遠い世界からの神託 |
『待って下さい!! そんな事言われても、不安です!! はいそうですか、なんて思えません!!
『焦るな、鍵を握る者よ。少なくとも、お前の干渉で大地に緑は戻り、天も太陽を取り戻した。 そう言った女は静かに瞼を閉じた。
『………完全なものなどこの世にありはしない……お前は、ただただ気負わずに自分の信じた通りに進めばよい。 女の言葉が胸に刺さり、はぐっと息を呑む。
『ただ、これだけは忘れないで欲しい。迷ってはならない、止まってはならない。 は諦めたように小さく息を吐くと、もう一つ問い掛けた。 『分かり……ました……考えます、もっともっと色んな事……。 『それは我の知るところではない』 『え?』 『言ったはず……数多の者が過去へ送られた、と』 『は、はい』 『お前の起こした変化で生を繋いだ別の時代の同士が、お前を見つけ出したのだろう。 その言葉で、一瞬の内に胸に安堵が広がった。 『お願いだ、鍵を握る者よ………この世界を、そなたの世界のように平穏に……』 光が薄れて女の声が遠くなる。タイムリミットが来たのだとは悟った。 「なっ!! どうして?! だめっ!! 止めて、よしてッ!!」 叫んで世界を見回せば、あちこちに暗雲が広がり始める。 「あ…ああ……だめ……こんなの……だめ………折角……戻したのに……戻ったはずだったのに…」
失われてゆく穏やかな世界を見続ける事しか出来ない無力感に呑まれて胸が痛んだ。 「止めて……止めて…もう、壊さないでっ!!」
強い力に引かれて体がぐらつくと同時に、腕だけではなく全身に温もりを感じた。 「何があった?」 問われてもすぐに答える事は出来なくて、は家康の腕の中で泣き続けた。 「また……壊れてしまった………どうして? 直したはずなのに……なんで、どうして壊すのッ!!」 溢れ出る感情のまま叫べば、意図を汲めぬ諸将は困惑を示すばかりだった。
「壊さないで………作るのは、大変なのよ!! 維持するのだって、大変なの!! 感情の抑制が効かなくなっている事を悟って、三成は溜息を吐いた。 「…壊さないで…………あんな酷いこと……もう…止めて………もう……こんな事……」 子供のように泣きじゃくるを家康が無言のまま介抱した。
「いや〜、驚いたわ。あんなんが何度も続いてるんか」 を自室へと戻した後の評議室で呟いたのは秀吉だった。 「御労しいの〜、折角の可愛い顔が見る影もなかった…わしらに出来る事があるといいんじゃがの〜」 何度か見舞いに行っては、泣き出しそうなに謝られて、閉められた襖の前で秀吉は肩を落とし続けた。 「…ご心配をお掛けしました。それで早速なんですけれど……今結んでいる同盟を全て見直そうと思います」 「え…?」 「対話は大事です、でもずっとこのままという訳にもゆきません。併合できるところから、併合しようと思います」 評議場に現れたは暗い眼差しで、命を下した。 『まるで人が変わったようだ』 誰もがそう思った瞬間だった。 「その前に、話すべき事があったんじゃないのか」 三成の問いかけに、の反応は鈍い。 「……話すこと? 話して、どうなるの? 話した所で……何も変わらない……」 「何?」 「貴方方じゃ、だめなの……私が、選ばなきゃ……だめなの」 抑揚を失った低い声で話し続けるは、泣いているようにしか見えなかった。 「いう事を聞いて。貴方、私の臣なのでしょう?」
三成を見上げた眼差しには突き放すような物言いとは裏腹に、救いを求める光が色濃く溢れていた。 「サルめがどうにかしましょう、様」 「…秀吉様……いいえ、貴方はだめ…」 「ありゃりゃ、そりゃまたどうして??」
「貴方には、財源の削減をお願いします。今掛かっている経費、全部半額にしてください。期間は一ヶ月です。
一夜城の時と同じだ。この女は自分が成功する事を知っていて、命を出している。 「…併合出来そうな弱小勢力を見積もって……そうですね、左近さんと政宗さんで話を纏めて下さい」 返事は聞かぬとばかりにはつらつらと話し続けた。 「それと…家康様…」 「ハッ」 姿勢を正した家康を見向きもせず、は言った。 「すみません……一度、死んで下さい」 完全に場の空気が凍りついた。 「確か、南に毛利が抑える土地がありますよね? 虚ろな眼差しのまま話し続けるには、感情自体がなくなってしまっている。 「…ごめん」 意を決したような面持ちの幸村は、無言での前へと進み出てくる。 「どうされたのですか、一体……何があったと言うのです、様!!」 幸村の温もりが、の心に切々と訴えかける。 「私の敬愛する貴方は、決してそのような事を言いません。 顔をしゃくりあげて、真っ直ぐにの瞳を幸村は見つめた。 「今の言葉を、もう一度、家康殿の顔を見て、言えますか??」 ぐっと、息を詰まらせて、は大粒の涙を流す。 「貴方を信じ、貴方に下った男です!! 「…だって……だって、そうしないと……そうしないと………壊れたままだから……」 両手で頭を抱えて声を殺して、は泣き続けた。 「何が壊れたというのです、何も、何一つ壊れてなどおりません!!」 「それは、今、この瞬間だから!!」 「様!! 何かを守る為に、何かを犠牲にする事は時として必要です。 幸村の目に熱いものが込み上げて、微かに歪んでいる事を悟って、は息を深く吸い込んだ。 「目をお覚まし下さい、様」 ひゅうひゅうと音を立てて胸で息を吐くを見て、慶次が立ち上がった。 「吐いちまえ、さん。あんたが腹におさめてるもんは、毒だ。あんたを壊しちまう」 体を縮めたの口元から漏れるのは苦しげな呼吸。 「それも出来ないっていうなら……いっそ、逃げちまうかい?」 瞳を大きく見開いて、慶次を見上げれば、彼は全てを許容する笑みで見下ろしていた。 「約束したろ? 耐えられなくなったら、地の果てまで連れて逃げてやるってな」 首を振ってそれは出来ないと辛うじて訴えるの頬を慶次が撫でる。 「いいんだぜ、もう…充分だ。俺からしたら、さんが笑えない天下じゃ、意味はない」 「…やだ……やだぁ……こんなの…やだ…」 「ああ、そうだな。らしくないことしてるよな」 子供のように繰り返すは、まだ一人で何かを背負おうとし続ける。 「いいでしょう、死にましょう」 「!」 脅えたような眼差しで振り返れば、家康が緊張を隠そうとして無理に笑っていた。 「様が必要と言うならば、必要なのでしょうな。うむ、三河武士の」 「だめぇ!! やっぱり、だめ、なしっ!! 今のは、なしっ!!」 両手を伸ばして家康にかじりついては首を大きく横へと振る。 「……助けて……家康公……怖い……苦しいよ…………もう、何が正しくて…必要なのかが…分からない…」 「様?」 膝を折って手を取れば、あの発作に近い症状が出始めていた。 「……救わなくちゃ、いけないの…」 「誰をです?」 秀吉がここぞとばかりに進み出てきて顔を覗き込んだ。 「天? 天下ですか?」 ふるふると首を横に振って口を開こうとするが、声が出なかった。 「様?」 顔色を変えて、秀吉がの手を取った。 「秀吉様?! どうされました?!」 三成が駆け寄れば、秀吉の額にはと同じように汗が噴出してきた。 「おいおいおい、なんじゃこりゃ……一体、どうなっとるんじゃ…?」 秀吉は独白し、すぐに家康を見上げた。 「見えとるか? 家康殿」 「いいえ、儂にはさっぱり…」 「そ、そうか……わしだけか…わしにしか見えとらんのじゃな…。 秀吉はゆっくりとの掌を両手で包み込み、撫でた。 「様、大丈夫じゃ。わしが引き受けた。もう大丈夫じゃ」 視線で問い掛けるに秀吉は笑って頷く。 「きっと大丈夫じゃ。いい方法がある。わしゃ、猿知恵だけじゃ誰にも負けんのさ!! 任せてちょ!!」
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