鏡越しの世界 |
「姫、大殿の提案じゃありませんがね。 「う、うん……分かった……ごめんなさい。これからは気をつける」 が小さく頭を下げたを事にほっと一同は安堵する。ほんの少し場の空気が緩んだ。 「でもさ……だからといって、戦争するの? 私は、それには反対なんだけど」 「さん。気持ちは分かるが、一度巡って来た時節を逃せば次はない。それが乱世だ」
「それは、そうかもしれない…。でも、人を傷つけるのは、やっぱり良くないよ。 「あの……宜しいですか?」 慶次の巨体に隠れていただけで、一連の会話をずっと聞いていたらしい。 「…北条から、様は怨まれていますよね」 「うん、でも仕方ないよね。向こうから民が逃げ出して、こっちに来て、私はそれを保護しちゃってるし」 「でもそれは、政が酷いから、皆さん逃げるんですよね」 「らしいね」 「という事は、このまま放っておいたら逃げ出せない方は、どうなってしまうのでしょう? 「…あ……」 「私、難しい事はあまり良くは分からないのですけれど……。 周囲に視線を走らせるの後衛となったのは、意外にも三成だった。 「いや、間違っていない。寧ろそこを無視するとすれば、それこそが不義だろう」 兼続みたいな事をいうものだと思い視線を向ければ、彼は平然と言った。 「俺も秀吉様もあの地には慣れている。必要であれば、何時でも出れるぞ」 「あ、あのね…ちゃんの意見も、皆の意見も一理あると思うの。 現代で見てきた現実を思い描いて口にすれば、左近が珍しく冷徹に言った。 「ならば、最初に逃げ込んできた民を追い返すべきでしたな」 「え?」
「いいですか、姫。逃げて来た者を一度でも受け入れれば、それはもう口出してるのと一緒ですよ。 「さん。物事には順序ってものがある、それは分かるね?」 「え、ええ」 「一度受け入れたら、受け入れ続けなきゃならない。 「でも…その器は、もうここにはない……そういう事?」 幸村と視線があった。彼は小さく頷いて、肯定した。 「…今更だが、追い出すか? 今まで受け入れた民を」 兼続の問いには首を横へと振った。 「それは、だめ!! そんな無責任な事は……。 しゅんとが肩を落とした。目に見えて分かる葛藤と落胆だ。 「なんじゃなんじゃ皆して様をいじめおって」 「秀吉様」 ずんずんずんっと進んできて、彼はを両手で抱かかえて庇った。 「苛めてる訳じゃありません、秀吉様。 「ああ、そうだったんか」 ちらりと自分の手の中のを見て、秀吉は人懐っこい笑みを向ける。 「…なぁ、様」 「はい」 「わしにやらせてくれんか」 「でも…侵略は…人が死んじゃうし…遺恨だって残すし…」 「全く、どこまでお前は馬鹿なんだ」 「なっ!」 カチンと来て三成を見れば、彼は冷淡な顔をして言う。
「力の差を見せ、投降させればいいだろう。戦は何も殺し合いだけでするのではない。 「あ……うん。そうだね、それならなんとか」 安堵の笑みを口元に浮かべたを直視して、三成は口の端をひん曲げるとそっぽを向いた。 「悪かったわね、どうせ私が笑うのは気持ち悪いってんでしょ!!」
ばふっ!! と音を立てて、三成の頭に自分が羽織っていた着物を叩きつける。 「ああ、そうだ。秀吉様、ちょっと大事なお話があるので、家康様と一緒に来て下さい」 「はは、ただいまっ!!」 肩で風を切るようにして歩き出したの背を見た三成は、の着物を床へと叩きつけながら、一人心で怒鳴った。 『俺は可愛いなどとは思っていないッ!! 断じて!! 見直してなんかもいないからなッ!!』
室に戻ったは、家康立会いの元で秀吉から北条での待遇について問い掛けた。 『そうか……全ッッッッ然、だめなんだ……足りないってのは、きっとこれなんだな…』 は聞いていて思わず目頭を抑え、吐き捨てた。 「…北条の野郎……なんて…バカなんだ……」 「様?」 「あ、いいえ、なんでもないの。ごめんなさい」 独り言をそこで止めて、は考え事でもしているように押し黙る。 「あ、あの……秀吉…様」 「はぁ…なんじゃろう?」 「北条攻めなんですけど……」 「やってええんか?!」 円らな目をきらきらと輝かせる秀吉に、は緊張の面持ちで言った。 「い、」 「はい?」 「一週間で、済ませて下さい」 「………ハィ?」 「期限は、一週間です。出来ますか」 伺うように聞いたら、秀吉は顔面を真っ青にして、更には大粒の汗を流した。 「…どうしてもこの戦は、秀吉様で一週間で済ませてもらわないと困るんです」 いやに強調された言葉に、自分が望んでいたこととはいえ、背筋が凍る。 「…わ、分かりましたわ。サルにお任せあれ。では早速掛かりまする!!」
だとしても、道は自分で切り開かねばならないと、秀吉は自分を叱咤し、項垂れそうになる顔を引き締めた。 「う、うんっ!! あ、後ね」 今度はなんだとばかりに全身を固くする秀吉に、は泣きそうな顔をして言った。 「…兵は…豊臣一門だけで……頼みます」
二人の間に、重苦しい鐘が鳴り響いたような気がしたのは気のせいではない。 「……左近さん…連れてっていいです……きっと、それくらいの優遇は有りだと思います……から」 「は、はぁ、お任せあれ」 部屋から飛び出して行った秀吉の背を見ながらは直後に家康の腕へと齧り付いた。 「死なないよね、死なないよね?!」 「…だ、大丈夫でしょう。秀吉殿は知恵者ですから」 「家康様………………お願いですから、私の目を見て言って下さい!!!」 「申し訳ありませぬ」
「ハァ!? 一週間で、豊臣だけで北条を攻めろッ?!」 「そうなんじゃー」 私室へ戻った秀吉は、弟豊臣秀長を始め、石田三成、蜂須賀小六、竹中半兵衛といった豊臣一派と呼ばれる自分の部下だけを集めて、彼らを前に頭を抱えていた。 「あの女、俺達に死ねと言うのか」 事前調査で把握している兵力差を記した資料を前に三成が唸れば、秀吉が首を横へと振った。 「いや、それがそーでもなさそうじゃ」 視線で問い掛ける三成に、秀吉は言う。 「どうも"わしが一週間で落とす"というところに意味があるらしい」 「つまり他所から手が入ってはならないと?」 「ああ、部屋を辞した時、叫んどった。『死なないよね?』と。 「そうですか」 秀吉は大きく一つ頷いた。 「…それに、今の姫様の方が、面白いしええお人じゃしな」 「秀吉様?」 「皆、わしに力かしてくれ。豊臣の力を示す好機なんじゃ。なんとかして、やり遂げんとなぁ!!」 鼻息荒く宣誓した秀吉の顔には、もう迷いはなかった。 「何してんだい? さん」 「てるてる坊主作ってんの」 護衛役の為にの執務室に寝転がっている慶次が問えば、視線すら合わせることなく、は答えた。 「てるてる坊主??」 「うん」
「これを飾ると、晴れになる…って言われてるの。でも今回は晴れちゃ困るから、逆さに吊るそうと思って。
彼女がそんな物を作り出した理由が、秀吉の北条攻めに関係していると知った瞬間、慶次は呆れて顔を崩した。 「私だって好きでンな事言う訳ないでしょッ!! 懐にくっついてわぁわぁと泣くの背を慶次が優しく撫でれば、幸村は大層落ち込んだ。
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