傍にいるということ - 三成編 |
誰か忘れられぬ対象がいるのであればまだいい。 『…忘れろ…というのは簡単だ。だがそれをしてどうなる? 頭ではよく分かっていても心がついて行かない現状が悔しい。 「もう…遠いなぁ………戻る事…ないんだな…」 が独白する。
『…諦めている…苦しんでいる…。…ここから…今生から……俺達の世界から…逃れたいと…願っている…。 否定出来ない。
『…叶えてやれるものならば、叶えてやりたい……だが、その望みは叶わない…。 苦しくて、胸に溢れる想いが悲しくて、堪らなくなった。 「…日常……か」 「うん、日常」 気持ち落胆した様子で独白した三成に向かいは自嘲気味に笑って見せた。 「…普段何も考えずに過ごしてるけどさ……失ってみて、初めて分かるね。こういう尊さっていうのはさ」 諦めたとでも言うように、は小さく息を吐いた。 「だからこそ……こっちの世界の人の日常は…護れるなら、ちゃんと護らなきゃ、なんだよね」 『…気丈なことだ…。対して俺はなんと浅ましい想いを抱いているのか……どうしてこんなにも、俺は無力なのか…』 自分の事は諦めた。どうにもならない事だから諦めるしかなかった。
『俺はただ…お前には、微笑んでいてほしいだけなのに……俺の力では、遠く及ばない…。 「ン? 何、どうしたの? 三成」 堪りかねて顔を上げて手を取れば、は当然目を丸くした。 『あああああーーー!! 理想の背中ッ!!』 『いてもたってもいられなくなっちゃったのよ』 『……こっちに来てからというもの、全然してなかったからね、もうね禁断症状でさ…』 『申し遅れました。、現在君主やってますが、本来は鍼灸師です 』 初対面の印象はこれ以上はないくらいに最悪だった。 「何? 本当にどうしたの? 三成」 繋いだ手を離して、突然立ち上がる。 「…ほら」 「え?」 「好きにしていい」 言葉少なく言えば、は目を丸くした。 「え、いいの? 嫌だったんじゃ…」 「日常が恋しいのだろう」 「う、うん」 「俺にはお前を元の世界に帰してやる力はない。だが俺にだって与えてやれるものはあるんだ」
腹立たしいのか、それとも単に照れ隠しなのか、三成はつっけんどんに言い放つ。 「じ、じゃぁ…久々に……揉んじゃおうかな?」 「…針は使うなよ」 「うん、分かってる」 「始めるね」と柔らかい声で言われて、それからすぐに肩に、背に、の指の感触が降ってきた。 「お前も……変わってるな…」 「そう?」
肘を使い肩を解し、背骨に添って親指を走らせて、凝り固まった体を解した。 「普通はするよりされる方が好きだろう」
「あー、そういえばそうかもね……まぁ、でも私はこうして解してく方が楽しくて仕方ないんだけどね。 先程までのくさくさしていた様子が嘘のようだ。 「天職だったわけか」 「んー、どうなんだろね? 下手の横好きかもしれないしね」
とはいえ、笑って受け答えしてはいるがどのような形であれその天職をこの人は手放さざるえなかった。 「ねぇ…三成。考え事もいいけどさ、やってる時はもっとリラックスしてていいのよ?」 「リラ…なんだって?」 「ええとね、もっとこう気を抜いていいって言ってるの」 思考がすぐさま体に現れたとでもいうのだろうか。 「そんなつもりはない」 取り繕えば、の漏らした溜息が三成の髪を擽った。 「全く、しょうがない人ね。自覚がないなんて…だからこんなに凝っちゃうのよ」 「…別に構わん……その時は…またこうしてお前が解せばいいだろう」 声が小さく、そして低くなったのは、彼女に拒絶される事への脅えがあったからだ。 「いっ?!」 急に強く押し込まれて、目尻に涙が浮かんだ。 「今、なんて言った? いいの?! ねぇ、いいの?」 「な、何が…」 視線で力が入り過ぎている事を訴えれば、気がついたらしいは慌てて手を上げた。 「い、いや、ほら。三成って…人に体触られるの嫌がるタイプかな…って思って…」 「あんな公開処刑をされたら、誰だって嫌になると思うがな」 憎まれ口を叩きながら、三成は再び顔を元へと戻した。 「肩」 「あ、う、うん」 少ない言葉で許しを与えれば、はまた白く細い指先を背に、肩にと走らせる。 「……たまになら、治療を受けてやってもいい」 「もー、素直じゃないんだから。体楽になってんでしょ? 「冗談じゃない」 『そんなに触れられていたら、理性がもつか』 胸で吐露した言葉に苦笑した。 「お前だけが…俺に与えられるもの…ということか」 「え? 何が?」 「いや、なんでもない」 目を閉じてが施す甘美な痛みを噛みしめ、三成は小さく微笑む。 「世界を変え、場所を変えても…日常は自分次第で作れるものだ」 「うん、確かに…そうね。そうかもね」 何気ない行動一つの中にある日常。 「でもさ、ここでこれを日常にするなら、三成が協力してくれないとね」 密かに願う三成の耳に、の柔らかい声が届く。 「考えておいてやる」 満足気に微笑んだ三成の表情を、はまだ知らない。 「本ッッッ当、横柄なんだから……少しは感謝してさ、素直に有り難うとか言えないの?」 「お前が好きでやっている事だろう」
「はいはい、そうね、有り難うね。ガリガリのバッキバッキのベコボコの背中貸してくれて。 「止めるか?」 「え゛っ?! う、嘘、嘘です。ごめんなさい。もう少しやらせて下さい」 「よし」 「ったく…」 交わされる言葉は相変わらずの悪態。
|
戻 - 目次 - 進 |
理想の背中を持つ男にだけ許された特権、それがこれ。(08.07.20.up) |