激闘!! 新居獲得大作戦!!

 

 

 先程の心霊現象に襲われる前に逃げようと、全員で灯りがある方を目指した。
心霊現象で締め切られた雨戸はぴったりと閉じていて、慶次の力を持ってしても、開ける事も壊す事も出来なかった。

「これってやっぱり兼続さんだけが頼り?!」

 冷や汗を流しながら一向に縮まらない距離を走った。
派手な心霊現象こそ起きていないだけで、気を抜けばすぐにでも、背後まで迫ってきている生暖かい霊気に囚われそうで居心地が悪い。

「はぅ!!」

 当然こうした逃げの一手に不向きなが一番に音を上げた。
彼女はに手を引かれて逃げていたが、を巻き込んで転んだのだ。
起き上がった所で不安と恐怖が限界を振り切ったようで、は恒例の文句を絶叫した。

「旦那様ーーーーーー!!!!!」

 瞬間、ごぅ!! と音が鳴り、灼熱の炎が雨戸の一角を焼いた。
続いて放たれた忍術が火を纏う雨戸の残骸を吹き飛ばす。
すかさずそこから外へと逃げ出して、全員で大地に腰を降ろして肩で息を吐いた。
 外にいた先発隊の役人が目を丸くしていたが、それに気を回している余裕はなかった。
腕に覚えがありそうな武人を含めた団体様が、顔面に悲壮感を貼り付けて腰を降ろし、肩で息を吐く姿を見れば、誰だって驚くし不審がるだろう。
役人は何があったのかと顔を強張らせているし、案内役をしている近隣の村人は「言わんこっちゃない」という顔だ。

「はぁ、はぁ、はぁ…こ、こんな事なら……最初から……半蔵さんにお願いすればよかったね…
 …あ、有り難う半蔵さん」

「謝辞無用」

 そう答えた半蔵の腕の中には、が貼りついて、ぴーぴーと泣いている。
そんなの着物の帯に、見慣れぬ櫛が引っかかっているのに気がついたが手を伸ばそうとする。
それと同時に、行方不明になっていたはずの兼続が、朽ちかけた古城の土壁を突き破って現れた。

「あ、兼続さん!!」

 良かったと安堵したのは束の間だった。
顔を上げた兼続は白目をむいていて、口からは白い湯気のようなものがゆらゆらと立ち昇っている。
しかも動きが妙だ。カクカクと震えたかと思えば、右手と右足を同時に動かしながら進んでくる。
本来なら大受けしてしまいそうな姿だが、先程経験した現象が現象だ。到底笑う気にはなれない。

「…こ、これって…もしかして、もしかする??」

 ずさっと後退してが問えば、ここぞとばかりに政宗が剣を引き抜いた。

「とり憑つかれたか、兼続!! 安心せい、すぐにわしが正気に戻してやるぞ!!」

 らんらんと輝く眼差しと満面の笑みから、彼は本気で殺る気だと、一同は思った。
けれども誰一人として止めようとは思わなかった。
 兼続への思い入れが少ないのではない。
単にとり憑かれている者を見るのが初めてで、珍しくもあり、恐ろしくもあった。

つまり、咄嗟には動けなかったのだ。

「返せ……儂のものじゃ…返せ…」

 異様な歩き方をする兼続はゆらゆらと揺れるように歩き、へと迫って行く。
半蔵がを後方に庇い、鎌を構えた。
兼続の中の霊が、一瞬半蔵の鬼のような眼差しに恐れ慄いた。
だがすぐに気持ちを切り替えたようで、大きく手を振って印を切った。
ズゴゴゴゴ!!! と音を立てて大地が揺れて、庭のあちこちから、骸骨で出来た兵が現れる。

「ぎゃーーーーーーーーー!!!!!!!!!」

 当然の事ながらは絶叫、と市は早々に意識を手放した。
使い物にならないどころか、荷物にしかなっていない二人を、それぞれの伴侶が抱え込んで骸骨兵と向かい合う。
一方で脇腹にかじりついてきたを抱え上げなくてはならない慶次も、がくっついている為に動きが制約されて困り顔ではある。だとしても、この面子で他所の男に抱きつかれるよりはマシだ。
 慶次はを庇いながら鉾を奮い続けた。

「返せ…儂の………返せ…」

 じりじりとにじり寄って来る妙な動きの兼続。
彼の焦点を得ていない視線が、ひたすらに向くのを見ていたは、自分の身の安全が慶次のお陰で確保された事を悟ると、冷静になった。

『あれ? こいつ、もしかして……何かを取り戻したいだけ?』

 じーっと見て観察して、そしての帯に引っかかっている櫛に気が付いた。
は突然慶次の腕の中から飛び出すと、半蔵の元へと走った。

「っ?! さん?!」

 慌てた慶次が追い縋る前に、気が付いた半蔵が後退する。鎖鎌の射程に入り、腰を落とす事で半蔵の邪魔をしないように気をつけつつ手を伸ばしての帯から櫛を取り上げた。
途端、を見ていた兼続の視線が、へと移り変わった。

 はその櫛を左右へと振った。
その動きに合わせて、とり憑かれている兼続の顔が動く。
彼の興味が櫛へと向いている事を悟ると、は口を開いた。

「ちょーっと、待った!! ねぇ、貴方、これが欲しいの??」

 見易いように天に掲げれば、兼続の声と、案内役の村人の声が重なる。

「嗚呼!! ばーさんの形見じゃ!!」

「わしのだ」

「ん?」

 おかしな事になってきたと、は眉間に皺を寄せる。
交互に事情聴取するとばかりに視線を流せば、村人は懐かしそうな、悔しそうな、悲しそうな顔をして訴えた。

「急に高くなった年貢を払えなくてとられただ」

 真意を問うように兼続を見れば、兼続にとり憑いている霊は、あっさりとその事実を認めた。
ぴくりと、の眉間が動いた。
それと同時に、政宗と慶次が、一瞬身を硬くする。
彼ら二人が感じ取った予感を、この場にいて誰よりも強く感じたのはとり憑かれている兼続だったようで、兼続の顔からはだらだらと大粒の汗が流れ始めた。
 だがその予感に気が付いていないらしい兼続の中にいる霊は、豪語する。

「わしはこの城の主じゃ、わしの政が全てじゃ」

「……ほほう」

 ぴくぴくぴくり、の額に血管がはっきりと浮かび上がった。
来るぞ、来るぞと政宗が生唾を飲み込んだ。
慶次もまた鉾を降ろして動向を見守っている。

「返してあげようとか全く思わないの? あなた、もう死んでいるようだけど?」

 最後通告とばかりに問えば、霊は答えた。

「わしの物だ、この城もその櫛も……今もこれからも…手放しはしない。
 娘、よこせ。よこさねば、ただでは済まさぬぞ」

「折ったろか」

 、即答。
思った通りの展開になり始めたと慶次は顎を擦り、政宗は何時の間にかから一番遠くにいるはずの
長政の隣に立つ。

 予想外の回答を向けられて、兼続の中の悪霊はほんの一瞬怯んだ。

「?!」

「やっぱり、嫌なんだ? こんな小さな櫛一つでも、拘っちゃったりしてるんだ??」

 ジト目で問えば、葛藤し始めたのか、兼続はうろうろと辺りを歩き回った。
意識が散漫になったせいか、骸骨兵が一体、また一体と土へと還って行く。
そこを見逃さず、は手に握り締めていた携帯端末を操作した。
ネットに繋いで念願のものを見つけてダウンロードしてきたのか、音量を調節した後、兼続へと向い突き出す。
 再生ボタンが押された携帯端末から流れ出したのは、音声ファイル化されたお経だった。

「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

 往生際が悪いのか、のた打ち回っても決して兼続の中から出ようとしない悪霊。
彼を相手に、の攻めの手は容赦がなかった。
手にしていた櫛を村人に返して、それから言いつける。

「とりあえず、人手を出して下さい。それから、商人さんを連れてきてくれますか」

 有無を言わせぬの迫力に村人は負けた。
彼は一旦村へと戻って言われた通り人手と、商人や行商人で構成された団体を連れて戻って来た。
その時には悪霊は、慶次と長政の手によって兼続ごと灯篭に括りつけられていた。

 

 

「政宗さん、城の奥に食糧庫みたいな蔵があるんですが、そこをこの人達と一緒に確認してきてくれます?」

 お経の流れる携帯端末を兼続に押し付けて、これがある限り、こいつにこれ以上の悪さは出来ないと示した。
の言葉通りお経に苦しむ兼続の中の悪霊は他の者に構う余裕はないようで、心霊現象一つ起こす事はなかった。
政宗と村人はようやく安心したような面持ちで朽ちた城へと入って行った。
それから一刻とせずに、城の中から政宗の声と、村人の声とが上がった。

「すごいぞ、殿!! 例の蔵も、その床下も隠し財産の宝庫だった!!」

「やっぱり…こんなこったろーと思ったのよね…」

 全て運び出すように言えば、出るわ出るわ、古美術品の山と千両箱の山。
それを前に慶次や長政は目を丸くし、はうんうんと頷いている。
金子以外で運び出された隠し財産の総数、約四百。よくぞここまで貯め込んで隠したものだと、皆言葉を失う。

「わしのじゃー!! 触るなーッ!!」

 兼続の中で喚きたてる悪霊封じの為とばかりに、は携帯端末を慶次へと預けた。
それを兼続の横に置く事で、延々と流れ続けるお経を聞かせるつもりだ。

「壕憑さんだったっけ? 貴方の評判の悪さの確認は、あの村人さんの反応とやってる事でよーく分かりました。
 兼続さんの中が居心地がよくて強気になっちゃってんでしょうけど、兼続さんは私の大事な部下なので、
 返して頂きます。そして貴方にもしっかりと成仏してもらうつもりなので、覚悟するように」

 ビシィッ!! と指を突きつけて宣誓した後、は身を翻した。
 運び出された精巧な掘り物の入った机を引っ張り出してきて、その前に立つ。
それから何の為に呼ばれたのかが全く分からないという顔をしていた商人達を見た。

「皆さん、お待たせしました」

 ようやく矛先が向いたと安堵の色を顔に浮かべた商人達を手招きで呼び寄せた。
彼らはおずおずと前へ進み出て来る。
こほんと一度咳払いをしたは、机の向こう側に仁王立ちになると口を開いた。

「えー、それではこれより……古城埋蔵財産総取りオークションを開催したいと思いま〜す!!」

 何が何やら分からず、商人達は鳩が豆鉄砲でもくらったような顔をする。
見守る全ての人々を置いてけぼりにして、悪霊に向けたの制裁は静々と幕を切って落としたようだ。

「えー、オークションというのはですね、一事で言うと競売です。
 ここにあるものを、皆さんの好きな値段で、一つの残らずお売りしようと思います」

 淡々と続く説明を受けていた商人達の目に、闘志が湧き上がって来た。
彼らは天性の勘で、商売の匂い嗅ぎ付けたようだ。
早くも後方に積み上げられた宝物の資産価値を目算する者が現れている。

「但しこれは早い者勝ちではありません。
 例えば、藤色の着物の旦那さんが、この壷に五十両という値段を付けたとします。

 その直後に、小豆色の着物の若旦那が六十五両と言った場合、権利は小豆色の着物の若旦那に移ると言う方法です。
 宜しいですね?」

 ルールは分かったかと、商人団を見回せば、鼻息の荒くなった商人達は身を乗り出してこくこくと頷いた。
それを確認したは、大きく息を吸うと、次の瞬間には叫んだ。

「さー、古美術が欲しいかー!!」

「おおーっ!!」

「止めろーっ!! わしのじゃーッ!!」

「さー、いいもの買い取ってくぞーっ!!」

「おおおーっ!!!」

「触るな、触るな、触るなぁーー!!」

「外野なんか気にしないぞー!! 商売繁盛、笹持ってこーい!!」

「うぉぉぉぉぉぉぉーーーーーー!!!」

「うわぁぁぁぁぁぁ!!」

「じゃー、早速始めましょう〜!! まず第一のお品は…この掛け軸ですッ!!」

 野太い声が幾重にも重なり、ものすごいボルテージで始まった競売。
そこに何時の間にか混じって、ノリノリで手伝いをしているのは政宗だ。
きっと彼は物が飛ぶように売れて行く様を見て悲鳴を上げている兼続の姿を見るのが楽しいのだろう。
苦しんでいるのは本人ではなく悪霊の方なのだが、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いを地でいっている。

「はい、続いて唐の壷落札!! さぁさぁ、どんどん行きますよー!」

 五分の一が掃けた頃、売りに出されている古美術が価値のあるものばかりだと踏んだ商人達は勝負に出た。
自分達を呼んできた村人に小銭を掴ませてそれぞれが自分の店や実家に人をやり、資金調達に動き始めたのだ。
 そうこうする内にこの競売は人伝てに広がり始めたようだ。
早馬を飛ばしてまで参加しようと駆けつけた商人達が我も我もと参入して来た。
お陰で一つ一つの品物に付く値段が、やたらと吊り上がって行く。

「では続いて〜、この筆と硯セットだー!! まずは三十両から行きましょうー!」

「ああああああ、触るな、止めろ、止めろーっ!!」

「五十両!!」

「六十五!!」

「触るな、止めろ!! 下衆どもが!! それは貴様らのような者には…!!」

「七十!!」

「おおっと、七十、七十出ました!! 他にはいらっしゃいませんか!?」

「どうした、価値のある品ものぞ!! 迷うな、馬鹿め!!」

「他にいらっしゃらないのであれば…この品物は…」

「百二十!!」

「止めろ、止めてくれ!! 売らないでくれっ!!」

「百二十!! 他にはいらっしゃいませんか!?」

「百三十五!!」

「百五十!!」

「えー、お茶は如何ですかー。一服したい時、ちょっと冷静になりたい時に、お茶と団子は如何ですかー?」

 湧き上がる喧騒の中に、何時の間にか、この村へ来る途中に立ち寄った茶店の主人の姿が見える。
彼は弁当売りのように団子や饅頭、それからお茶を売りに来ているようだ。
この様子を見ても、その盛り上がりの大きさと異様さが伺えるというものだ。

「さー、次の品物は結構大きいですよー!!
 ちょっと煌びやかな邸宅に、一つは置いておきたい、屏風ですッ!!

 懇意にして欲しいあの方への贈り物に、はたまた店の目玉商品に、もしくは自分の寝室に置いて豪華な一時を
 満喫してみませんかッ!! まずは百五十両から行ってみましょうー!!」

「ああああああああ!! よ、よせーッ!! 止めろー!!」

「三百ッ!!」

「おおっと、オジ様男前ッ!! いきなり三百、三百が出ました!! 他に男を見せる方はいないのかー?!」

「五百ーッ!!」

「ついに出ました、五百両〜!!」

「や、止めろ!! 止めてくれ!! それは十五年もかけて探し出した一品で…」

「よしっ!! わしは七百出すぞ!!」

「はい、七百両、他には?! 他にはいらっしゃいませんか?!
 これだけの品です、なかなかこのお値段ではありませんよ?! さぁ、さぁ、さぁ!!」

「千両だ!!」

 煽るのがよっぽど上手いのだろうか、の口上につられて、ガンガン値が吊り上がる。
それに合わせて、飛び交う現金。
そして持ち合わせがなくなったからと、慌てて作り出された拇印入りの借用書。
異様な光景もここまで来ると、いっそ清々しい。

 

 

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