遠い世界からの神託

 

 

 言葉を失い、感情を失い、弱りきったを私室へと戻した後、改めて秀吉は評議場に皆を集めた。
開発中の攻城兵器の模型を取り出して、皆に見せる。

「いいか? よく見とるんじゃ」

 模型を机の上に置いて、それから慶次を見上げて言った。

「壊してくれ」

「あ?」

「いいから、壊すんじゃ」

「ああ、ほらよ」

 慶次が片腕を振り下ろせば、模型はあっという間に壊れた。

「これが、様が見ているものじゃ」

「壊れた…模型?」

「いや、模型はただの例えでしょう」

 幸村の問いかけを左近が訂正した。

「でな、様がしたい事っちゅーか、しなきゃならん事は…」

 秀吉が話しながら壊れた部品を取り除いて、自分の横に立つ三成を見る。

「直してみ?」

「これを…ですか?」

「ああ」

 言われた三成は知恵を絞って、原型に出来うる限りの近さを持つように模型を元に戻した。

「そう、これくらいは誰にでも出来るんじゃ。知恵があればな」

 直された模型を見ながら、秀吉は頷く。
そして三成が直した模型を持ち上げると、中から幾つかの部位を取り除いて、模型を分解した。

「じゃ、今度は、これを直してみ?」

 模型の土台となる部分を手の中に収めたまま言えば、三成は顔を顰めた。

「出来る訳ないでしょう」

「そうじゃ、出来んのじゃな」

 秀吉は掌の中に収めた部品を遊ばせながら言った。

「これと同じ事が様に起きとる」

「え?!」

 全員が目を見張った。
秀吉は一つづつ部品を机の上へと戻しながら話し続けた。

「深いところまでは見えんかったが、様の思いは充分伝わった。
 様は、こうしてなくなっちまった部品をなんとか自分で作り直して、補おうとしてるんさ」

「補うったって……そんなものそう簡単には…」

「その通りじゃ、模型なら容易い。木を切り出せばそれでいい。
 じゃが、様が向き合っとるのは模型じゃなく天下じゃ」

 全ての部品を机に置き終わった秀吉は溜息を吐いた。

「辛いじゃろうな〜。平和主義の固まりのようなお方じゃ、好き好んでこんな事しとるはずがない」

「それをせねばならぬ理由があると?」

 左近の言葉に秀吉は大きく一度頷いた。

「じゃが、それを"言えない"。きっと"言わない"ことが部品の一つでもあるんじゃろうな」

「そんな…!!」

「なんと酷な!!」

 動揺する幸村の隣に立つ兼続が腸が煮えくりかえるとばかりに眉間に皺を刻む。
二人を目視して秀吉は頷く。

「同感じゃ。きっとわしが一夜城を築いたのも、家康殿を救ったのも、それから財源削除や家康殿にあんな事を
 言ったのも、全てが必要な部品なんじゃ。
 じゃが、あれは急ぎすぎじゃ。時節が見えとらん」

「そこまで急かされる何かがあったって事ですな」

「左近は相変わらず敏いの〜。ま、そういう事になるんじゃろうが……全く持って、様の性格じゃないじゃろ?
 そんなん…溜まらんわな」

「…お辛いと思います、とても…」

 小さな嗚咽に気がついて周囲が視線を流せば、が立って泣いていた。

「ありゃ、どうした? 殿」

「あ、ご、ごめんなさい。お話中……様が」

「どうされたのです」

「まだお言葉は出てきませんけれど、体は持ち直したから何か仕事をしたいと仰って」

 三成の眉が動いた。
彼だけではなく、全ての将がの身を案じて険しい顔をしていた。

「…どのような事でもいいと思うのです。きっと、気を紛らわせたがっているのではないかと…」

 は縮こまりつつ言う。

「お言葉を失って、とてもとても不安になっていらっしゃいます。
 家康様をお呼びしますか? と伺ったのですけれど、とても悲しい顔をされて首を横に振るばかりで…。
 自責ですわ、何かあったのかしら…」

 最後は殆ど独白だ。

「あ、ええと、ごめんなさい。その、それでお仕事を頂きに参りました」

 周囲の視線に気がついて慌てて取り繕えば、家康が動いた。
己の机の上から文化政策に関する書の束。

「これを、後は決済のみでござる」

「はい、有り難うございます」

殿」

「はい」

様に言うて下され、様が宜しければ、本日の茶は家康が共にしたいと言っていたと」

「はい。それでは皆様、失礼致しますわ」

 渡された書類の束を抱えて、は軽い足取りで室から出て行った。

「あの子がいてくれて、良かった。ああいう朗らかさが、今の姫にとってどれ程救いになってることか」

 左近の独白を混ぜっ返す者は誰一人居なかった。

「話を戻すぞ」

 秀吉が宣誓し、周囲の視線も彼の前に置かれた模型へと戻る。

様が向きあっとるもんは…もしかしたら天下じゃないかもしれんなぁ」

「秀吉様?」

「いやな、こりゃただの勘なんじゃがな。天下だけなら、とっくに言うてる気がするんじゃ。
 わしや三成と最初に当たった時といい、一夜城の時といい、あん人は方針は決めるが方法は全部わしら任せじゃ。
 今回のように"自分で"とか"自分が"ちゅーのはよっぽどのことなんじゃないかっちゅー気がするんじゃな」

「…よっぽどの事……」

 三成が反芻すれば、秀吉はうんうんと頷いた。

「…うーん、どうにか出来んもんかのぅ……どうにかせんと、わし的にも普通にまずい気がするんじゃがなぁ…」

 唸る秀吉を見下ろし、家康は眉を八の字に曲げて独白する。

「…やはり、そうなのか」

「ん? 家康殿?」

「秀吉殿も、様に縁を感じるのですな」

 秀吉が目を丸くして家康を見れば、家康もこくりと頷いた。

「不思議なもので、儂はずっとずっと前から、様に縁を感じてござる」

「ありゃ、おみゃーさんもか」

「ええ」

 言おうかどうしようかと家康は言葉を呑み、視線を彷徨わせ、それからふと気がついたように慶次を見上げた。

「ん?」

 意図が汲めぬ慶次が目を丸くすると、彼は慌てて秀吉へと視線を移す。

「"神君家康公"と、時折そう呼ばれます」

「ありゃ、随分と大層な呼び名じゃね」

 家康はこくりと一度頷いて、再び慶次へと視線を向けた。同意を求めていた。

「しかし、様は秀吉殿の事を"太閤様"と呼ばれる」

「何?! わ、わしが太閤ッ?!」

 目を丸くして飛び上がった秀吉に家康はこくこくと頷いた。

「あー、そういや言ってたなぁ…。なんか切羽詰った時に出るんだろうな、アレ」

 慶次が顎を掻いて同意してくれた事に微かに安堵を得て、家康は続けた。

「儂と秀吉殿は、様にとって何か特別な意味があるお人なのではないか」

「ああ……なるほど……」

 と、そこで掌を打って、秀吉は幸村、左近、慶次、三成を見回した。

「色恋じゃないから安心するんさ〜」

「誰もそんな事は聞いていません!!」

 四人を代表した三成の声にニカっと笑い、秀吉は家康へと視線を戻した。

「なぁ、家康殿。わし、思うんじゃがな。様の求める"部品"はわしらだけだと思うか?」

「え?」

 そこまでは考えが及ばなかったと目を丸くした家康に、秀吉はらんらんと目を輝かせて問う。

「わし、家康殿とくりゃー、もう一人おる」

「……!! 吉法師殿か!!」

 家康の声に、秀吉は大きく頷いた。

「そうじゃ。守りはともかく、攻めにむいとらん様が天下を窺い、時節を回すとなりゃ、
 それに適したお人が必要じゃ」

「いえ、待たれよ。必要ではなく……我ら三人、そこから全てが、何かが始まっているのではないのか?」

「ああ、ああ、そうじゃな。それもそうじゃな」

「…ということは…」

「信長様を探すんじゃ。様に今必要なのは、信長様じゃ!!」

 二人が勝手に出した答えに対して、見守る周囲が反意を示す事はなかった。
打つ手なしであれば、取り合えず動けるところへ動いてみるしかないと、そう考えたのだ。
秀吉という第二のキーパーソンを得て、を取り巻く運命の歯車は、速度を増して回り始めたようだ。

 

 

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失うものがあまりにも多すぎる。だからこそ彼らは、これ以上彼女が失わぬように、壊れぬようにと焦り、願うのだ。(08.06.07.up)