傍にいるということ - 孫市編 |
「で、どうしたんだ?」 「どうもこうもしません。貴方のせいで盛大に悩んでます」 「恋の悩み?」
「ええ、大きく分類するなら、そうなるんだと思いますよ。私は今のままで充分なのに、だめなんて。 「どうかな、傍から見て貴方は随分無理してると思うぜ?
「それは…そうかもしれないけど、でも、どうしょうもならない事を抱え続けていても仕方ないでしょう。
「ご大層な契約だな。で、その契約の規約事項の中には、貴方は骨身を削って、自我を壊す程の無理をしなくちゃ 「ないわよ、そんなの!!」 「でも、そこを選ぶ? 馬鹿気てるな」 「悪かったわね」 「性分なんだろうが、自分に厳しすぎるのは考えもんだぜ」 「だから、無理なんかしてません。皆がいて支えてくれてる、護ってくれてもいる、本当に大丈夫よ!!」 「またそうやって強がる」 「どうしたら信じてくれるのよ?! 本人がそう言ってるのに!」 激しい言葉の応酬が続いて、最後にが「くどい」と吐き捨て顔を強張らせれば、孫市は顔を顰めた。 「頑な過ぎるからさ、逃げて逃げおせているならまだいい。 ぐっと息を呑めば、孫市は薄く笑った。 「っと、今のは少し意地が悪過ぎたか? 悪いな。でも、そういう事だろ?」
鋭く切り込んだかと思えば、今度は愛情をたっぷり含んだ眼差しで愛でられる。 「どーしてそう核心を突いたかと思えば、優しく手を差し伸べて見せて……コロコロコロ変わるの?」 「知りたい?」 「ええ、でないと身が持たない」 「疲れさせたいからさ」 「ハァ?」 怪訝な眼差しを向ければ、孫市は今度は真剣な眼差しだ。 「貴方は疲れなきゃ本心を口にしない。だから俺は貴方を振り回して疲れさせなきゃ、話すら出来ない」 「…孫市さん、大きなお世話って言葉、知ってます?」 「分かってる」と頷いた孫市は、しれとした顔で追随も忘れなかった。 「だがほったらかしで貴方が壊れるよりはいい」 「壊れてなんかいません」 「声を失ってたのはどこの誰だ?」 「…それは…その…」 言葉に詰まるとの距離を詰めて、孫市はの手を取る。
「辛かったんだろう? それに今だって辛いはずだ。何一つ、解決しちゃいないんだからな。 「…人の心臓の上に銃口つきつけてた人間の言葉とは思えないんですけど」 ぺちと掌を叩いて振り払う。
「だが俺の言葉も一理あるだろう? あの時いた連中は、貴方が声を失う程追い詰められているのに、 「皆を悪く言わないで、あれは私が拒絶してただけ」 「そう、拒絶するほど信がない」 「そんなことない!」 「あるさ、家臣として信じていても、男として信じられないから、私的な事は何一つ吐露出来ない」 伸ばした手で抱き寄せて、孫市は耳元で言う。 「誰かと心を重ねていれば貴方はこんなに疲弊していないはずだ」 「孫市さん…お願い、揺さぶらないで。私は、恋愛する為にここにいるわけじゃないし、したいとも思ってない」 「道理だな、恋はしようと思って出来るものじゃない。 分かるか? と視線で問えば、は孫市を振り払おうと、両手で孫市を押しやる。 「それが自分だとでも言うつもりですか」 「まぁね。俺としては、もう一つ言いたくてね」 「何を?」 の力ではびくとも動かない孫市の体が傾いて、の顔に近付いた。 「貴方に次が来ちゃ困る。その為にも頑なな心を開いてほしい」 「次?」 「ああ、また深い苦しみを味わう事になるんだろう? 薄々自分でも感づいているあの衝動の飛来を指摘された事での体が強張った。
「俺の思いも察してくれ。愛する人が、一人で大きな重責を背負わされて苦しんでる。 その言葉を聞いた瞬間、の脳裏に常に忘れたいと願い続けそれでもままならなかった言葉が、現世において来た思い出の数々とともに蘇った。 「嘘つき!!」 言葉と同時に、孫市の頬へと平手打ちを見舞った。 「そんな事言って、肝心な時に、いないじゃない!! 掠れる声で吐き出して、滾る感情を心のままに叩きつける。 「貴方には遊びでも、ちょっと粉かけた程度のつもりでも!! それでも!! 勢い任せに口走って、途中で我に返って息を呑む。 「…ようやく、一つ吐き出したな……」 頬を打った掌から広がった熱が全身を覆う。 「いいんだぜ、全部吐き出して。誰が貴方を裏切った? その時どう思った? "代われるものなら、変わるのに" "君の力になりたいんだ"
同じ言葉を使われただけで、忘れたはず、置いてきたはずだと思っていた衝動に火がついた。 「ご、ごめんなさ……私…私……叩くつもりなんか…本当はなくて…」 「いいんだって、気にするなよ。""に触れられて、俺は嬉しいんだって」 「でも、でも…!! 孫市さん、心配してくれただけなのに……何も悪い事はしてないのに…」 「だから気にするなって。それよりも、聞かせろよ。なんでそこまで怖がる? 嫌がるんだ?」 「それは……」 そこで急に孫市とは引き離された。 「そんな事はどうでもいい」 「孫市殿!!」 「あんた、油断も隙もあったもんじゃないな」 「孫市、白昼堂々やってくれるじゃないか」 「いてててて、お前ら、髪は止せ、髪は!! だからって肩掴むな、三成! 爪食い込んでるって!!」 先程のの悲鳴を聞きつけて飛んできた三成、幸村、左近、慶次の横槍が入った形だった。 「え…あ……あの、別に、孫市さんは…悪いわけじゃ…」 「殿、これも愛だ」 「ハイ?」 「諦めろ」 「…はぁ……」
あの横槍には正直驚いた。 「…まぁ、屁理屈だって言われたらそれまでなんだけどね…」 ぽりぽりと頬を掻きながら呟いた。 「なんですか、その顔は」 「いや、嬉しいことは嬉しいんだがね。華美な女神達が自ら出向くような場所じゃないからな」 「…いちいち、歯の浮く台詞を言わなくていいですから」 「冷たいね」 彼は広げていた図面や帳簿をしまい、工具を手に仕事に打ち込む職人達へと声を掛ける。 「悪いな、今日は先に上がるぜ。何かあったら城に頼む」 返事を待たずにその場を離れた孫市はの肩を抱きながら、外へと促した。 「お送りしましょう、俺の女神」 「だから、気持ち悪いんだって。そういう台詞」 げんなりすると顔全体で訴えるの思惑を余所にが楽しそうに微笑む。 「あれから少し考えました。貴方の言う通り、私は多分恋には臆病です」 「お、素直だね」 「でも分かって欲しい。色んな事を抱えて身動きがとれないのも事実。 「恋は負担か」 「ええ、少なくとも今は」 「分かった、今は待とう」 視線だけで孫市を見上げれば、彼は自分にしか見せないと言った顔をしていた。 「ただ忘れないで欲しいな。俺の思いは、絶対に変わらない。貴方を必ず救う。貴方の受けた傷も癒してみせる」 「頼んでません」 「確かにな、でも俺がしたいんだ。誰かを好きでい続けることは罪じゃないだろ?」 「……時として負担になりますよ、そういうの…」 「安心しなよ、貴方からの見返りは求めてない。俺が欲しいのは、貴方の笑顔だ」 「忘れたのか?」と低い声で問われて、が怪訝な顔をすれば、孫市は寂し気に笑った。 「あの時、言っただろう? "微笑む貴方が見たかった"ってな」 その時の孫市の声と顔色が、いやに胸に響いては視線を伏せた。 「私は、そんなに上手く笑えていませんか」 「今はな。でも安心しな、俺がすぐに解き放ってやるからさ」 ぽんぽんと肩を軽く叩かれて顔を上げた。 「……あの時……貴方が私の恋人だったなら……ちょっとは違ったのかな……」 それは叶えられるはずもない願い。けれども、作り出す事は可能な願い。
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外から来たからこそ、見えるものもある。(08.08.29.) |