素敵な背中 |
最前線の部隊が秀吉を始めとする豊臣一門と交戦を開始する。 「なるほどね、蜂須賀小六と竹中半兵衛の姿が見えない…って事は、奇襲の可能性があるね」 本陣で左近が独白して、地図を確認する。 「怪しいのは、この街道か。伝令、前線はしばらくは長政さんに支えてもらう。慶次さんには移動の指示だ」 「左近さん、そんなことしたら、長政さんが…」 心配そうなの肩を優しく撫でで左近は不敵に笑う。
「まぁまぁ、安心して下さいよ。こっちの損害は最小限に…でしょう? よく分かってますから。 「う、うん。お願い」 がこくこくと相槌を打つのを待って、左近は激を発した。 「第ニ陣、前へ」
号令と共に鳴らされた陣太鼓に合わせて、街道沿いの出城に配備された弓兵が動いた。 「くっ!!」 この攻撃によって北条勢は半数の騎馬を失った。 「おーっと、どこに行くつもりだい?!」
彼が指定された街道を進めば、程無く、密かに進軍していた小隊と遭遇した。 「な、何故ここに…!!」 「ひ、怯んではなりません!! 迎撃するのです!!」
半兵衛が指揮をとり、小六が豊臣の旗を掲げる小隊と共に慶次に立ち向かう。 「前田慶次、まかり通る!! 何方さんも死地に入る覚悟を決めて貰おうかァ!!」 「ひぃ!! け、慶次だ!! 前田慶次だぞ!!」 「に、逃げろーッ!!」 かの部隊は、慶次が一喝すればあっという間に逃げ出す始末だ。 「ああっ!! 何という事だ!!」 「骨がないねぇ…あんたらは、少しは楽しませてくれるのかい?!」 松風が鼻息も荒く疾駆し、騎乗する慶次の鉾が縦横無尽に空を切って、隊列を掻き乱す。 「くっ、やらいでかぁ!!」 「豊臣兵の底力を見よっ!!」
受けた手が痺れるような一撃を繰り出してくる慶次の攻撃に耐える小六を援護すべく、半兵衛が抜刀して駆けだす。 「伝令、伝令!! 小六様と半兵衛様、奮戦するも、攻城部隊壊滅しました!!」 「何っ?! で、二人は?!」 「は、前田慶次によって捕縛された模様です!」 「そ、そうか。慶次が相手ならしゃーないわな。生きとるだけでめっけもんじゃ」 詳細を聞いて、安心したように秀吉は小さく息を吐いて、すぐに顔を引き締めた。 「こっちの計略、見破られとったか……敵の軍師もなかなかやりおるなぁ。 秀吉が合図を送れば、伏せられていた兵が前線部隊背後に現れて、前線と本陣とを分断した。 「他の者は前線と戻る慶次をここで足止めするんじゃ!!」 秀吉の鼓舞で前線に展開する豊臣兵が咆哮する。 「怯むな、の兵よ!! 敵は烏合の集ぞ!!」 長政の声に、の兵もまた、士気高らかに咆哮した。 「はっ!! 秀吉様、お任せ下さい。進軍するぞ」 激戦模様を呈し始めた前線を背に、伏兵部隊が動く。 「残念だが、そうはいかない」
これだからこの二人との戦は気が抜けないと、左近は笑いながら舌なめずりをする。 「街道の部隊は反転、奇襲部隊を挟み打ちだ!!」 合図の陣太鼓に合わせて、街道に布陣した幸村と兼続が動く。 「くっ、幸村!? 兼続もかっ!! ふん、随分と貴様らは必死なのだな」 友人二人とこのような形で見える事になった三成の挑発に、二人は冷静だった。 「必死ですよ、あの方を失わない為に」 「三成、戯言はいい、来い!! 義と愛がお前を止めるっ!!」 戦況が気になるのかが陣中央から動いた。 「ねぇ……左近さん」 「はい? どうしました、姫」 あまり前に出ると敵の弓に倒れるかもしれないからと、左近はを背に庇う。 「兼続さんの言う"義"ってさ、何?」 「さぁ…? まぁ、やる気出してくれるなら、なんでもいいんじゃないですかね」 「そうか、そうだね。ところでさ、この戦ってさ、誰をやっつければ、終わるの?」 「そうですなぁ……秀吉さんじゃない事は確かのようです。前線に居ますからね」 「そっか、そうなんだ」 何か含みを持つ物言いに気がついて、左近は自分の背に素直にくっついているへと視線を映す。 「姫? 何がお望みです」 「え、べ、別に……」
もごもごと口篭り、下を向いて指先を遊ばせる時に見せた眼差しには見覚えがある。 「また、ですか?」 仕方のない人だと柔らかい声で問いかければ、はこくんと頷く。 「あ、でもいいよ!! あんなに混戦してるんだし、大変なんでしょう?!」 慌ててが言えば、左近は目を細めてから己の顎を擦った。 「さて…どうでしょうね…」 「え?」 「どうも敵さん、足並みの揃いが悪いようだ。豊臣兵は士気が高いが、北条にやる気は見られない」 「そういえば……幸村さん達が街道から動いたのに、街道に布陣する北条兵は動かない…なんで?」 「傍観か捨て石ってとこか……この戦は、豊臣との戦いと読んだ方がいいね。 「そ、そう……秀吉様の事、捕縛、出来る?」 「ええ、姫がお望みであれば、の話ですがね?」 左近に見つめられたは瞳に強い力を込めて願った。 「お願い。秀吉様が、ほしい。会いたいの」 「直球ですな。少し焼けますよ」 左近がほんの少し顔を顰めれば、は高揚し始めている表情を改める事なく、最前線へと視線を向けた。 「…会いたい……会ってみたい……あの人に……」 「それ程ですか」 「うん」 「分かりました、やってみましょう」 「左近さん、ありがとう」 「いいえ、お陰で多少難易度は上がりましたけどね。まぁ、なんとかなるでしょう」 秀吉を先に抑えたら、きっと三成が激怒して手がつけられなくなる。 『…おいおい、冗談だろ? この俺が、この人にか?』 負傷した時に手当てをされて、欲情した事はある。 「伏せていた後衛、家康へ伝令。参陣させろ!! 「え…呼んじゃうの? 全然劣勢じゃないのに??」 「なぁに、視覚効果って奴ですよ。北条はどうせ小手調べだ。 「そっか、左近さんは凄いね」 「まだまだです、ご照覧あれ。我が君」 拮抗する前線と、本陣を前にする混戦。 「何っ?! まだそんな余力があるんかっ!!」 流石にこれは驚いたと秀吉が怯んだ刹那、秀吉目掛けて長政の奥義が炸裂した。 「伝令!! 前線、浅井長政様奮戦!! 豊臣秀吉、捕縛したよしにございます」 「やったー!!」 喜怒哀楽が素直に現れるはその報に喜び両手を上げて万歳三唱だ。 「伝令、伝令!! 三成様、秀吉様が敵に捕縛されました!!」 「何?! 秀吉様が?! おのれ、秀吉様に縄をかけるとはっ!!」 左近が読んだ通り、本陣と目と鼻の先の丘陵で戦っていた三成は、怒りを武器に一層強力な覇気を纏い本陣へと攻め寄せてきた。 「やっぱりね、こうなりますかい。姫、半蔵さんと共に下がってて下さい」 「え? あ、うん」 左近はを抱き上げると、陣中後方の砦へとを退避させた。 「おいでなすったか」 「左近?! そうか、お前だったのか。普通に邪魔だ!!」
幸村と兼続を振り切って本陣に殴り込みをかけて来た三成を迎え撃つべく左近は自分の獲物を振り翳す。 「申し訳ないんですがね、一歩も引けなくてね」 「黙れ」 言葉少なく答えた美丈夫の顔にある怒り、殺意に、は思わず息を呑んだ。 『大丈夫、半蔵さんも左近さんもいてくれる。大丈夫、私が弱気になっちゃだめだ』
組まれた巨木の隙間から戦場となった本陣を見やれば、そこには美形の男が一人と、彼に追随して来たらしい兵が数名。どう見ても、袋の中のネズミという奴だ。 「あああああっ!!!!!! 理想の背中ーーーっ!!」 「いっ?!」 「っ!!?」 「そこかぁっ!!」
虚を突かれた形になりコケそうになる左近を振り切り、美丈夫が扇を構えて一直線に突進してくる。
「捕獲、捕獲、捕獲っ!! 慶次さん、幸村さん、兼続さん、長政さん、家康様、半蔵さん、 「あいよ、任せなッ!!」 の絶叫に答えたのは、街道を抜け、前線を掻き乱して松風と共に参陣した慶次だった。 「承った!!」 「いざ、参るっ!!」 異様な闘気を纏う三成に相対するのは慶次、兼続、幸村、左近の四将。 「お前を討ち取って、終わりだ!! クズが!!」 「させん」 を降ろして半蔵が身構える。 『見つけた!! この背中だ!! や、やっと…やっと!! 見つけた!! 逃がすもんか!!』 は、己の陣羽織の中に手を入れると、中に潜ませていた牛皮のあの袋の中を漁った。 「何?!」 三成の顔に驚愕が走ると同時に、彼の手からは扇が落ちた。
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