今そこにある世界 |
思わぬ形で新しい仲間が出来て、願ったり叶ったりだと盛大に祝賀会を行った次の日の朝。 「おはようございます、様」 「あ、うん。おはよう」 私生活全般のケアをしてくれる事になったが運んできた着替えに手を通しながら、何度となく机を見た。 「どうなさったのですか?」 寝癖を直すのを手伝ってくれているに問われて、は素直に答えた。 「いや…なんていうか……これ………見覚えがなくて」 「まぁ」
二人で肩を並べてまじまじと見つめて、どうしようか? と顔を見合わせた。 「旦那様〜」 突然両手を口に添えて、どこへともなく声をかけた。 「様がお困りです〜」 瞬間、の背に降り立つのは影。 「あ、あの…こんな事でいちいちごめんなさい」 「…謝罪、無用…」 「旦那様、何方かが様のお部屋に入られたようなのです。見慣れぬ箱があると脅えてらっしゃいます」 「…しばし、猶予を」 「え、あ、はい」 瞬時に影は消えて、暇を空けずに、階下で怒号が上がった。 「…え、な、何??」 「なんでしょう?」 繊細そうな外見を持ちのんびりしている割りに、意外との神経は図太いのかもしれない。 「邪魔しますよ、姫!!」 言葉と同時に動いた襖。 「何をなさいますか、左近殿!! 勝手に開いてはっ!!」 咎めはしたものの心持は彼と同じだと言わんばかりの幸村の背後には、慶次、兼続、政宗、家康、長政の姿があった。見事に男ばかり。しかも家康を除いた全員が何者かに襲撃でも受けたような姿になっている。 「え、あ、あの……おはようございます。皆さん、その姿って…」 まだ顔も洗っていないのにと、気恥ずかしさで思わず頬を掌で隠しながら応対すれば、一同はずんずんと部屋の中心へと進んできた。 「ほぅ、これかい」 「誰かこれに見覚えは?」 大の男が七人ばかり。文机を取り囲んで渋い顔をしている。 「某には市がおります、このような恐れ多い真似は…!!」 「知ってますよ、あんたにゃ他のもんなんか全く見えてないでしょうに。災難でしたな」 混ぜっ返す左近の背を見上げて、政宗が毒づいた。 「こういうのは、左近、幸村、慶次。貴様ら三人の内、誰かではないのか!!」 彼の目には面倒事に巻き込まれたという色が色濃く浮かんでいた。 「言っておくが、俺じゃあないぜ」 「わ、私もですっ!!」 「左近だって違いますよ、懸想するにしても、こんな方法は選びませんって。 「あ、あの」 遠慮がちに声を掛ければ彼らは同時にを見やった。 「さん、本当に覚えがないんだね?」 「…え、ええ…」 は彼らが交わした一連の会話から、推測が現実である事を理解した。 「ったく…どこのどいつだ。うちの姫の部屋に土足で上がった奴は」 「様、お怪我などはございませぬか?」 真剣な眼差しで幸村に問われて、は慌てて頷いた。今の所外傷を負ったという自覚はない。 「そうですか、ようございました」 ほっと胸を撫で下ろす幸村の隣に立つ兼続は文机を顧みた。 「何か意図があるはずだ。しかし許せんな、眠りの中にある女性の部屋へ忍ぶなど…不義だ」 彼が発した言葉を受けて、初めては身の危険を理解したようだった。 「えっ、や、やだ! なんかそんなのって、気持ち悪い」 「どうしましょう、どうしましょう」 狼狽するの隣の立つもつられて共々狼狽しだす。 「まぁまぁ、二人とも落ち着いて下さいよ」 左近が宥めている間に、幸村が腰を落とした。 「…どうだ?」 「むー、なんか入ってるみたいだな。しゃらしゃら音がするぜ」 傾奇者とはここまで豪胆なのか。 「中を改めても宜しいでしょうか?」 「え? あ、開けちゃうんですか??」 得体の知れない物だ。 「害があるかもしれません、ないやも知れません。見てみない事には判断は不可能かと」 「そうですなぁ」 動いた左近に手を取られて立ち上がる。 「ご安心下さい、我が君。某がお守り致します」 頼もしい一言に、はこくこくと頷いて、ずっと傍にいるの手をぎゅっと握り締めた。 「では、開けます」 「はい、お願いします。幸村さん」 文机の上へと箱を戻し、深呼吸を一つした後で蓋に手を掛けた。 「なんだ? これは」 兼続が取り上げてまじまじと眺めたそれは、女性が掌を広げて合わせたくらいの大きさで、持ち上げる度に、中で何かがしゃらりしゃらりと音を奏でた。 「あ!!」 「どうされた、殿」 「見覚えがあるのか?」 兼続の手の中にあるものを一目見て、が縮めていた背を伸ばす。 「危険です、様!」 触れる前に掌を止めて、心配してくれる幸村に視線を合わせた。 「これ…もしかしたら、私のかもしれない」 不可思議な言葉に、左近、慶次、幸村は互いに視線を送りあった。 「ちょっと、見せてもらってい」 伸ばした掌で包みを触れた瞬間、の動きが止まった。 「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」 左近が手を伸ばし肩を抱き止めれば、は酷い錯乱状態に陥っていた。 「いやぁ!! 何っ?! なんなの?! ここ、どこっ?! 誰に訴えているのかは分からないが、腹の底から発せられる叫びは悲壮だ。 「姫、姫!! しっかりして下さい」 「どうした、さん! 何が見えてるっ?!」 「様!!」 溺れる者が藁をも掴むように手足をばたつかせるを見かねて、包みを箱へと戻した兼続が進み出てくる。 「御免」 彼は無言のままの振り回される手を捌くと、鳩尾に軽く拳を打ち込んだ。
あの包みは、確かに私物だった。 『え? …あ……何? なんなの?』 があの包みに触れた瞬間、目にしたのは、荒廃した世界の姿。 『止めるのだ、宿命を変えるのだ』 『誰? どこ? これは、何??』 海で溺れた自分をこの世界へと導いた声は質問には答えずに、訴え続けた。 『我は人々の守護者…世界の終末を見守りし者……お前は選ばれ、また自らが選んだ』 『私…? 私が、私がこうしたっていうの?!』 『否、お前が選びしは、この結末を止める事』 遠のく声が、訴える。 『その世界でやり直すのだ、全てはそこから変わる』 『やり直す? 何を? どれを?』 『…変わる度に…お前には力が備わる……その力を持て、世界の行く末を…』 そこで、外界の声。 「御免」
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