傍にいるということ

 

 

「……」

"……信じてみても…いいのだろうか……この世界であれば……もう泣かないで済むだろうか…"

"もう一度だけ……誰かを好きになってしまっても…いいんだろうか?"

「おい、、起きろ」

「……う………うーん…」

「何時まで寝てるんだ!! !!」

「そうどやしつけなさんな。もう少しゆっくりさせてやんなよ」

「そうそう。睡眠不足は美容の大敵だぜ? しかしって緩いよなぁ。こんな風に寝所まで出入り自由かよ?」

「いや、そういう訳じゃないですよ。今日はたまたまです。勘違いしないで下さいよ、孫市さん」

「申し上げておきますが、夜這いなどなさるようであれば、命の保証は致しませんので」

「幸村、目が据わってるぜ」

「慶次殿も、例外ではありませんので」

「すっかり危険人物扱いか。参ったねぇ」

「そんな事はどうでもいいっ!! 、布団にしがみつくなッ!! 起きろッ!!」

 は足と手を絡めて、引き剥がされそうになる布団にしがみつく。
そんなを布団から引き剥がすべく、三成は寝ぼけたままのの額を左手で押さえ、右手で布団を掴んでいる。
着替えとなるなる着物を乗せた漆塗りの盆を手にしたが心配そうに部屋の中を行ったり来たりしている間に、見兼ねた左近が動いた。
 の背に回り羽交い絞めにする要領で引っ張る。
すると布団から引き剥がされたは、温もりを求めるように左近に抱きついた。

「お、こりゃ、役得だね」

 口の端を吊り上げて左近が笑い、三成の背に業火が燃え盛る。
三成の機嫌が底抜けに悪くなって行っている事も知らず、の意識はまだ眠りの中だ。

 

 

『ほー、こりゃまた素晴らしいからくりですな〜。どう使うんですかいの?』

『これ? これはね、携帯端末っていうんですよ。こうやって…』

 興味津々とばかりに横から手元を覗き込む秀吉の前で指先だけで巧みにパネルを弄り回す。
受け手の宛てがないから大したことは出来ないだろうと高を括っていたが、それは思い違いだったようだ。
現代と思しきネットに接続することが可能で、送信機能は機能していなかったが、受信機能は生きていた。
 ならば何か目新しい物でも見せようかと大手検索窓口を操作している内に、地方記事の見出しを目にした。

 

"とばっちり女性、今度は水難事故で行方不明"

 

様?』

 見出しの下には六年前の事件のあらましが簡潔に五行で纏められていた。
その後に数行で今回の失踪事件に関する推測が纏められ、失踪から十日を経て捜索は打ち切られたと書かれていた。
それは明確な言葉では紡がれていなくても、死亡したという認識が世には定着したという暗黙の了承だ。

『そうか……私は、あの世界では…もう……』

『どうかされましたかの?』

『ううん、なんでもない……うん、平気だよ。なんでもない…よ…』

『しかし、お辛そうじゃ。無理したらいかんよ』

『…太閤様…』

 泣きそうになるのを堪えれば、秀吉は優しく頭を撫でてくれた。

『落ち込んだ時はぱーっとした方がええ』

『ぱーっと?』

『そんな気になれんでも、意外とやってみると気は晴れるもんじゃよ』

『そっか…そうだね。そうかも…しれないね…』

様はちぃとばかし頑張り過ぎじゃ。もっともっと気楽に行くんさ!! 何、わしから皆に言うてやるんさ』

『…有り難う…太閤様…』

 思い浮かぶのは、思いやりに満ちた頼もしき英傑達の顔。

『おい、。お前は茶にしておけ』

『姫、返杯は左近が受けときますよ』

 目が覚めた時には、もう少しは素直になれるだろうか。

様、何かしてみたい事はありませんか?』

『お。見てみなよ月が出てる。まぁ、普通に貴方の方が美しい人けどな?』

 もう少し皆との距離を縮める事が出来るだろうか。

『お、やってるね? さん、後で松風で一っ走りしないか?』

『…三度、夜を越える…』

 縮められたらいいな。
諦めていたものをまた探して、手に出来たらいい。

"…有り難う、皆…本当に…有り難う…"

 その時、自分の傍にいてくれるのがどんな人なのか想像は出来ないけれど、これだけは分かる。
あの時よりきっともっといい相手で、例え別れるとしてもあの時のように辛くて惨めな結末には、ならないのではないかと。

"目が覚めた時、ちゃんと言わなくちゃ…有り難うって、ちゃんと…言わな…"

ッ!! いい加減起きろッ!!!」

 ビシィ!! と強い音がした。
額を何かで打ちつけられた痛みで、温かな夢の世界から強制的に引き戻される。

「きゃぁッ!!」

「…ようやく起きたか、今何時だと思ってるんだ!! さっさと支度をして、朝餉を終えて降りて来い!!」

「なっ?! なっ…ッ?! 何、何いきなり朝から怒ってんのッ?!」

 真っ赤に腫れている額をよしよしと大きな掌が撫でる。
その手のサイズから撫でているのは慶次だと知り、妙に触れ心地のいい体だな、そしていい匂いがするな…と感じて視線を巡らせれば、布団代わりにしがみついていた相手が左近である事を知る。

「えっ…ちょ、ちょっと…なんで皆してこの部屋にいるのッ!?」

 赤面して左近の腕から飛びのけば、それだけで少し機嫌が直ったのか、しかめっ面をしていた三成が言った。

「引っ越しをする事になるのだろう。ならば相応の支度が必要になるのは当然だ」

「…えぇ…それで、だから…何?」

 寝起きのむくんだ顔を見られる事に気恥かしさがあるのか、は己の頬を両手で覆い隠しつつ問いかける。

「その…様の決済が必要な事も自然と増えるのです…」

 幸村が申し訳なさそうに言えば、はようやく合点が行ったと頭を縦に振った。

「卵掛けご飯でも何でもいいからさっさと食って決裁印を持て。
 でなければ増え続ける仕事で今日は寝られなくなるぞ」

 ドスドスと足音を立てながら室から出て行くのは三成だ。

「そっか…ありがと…って…ン? それと今の一撃と、どういう関係があるのよっ?!
 もっと優しく起こしてくれたっていいじゃないよっ!!」

 叫んでも室を出て行ってしまった三成にの声が届くはずもない。
は悔しそうに顔を歪めると、キッ! と視線に力を込めて、横に座る慶次を見やった。

「慶次さん」

「ん? なんだい?」

「…今日仕事終えたら、三成の背中バッキボキに解すから」

「おう、分かった。って事は、それまでに縛り上げときゃそれでいいかい?」

「うん、お願い。…見てろよ、ドS…今日はお灸も据えてやる…」

 妙な闘志に包まれるを見て、左近は「やれやれ…」と苦笑する。

「さて、それじゃ、そろそろ俺らはお暇しましょうか。姫にも支度があるでしょうし?」

 左近に促されて幸村、慶次、孫市と続いて室から出て行く。
一つ、また一つと遠のいて行く大きな背中を眺め、はふと何かを思い出したように瞬きをした。

"……あれ? なんだっけ? …なんか、言わなくちゃならなかったような…?"

様、どうかないさいました??」

「え、あ…うんん、なんでもない。おはよう、ちゃん」

「おはようございます、様。お手伝い致しますね」

「うん、ありがとう」

 盆を降ろして着物の支度を始めるを余所に、鏡台の前へと腰を降ろして、櫛を取る。
寝癖で絡んだ髪を梳かしながら、はふと手を止めた。
ほんの少し後ろ髪引かれるように、肩越しに皆が出て行った方向を見やる。

様、御髪を失礼致しますわ」

「あ、うん…助かるよ。ありがとう」

"…思い出せないけど…なんていうか、こういうの悪くないかも…"

 着物の支度を整えたが、穏やかな笑顔で櫛を取りの髪へと手を伸ばす。

"…信頼に応えてくれる友達がいて…何時も気にかけてくれる男性がいる……"

「…不思議……」

「どうされましたの?」

「ううん、なんでもないの。ただ、ね」

「はい」

「気がついたら、無くしたと思ってたものばかり、こっちに来て全部、見つけられてたんだな…って、そう思って…」

「まぁ。そうでしたの。良かったですわ」

「そう思う?」

「ええ。だって探し物が見つからない時って、とても不安ですものね」

 の柔らかい笑顔を鏡越しに見たは、思わず大きく頷いた。

「うん、そうだね。だから今は、とっても安心かな?」

 無くしていたと思っていたもの全てを時空を超える事で取り戻せた。
そう思えたのは、一重に彼女を思う英傑が、友が、主従の括りを越えて彼女の傍に常にいてくれたからこその事。
苦難は多くても、得られるものは必ずあると言う事か。

"それに…何時もはもっともっと寝覚めが悪かった気がする…。
 ……でも…今日は……あの悪夢を見たはずなのに、妙に満ち足りた気持ちになった…"

 これはにとってはとてつもなく大きな変化だ。
この変化が、なんらかの吉兆になればいい。
否、漠然とした手応えではあるが、きっとなるに違いない。
そう感じたは、晴れ晴れとした表情で柔らかく微笑んだ。

 

"遠い未来との約束---第二部"

 

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前回が彼らの意識変化であるとするならば、今回は彼女の意識の変化だったり。(08.09.27.up)