思わぬ拾い物 - 左近編 |
鼻息荒く駆け込んだ路地から、我先にと逃げ出す人々を掻き別けて目を凝らした。 「何してんだ、この変態っ!!」 思わず駆け寄って、男の尻を蹴り飛ばした。 「様!」 「いいから、さん、手離さないで!! 今、いい方法考えるから!!」
振り向かなくてもすぐそこまであの見た目の変な男が追っかけて来てる事が分かった。 「さん、あいつ何? なんなの?!」 問い掛けても答えないが気になってちら見すれば、激しい運動が苦手なのか、は顔を真っ赤にして走る事に専念している状態だった。 『ダメだ……この子にこれ以上のマラソンは酷だ』 かといってこの子をどこかに隠して一人で逃走した所で、あの変質者は彼女を諦めてくれるだろうか。 『でも確証がない…なんて事言ってられないよね』 覚悟を決めたように、は入り組んだ長屋の裏手へと逃げ込むと、縦横無尽に走る小道を駆け抜けた。 「いい? 三百数えたらここから出て、お城に逃げて!! 「え、あ…は、はい…」 返事をするので精一杯になっているをそのままそこに隠して、比較的幅のある往来へと飛び出す。 「あの子は隠したわ!! 知りたかったら私の事を捕まえるのね!!」 それだけ叫んで、後はまた逆走、全力疾走だ。 「風と競うか……いいだろう、逃げ切ってみろ…」 男がまずは小手調べとばかりに指先を打ち鳴らすと、どこからともなく浪人集団が現れた。 「え、うそ……卑怯者ーっ!!」 そういいながら、はしっかりと襲いかかってくる浪人達の野太い腕を避けた。 『狙いは、町外れ…とにかく、あの子から目を外させないと…!!』 だがそうはさせまいと、男が動く。 「っ!!」
他の道を探すが、袋小路になってしまったようで、入り口以外の道は潰された道の他にはなかった。 「ったく…ちょこまか逃げやがって……」 肩で息を吐く浪人に囲まれて、じわじわと追い詰められた。 「何の真似だ……お嬢ちゃん…」 「う、うるさいな!! 来るなら来なさいよっ!!」 遠い昔、月に二回くらいしか通ってなかった護身術。 「えいっ!!」 柔よく剛を制すとはよく言ったもので、意外にもは強かった。 「はっ!!」 気合一閃、踵落としで伸した男を踏み越えて、次に襲いかかって来た男は、相手の勢いを利用して投げ飛ばした。 「ったく、いい加減にしてよっ!! もうっ!!」 軽く五人は伸したが、まだまだ諦めない。 「コケにしやがって…」 「……ッ!!」
別にそんなつもりは毛頭ないのだが。ついに業を煮やした浪人の一人が抜刀した。 「死ねやこの女ァ!!」
奇声と共に斬りかかられた。努めて冷静を保ち、刀の動きを見極めて避ける。 「寝てなさいっ!!」 脳天に踵落としを叩きこんだ。 「あ、あんたたち恥ずかしくないのっ!! 女相手に抜刀なんかして!!」 「やかましいっ!!」 言うだけ言ってみたが、逆効果だった。 『嗚呼〜!! もう勘弁してよ、無理だって!! もう流石に体力とか持たないってっ!!』 最短ルートを目で探し、そこから逃げだすべく標的を決めた。 「きゃぁぁぁぁっ!!!」 前のめり転んで体勢を立て直そうと大地に手を突いた。 「…ふふふふ………治療…してあげるわ…」 「え…?」
抜刀して取り囲んでいるのに、たかだか治療用の針を手にしただけで、なんでそんなに強気になれるんだと、浪人は気後れする。 「ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」 医療の鬼と化したが、針を巧みに扱い、男達へと襲いかかって行く。 「だっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! かかってこーーーいっ!!」 こうなると、もう止まらない。 「ふふふふふ、あははははは!!! 「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」 「こらっ!! 逃げるなーっ!!!」 「お、お助け〜!!」 「やかましいっ!! 落ちろーーーーっ!!!」 袋小路から出て往来まで逃げ出してるごろつきを、今度はの方が追い回しているという状態だ。
「ふふふふ、何が浪人よ、働けよ!! 働け、この愚図が!! こっちとら、年中無休なんだぞっ!! もう日頃の鬱憤晴らしまでし始めている気がする。 「ひ、ひぃぃぃぃ……」 「こ、来ないで……」 「助けて……」 「黙れ……お前達みたいな奴に生存権なんか認めない」
凄まじい眼差しで、両手の指と指に挟んだ針を天へ向けてジャキンと構えた。 「いーやーぁー!! 助けて、家のみなさーーーんっ!!」 「お前らが助けを呼ぶなぁぁぁぁぁぁ!!!」 一人残らずその場にいた男に針を打ち、足蹴りで気絶させたは、晴れ晴れとした様子で天を仰いだ。 「ふぅ、気分爽快ね」
爽やかな笑顔なのはいいが、往来は伸された浪人で死屍累々。決して爽やかな光景ではない。 「さーて、帰ろっかな〜」 ストレス解消も万事済ませて、掌で額の汗を拭い、立ち去ろうとした。 「…やっ!!」 思わずか弱い悲鳴を上げれば、聞き馴染んだ声が降ってきた。 「っと、危ない危ない。本当に、じゃじゃ馬ですねぇ」 「え…? あ……左…近さん…?」 安堵からか、声から体から力が抜けた。 「全く……何があったのか知りませんが、こういう時は、まず左近の所へ全力で逃げてきて下さいよ」 掴んでいた手を離し、視線で足を降ろすように促されて、慌てて改めた。 「出て来たらどうです? いるんでしょうが」 何もなかったはずの空間がゆらりと揺らめく。 「うちの姫が随分と世話になったようで……礼は、この島左近がキッチリ三倍返ししてやるぜ!!」 ふふんと、鼻で笑って左近が身構える。 「ほぅ……お守りがいたか」 「違うねぇ、ゆくゆくは恋人だ」 奮われた爪牙を刀で受け止めて、二人は睨み合った。 『凄い……やっぱ、左近さん、武人なんだなぁ…』 左近が口にする言葉は、どこまでが本気なのか分からない。 「で? 乱破がこんなところで何してる? 視察か?」 鍔競り合いを経て、互いに距離をとるように同時に後退した。 「…うぬの知るところではない…」 異形の男がじゃりじゃりと大地を踏みしめて、間合いを測る。 「……大変だな、荷物があると…」 左近を飛び越えて、気が抜けたようにその場に立ち尽くすを、男が見つめる。 「気前がいいだろ? 優遇してやってるのさ」 左近が男の狙いに気がついて、の前へ身を寄せた。 「…じっとしていろ、女……興が冷める…」 男が振った手が起こした風が、が大地に落とした針を巻き上げて襲いかかって来る。 「きゃぁっ!!」
思わず頭を抱えてその場に腰を落とせば、襲いかかって来た針は左近の奮った刀にあっという間に叩き落とされた。 「…あんたの策、見切ったぜ。お粗末だな…」 「そうか、ならば…これはどうだ?」 ゆらりと揺れて男の姿がぼやける。 「え、分身?!」
それこそマンガでしか見た事がない忍術を披露されて、驚き、同時に感動する。 「おおっと、無粋な真似は止してくれませんかね」 軽口を叩きながら、左近の目は真剣そのものだ。
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