はい」 それでか。それで冷静さを欠いたのかと、二人は納得の溜息を漏らした。 「私が駆けつけた時には様は奴に抱かれていた。様は狼藉を働かれてはいないと仰る。 「貴様、本当に馬鹿だな」 「幸村……接吻にしても悪質な噂にしても……我が君はお前が信じてくれなかったことが、 指摘されて、顔を上げた幸村の顔は、幾分か幼く見えた。 「私が思うに…様は、お前の誠実さに支えられている点が大きいと思う」 「同感じゃ」 腕を組み目を閉じて相槌を打つ政宗に視線を向ければ、政宗は兼続の言葉の先を取った。 「あの二人は柔軟すぎる。人は絡め手ばかりでは、疲れよう。 「そのお前が、殿への誠実を忘れてどうする」 「「堪り兼ねて当然だろう」」 最後はすっかり二人の声は重なっていた。 「私は、どうしたら……」 「失ったと思われた物は、また与えればいい。それだけの事だ」 兼続の言葉を聞き、幸村は静かに頷いた。
翌朝、が目覚めると、階下がいやに騒がしかった。 『暇なの? 暇なのか? こんな朝早くからさ…』 喉元まで出掛かった個人的な感想を口にする代わりに、一般論を述べてみた。 「…何やってんの? 朝っぱらから…」 脱力と共に呆れが含まれた問いかけに答えたのは、兼続だった。 「失態は、自ら雪ぐのだそうだ」 「はぁ……そうですか」 「流布された言葉は悪戯だと…」 「昨日のあれは、嘘だっ!! 様は、貴様に接吻もされていないっ!!」 兼続が言い終わる前に、幸村の声が轟いた。 「……勘違いしたのだよ。敬愛する主君が、往来で汚されたのではないかと。 「もう惑わされはしないぞっ!! 風魔ぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
暑苦しい叫び声を上げて、向って行く幸村の姿はひたむきであり、まっすぐだった。 「なんかもー、本当…恥ずかしい人だなぁ…」 独白したの頬には、言葉とは裏腹に、柔らかな微笑みが浮かぶ。 「あれが真田幸村という男だ」 「だね」 くるりと背を向けて歩き出したは、がっちりと閉ざされた門扉が見下ろせる二の丸まで降りると、門扉に寄りかかっている慶次へと声を掛けた。 「慶次さーん」 顔を上げた彼に手を振る事で朝の挨拶を済ませてから、二人の乱闘に参入し、止めさせるように言った。 「いいのかい? 男幸村、一世一大の死闘だぜ? こりゃ」 難色を示す慶次へと、は言う。 「いいの、いいの。こんな朝早くからあんなに大きな声上げて……ご近所迷惑でしょ? それにね」 「それに?」 すーっと大きく息を吸って、それから声を張り上げた。 「私の忠臣が怪我でもしたら、困るからっ!!!」 響いた声に、幸村が振り返れば、は晴れやかな笑顔で手を振った。 「ゆくぞ、風魔ぁぁぁぁぁ!!! なんか違うな、どっか違うなと思いながら、同時にあの声を聞けば、幸村との関係はもう大丈夫だと思った。
それから一刻と掛からずに、二人の戦いには前田慶次が松風を伴って参戦。 「貴公ら、この国がどれだけ財政難か分かっておられるのか!!!」 修繕費をざっと目算して青褪めたの隣で、竜の右目と呼ばれる男・片倉小十郎が絶叫する。 『…私の忠臣…か…』 何時の間にか、自分も彼らの熱さに感化されて来たのかな?
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実直な人との恋は七転八倒…って事で、もう少し続きますよ。(08.03.04.up) |