癖はそう簡単には治らない |
「あったま、来た!! もういい、お前の事なんか、今日から呼び捨てしてやるっ!!」 の執務室からの絶叫が上がった。 「ふん、それがどうした。別段痛くも痒くもない」
一体何事かと階下から兼続、慶次、左近、幸村、家康、秀吉が駆けつければ、室の中は凄まじい様相を呈していた。 『地獄絵図』 一同が一瞬の内に同じ事を思い描き、買い戻されたばかりの屏風で仕切られている部屋の向こう側へと視線を向けた。するとそこには畳の上へ押し倒されたと、の上に馬乗りになっている三成の姿があった。 「重いっ!! どけっ、バカッ!! アホ!! 変態ッ!! ガリ痩せ反抗期!!」 「やましいっ!!
痩せていると言いながら重いのか!! 反語ではないか!! 低知能め!! 「何よ、何よ、逆恨みじゃない!! 自分が捕縛されたのがいけないんでしょっ!!」 「ええい!! いい加減観念しろ!! 何時までも暴れていないで服を着ろ、服をっ!!」
「暴れてなんかいないってのっ!! 根性ねじ曲がった優男から身を守ってるだけっ!! 正当防衛ですっ!! 「汗臭くなどない、卸したてだ。それから安心しろ、お前みたいな女の体に興味はない」 互いに腕を掴み合い、繰り広げる押し問答。 「恥じらいを持て、恥じらいを!! 女だろうが!!」 それを止めさせたいのか、三成が烈火の如く叱責する。 「そう思うならまずあんたが退きなさいよ!!」 「口答えをするな!! このじゃじゃ馬が!! 羞恥心を持てと言っているのが分からんのか!!」
「なんであんたにそんな事言われなきゃなんないのよ?! それになんであんたはそんなに偉そうなのよ?! 傍から見ていれば官能的な印象を持てなくもない。 「ならば言わせて貰うがお前の傍に仕えているあの女はなんだっ!! 「んなっ!! ちょっと、撤回しなさいよっ!! 私の事だけならまだしもちゃんの事まで!! 「ごふっ!!」 瞬間、天井裏から降りてきた半蔵に、三成は背を蹴り飛ばされた。 「ハッ、バーカ。ちゃんはあれでいいのっ!! そこにいてくれるだけで癒される和み系なんだから!! 圧迫がなくなったと同時に起き上がったは、座布団を掴んだ。 「お前、本当に女としての恥じらいはないのかっ!!」 受け止めた三成がの頭を鷲掴みすれば、負けじとは三成の背にあるツボを親指で押し込んだ。 「ぐぅぅぅぅぅっ!! そう来るかっ!!」 「ふふふふふ、何時まで耐えられるかしら…? 今日も押し倒してバッキボッキに解してやるっ!!」 膠着状態になった二人を見て、秀吉が口を開いた。 「慶次」 「あいよ」
名を呼ばれた慶次が歩き出し、それに合わせるように左近、幸村、兼続が続く。 「ほら、さん。冷静になんな」 慶次がの腰に手をかけて引っ張れば、は前のめりになりながらその場に崩れた。 「で、今日は何があったんだい?」 仕切りになる襖を取っ払ってしまった為に軽く百畳はあるように見えるの執務室。 「もう聞いてよ、慶次さん。信じらんない!!
あいつ、私が朝ごはん食べてたら、散々文句言ってきて。 「左近っ!! あいつの頭の中は一体どうなってるんだ!! 「「ハァ?!」」 「いいじゃん、美味しいじゃん、卵掛けご飯!! 「よくないっ!! 朝ならともかく、もう昼なんだぞっ!! 「だから、さっきから何度も何度も何度も何ッッッッッ度も、ちゃんが着物を選んでくれてるの
「やっぱり脳に蜘蛛の巣が張っているのだな。末代まで語り継ぐのはお前の子孫ではなく、見た方だ。 「なっ!! あいつ、殺す!! 絶対に殺すッ!!」 事情説明とは名ばかりの口論を繰り広げていたが、が再び立ち上がった。 「お前に殺される奴など、古今東西探してもこの世には誰一人としておるまいよ」 百畳向こうで三成も受けて立つとばかりに立ち上がる。 「殿……勘弁してくださいよ……何も姫相手にそこまでムキにならずとも…」 左近が三成を再度座らせれば、対極にいるの肩をまあまあと軽く叩きつつ座らせるのは兼続だ。 「失敬な事を言うな、左近!! 俺はムキになどなってはいない!!」 「なってますって」 「そうよ、なってるわよ。自覚ないなんて末期ね。 「なんだと?!」 「あら、理解力まで低いの?! じゃ、分かるように言い直してあげる。ガキって言ったのよ、ガキってね!!」 「黙れ、巨乳!!!」
室の対極でバチバチと火花を散らす二人の姿を見て、秀吉は肝を冷やし続けた。
「なっ、なっ、あんた、今なんて言ったッ?! き、巨乳ですって?! セクハラ、セクハラーーーー!! 「フン、何を偉そうに被害者ぶっている!? 貴様とて俺をガリ痩せ反抗期と言うだろうが、あいこだ」
「あいこじゃない、全然違う!! いい?! あんたは私の臣、私はあんたの主。 「確かに俺は下ると言った。だが、それはお前ではなく、秀吉様に下ると言ったんだ」 「屁理屈ーーーーーーーーッ!!」 「ふん、事前に確認しなかった貴様に落ち度があっただけの話だろう。逆恨みもいいところだな」
ああ言えばこう、こう言えばああ。本当に良くもまぁここまで口が回るものだと、周囲は呆れ果てる。 「な、今、今笑った?! あんた、今、鼻で笑ったでしょッ?!」 「知らぬな」 は怒りでぶるぶると震え上がりながら、呼吸を大きく吸い込んだ。 「もぅ、あいつすっごいムカツク!! 大体、左近さんはなんでそっちにいるのよっ?!」 「エ?」 今の前にいるのは兼続、慶次、家康だ。 「裏切り者っ!!」 わけの分からぬ矛先が向いて、左近は冷や汗を流した。 「交代だ」 「すいませんねぇ」 人質交換でもしているかのように、二人はそれぞれ対極へ。
「もう左近さん、人見る目なさすぎ!! あんな顔だけしかいい所がなさそうな奴の下に、どうしていたのよ?! 「ハハハハハ」 言いえて妙だなぁと、左近が己の顎を擦っていると、後方に残る狐が吼える。 「貴様、もういっぺん言ってみろ」 「何よ?! 本当の事でしょ?!」 今度は先に三成が立った。 「もう我慢ならぬ。貴様の馬鹿さ加減について徹底的にお説教してやるから覚悟しろ!!」 「ふん、冗談じゃないわよ。バーカ、バーカ、三成のバーカ」 「貴様の方こそ子供だろうが!!」
慌てて追い縋ってきた幸村、秀吉を引きずり、見物を決め込んだ兼続を後方に従えて三成は進軍する。 「何さ、女みたいな顔してさ。根性まで女みたい!! 慶次さんみたいに少しは柔軟で豪快になれないの?!」 「……ふん、そんな必要ないな。俺は俺だ……それに…」 「な、何よ?!」 身構えるの前で、三成は口元に微笑を貼り付けて豪語した。 「外見に拘るのは自らが劣っていると証明しているようなものだぞ」 ぐぐっ!! とが息を呑む。
「…まぁ…その様子、精神構造では、折角の外見も豚に真珠、馬の耳に念仏だろうがな。 他の人間に言われるのならばまだしも、あの三成が相手だ。 「うぅぅぅぅぅぅぅ〜」 は言葉を失い唸りながら、ぶるぶると怒りに打ち震える。 「様〜、お待たせしました〜。桃と菫と、迷ったのですけど…今日はやっぱり菫にしましたわ〜」 「ううう、うわーーーーん、ちゃん、あいつ、すっごいムカつくー!!」 橙色の可愛らしい振袖に身を包むの肩に顔面から抱きついて、は絶叫した。勿論、涙声だ。 「まぁ、まぁ、まぁ!! どうなさいましたの??」 おっとりとした声でを宥めようとするとを見下し、三成は鼻でフフンと笑った。 「こりゃ、女子を泣かせちゃだめじゃろ。全く、三成は何時まで経っても子供じゃのう」 「な、秀吉様!」 顔を顰める三成をキッ! と睨み、は地の底を這うような声で言う。 「見てなさい」 「ん?」 ついに来るか、"無礼討ち"。 「一週間よ…一週間で、お前をぎゃふんと言わせるくらい、綺麗になってやるっ!!」 は周囲の予測を大幅に裏切り、宣言した。 「遊郭に修行に行って来る!!」 爆弾発言に虚を突かれた周囲が慌てての後に追い縋ったのは、言うまでもない。
「けどなぁ、さん。本当の女の美しさってのは内面からくるもんだろう?」 「分かってる、知ってるけど、でも!! でもーっ!! やっぱり悔しいじゃん!!」 ぐすぐすと半べそをかくの頭を慶次が大きな掌で撫でた。 「その姿を見れば、三成だってとやかく言いやしないと思うがね」 視線で左近に同意を求めれば、左近も同意した。 「そうですよ、姫。何も遊郭にいく事なんか…」 「だって、悔しいのっ!! 情けないけど、あいつの言葉、確かにクリーン・ヒットなんだもん!!」 「くりー…なんだって??」 「的中って事」 ぎゅっと、己の掌を握り締めては唇の端を噛んだ。 「鍼灸師はあまり香水とか使えないのよ。お年寄りの相手が多いから、派手な格好は出来ないの」 つまりは自分の好きな仕事を円滑にこなす為に、日常はこざっぱした格好を心掛けていた。
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