遠い世界からの神託 |
広げられた世界地図を前には一人でうーんと唸り続けている。 「……幸村さん」 「はい」 「この地図、引っくり返してもらっていいですか」 「は、はい」 意図が分からぬまま幸村は言われた通り、評議机の上で地図を引っくり返した。 「………うーーーーーーーん……やっぱ、こうなんだよなー」 けれども今まで使っていた近隣地図と照らし合わせると、違和感が出るのもまた事実だ。 「…すみません、戻して下さい」 「はい」 こんな感じで何度も何度も地図を検分した。 「………どうしよう…? このままで……いいんだろうか??」 「えっ?!」
地図を引っくり返す事を言っていると思ったのか、幸村は再び地図へと手を伸ばした。 「!」 「……何時まで遊んでるんだ」 冷淡な眼差しで射抜かれたは、初めてそこで気がついたとばかりに目を丸くした。 「あれ? 会議、終わりって言いませんでしたっけ?」 「それは聞いた」 「じゃ、なんで?」 暢気な問いかけに、三成が扇を振り上げれば、兼続と左近とが彼を背後から羽交い絞めにした。 「離せ、兼続、左近!! 今日と言う今日は我慢がならん!! 一度シメてやる」 「女性へ手を上げるのは不義だぞ、三成!!」 「殿、落ち着いて!! 姫にも考えがあるんですよ、きっと!」 「うん、あるよ。というか、根底から覆されてるから、マジ、これは悩まないとヤバイと思う」 左近のフォローをは即答で肯定した。 「どうしよう…かな…本当………まさか、こんな落とし穴があったなんて………」 独白して指先で眼下の地図をなぞり続けた。 「……うーーーん……どうしよっかなー」 さっきから同じ言葉の繰り返し。 「あのー、失礼致します〜」 そこへ天の救いか悪魔の悪戯か、一報が舞い込んできた。 「ん? あ、ちゃん? おはよう、どうしたの??」 の友人としてだけでなく、傍仕えとしての位置を確立し、日頃はの私室回りの世話に明け暮れている服部。服部半蔵の愛妻が、漆塗りの箱を手に現れたのだ。 「ええと、あの…お取り込み中申し訳ございません」 彼女は諸将が集まり国の今後を話し合う場に女子が立ち入るなど怖れ多いとばかりに身を縮めながら敷居を跨いだ。 「…様、あの…その……この箱が…」 「あ。それって確か…」 「はい」 以前この箱の中には突如としての私物が現れた事がある。 「…実はこの箱の中から、不思議な音がしますの。まるで様を呼んでいるみたいで」 「……呼ぶ? 私を」
「はい、前回の事もありますから、捨ててしまおうかとも思ったのですけれど…… 事情を知る面々は看過出来るものではないと、皆の周りへと集まってくる。 「開けますね」 「はい、お願いします」 幸村の手によって開かれた漆塗りの箱の中には、戦国時代の猛者から見れば、やはり不可思議な品物が入っていた。 「ああ…今度は携帯端末……でも、なんで今ここに? 電線すらない世界だってのに……」 すっかり慣れてしまったは、薄桃色の小箱を前に目頭を抑えた。 「家康様、頼みます」 机に肘を着いて掌を出せば、家康もまた心得ているとばかりに手を取った。 「触れるのですか?」 「うん、それしかないと思う……それに聞いて来なきゃならない事も出来たから」
箱の中に置いてくれと視線で指示されて、幸村はしぶしぶと箱の中へ小箱を戻した。
『あ……よかった……大地に緑が戻ってる…』
久々に見た未来予想図の結果は、北条領併呑が間違った選択ではなかったことを知らせてくれた。 『ねぇ……どこ? どこですか?? いるんでしょう? どこにいるんですか??』 やがて、の声を聞きつけて、天から光が降りてきた。 『あ、あれ? あの…おじいさんは…』 目前に現れた女は、小さく首を横へと振った。 『…私はその者を知らない……そうか、お前が、鍵を握った者か』 『え…? あ、あの、鍵って…??』 『よく聞きなさい』 『は、はい』 『お前の選択で、世界は変わる』 『は、はい』 『この世界は、既に変わりつつある世界。そこにお前の求める者はいない』 示唆されている事の意味を知り、動揺した。 『……あ、あの…教えて下さい、どうしても知りたいんです。でないと、私は前に進めなくなります』 視線で先を促した女に、は先程知った事実を上げて問い掛けた。
『私、今の今まで、自分の世界だと思っていました。自分の世界の過去へ飛ばされたのだと。
『時空とは常に幾つもあるもの、そこでは全ての命が、別の一生を生きている。 『は、はぁ………私は、そこへ迷い込んだという事ですね?』 女は押し黙り、首を横へと振った。 『それは違う。きっと終末の世界を守護した者がお前を呼び寄せたのだろう』 『呼び寄せる?』 『お前は既に一度死んでいる。死んだ魂は次元を超えて宙を彷徨う事がある。 喜んでいいのか、悲しんでいいのか分からずは押し黙った。 『よく聞いて欲しい、運命を握る者よ。我らに猶予はない』 『は、はい』 『お前は優秀だ、今までに送り込まれたどんな者よりも』 『ちょっと、待って!! 待って下さい、他にもいるんですか?! 私みたいな存在が?!』 仰天して問えば、女は掌をの前へと差し出して、それ以上の問いかけを退けた。 『今お前が身を寄せる時代から見た遠い未来、一人の科学者が時空を飛んだ。 そこまではいいかと視線で問われて、は真剣に頷いた。 『未来を生きる人々はきっかけを探し、科学者が飛んだ時代を探した。 『…どうして…またそんな事に…?』 『日々、世界は形を変えた。記録が消えて、技術も失われた。 息を呑んで押し黙ったの顔には冷や汗が浮かび上がった。
『時空を飛べる未来にいる人々は、この事に気がつくと、残された時間と術を使い、あらゆる時代へと 『どうして…ですか?』 嫌な予感がして、喉を鳴らしながら問い掛けた。 『簡単な事……他の者もまた、この時空の人間だからだ。 『え…じゃぁ…私は…』
『ああ、そうだ。外から来たお前は…この時空への干渉は出来ても、この時空からの干渉を受け付けない。 『そんな……そんな事って…』 課せられた事の大きさに眩暈がした。
『鍵を握る者よ、私も何時かお前の前から姿を消す事になる。だがゆめゆめ忘れることなかれ。 感情に比例して体に現れた拒絶反応は徐々に強さを増した。
『私を導いたおじいさんは、大きなきっかけを変えろと言いました。そのきっかけを私が知っているとも。 『悩む事はない。最初の歴史など、私のいる未来からはとうに消えている』 『それって…一体…どういう…』
『我らは歴史を戻せとは言っていない。ただ世界の終焉という結末を変えて欲しいだけなのだ。 『そんな……そんな責任重大な事…を…』 女は手をゆるりと上げて、眼下に広がる広大な世界を示した。 『ごらん、この世界を…些細な再生を得ても、まだこの有様だ。
助けを求められながら、肝心な部分は丸投げされている気がしてならなかった。
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