激闘!! 新居獲得大作戦!!

 

 

「……慶次殿」

「なんだい?」

「聞いてはならないとは思うのですが」

「ん?」

 茶店の親父から買った団子をもりもり食べだした慶次の隣に立ったのは長政。
彼は気絶したままの嫁を背負ったままで遠い目だ。

「我が君の、どこがお好きなのですか」

 自分を見る長政と合わせた視線を、そのままへと移して、慶次は己の顎を擦った。

「…まぁ、可愛いと思うけどねぇ。ただ、今日はちょっとカンに触ったんだろうねぇ…。
 市さんやさんも怖がって気絶したことだしねぇ…」

「そうですか、某……………たまに……たまになのですが……我が君を遠く感じます」

「奇遇だねぇ、俺もたまにおいてけぼりにされてる気がするよ」

 慶次と長政の声は、じゃりじゃりと飛び交う金子と、入札価格の声に掻き消された。
もうここまで来ると必要ないなと、慶次が携帯端末を閉じれば、流れていた経が止んだ。
精神的にかなりきついのか、その事にすら兼続にとり憑いた悪霊は気が付かずに、悲鳴を上げ続けていた。

「わしの物に触るなーッ!! うわぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 全ての品物を売り終えた時、日は傾き、空は朱色に染まりつつあった。
いい品物が買えたとほくほく顔で帰って行く商人達に対して、は「また宜しくね〜」と愛想を振り撒き見送る。

「さて、残るはあんたね」

 途端、愛想笑いから冷徹な微笑を口元にたたえて、は灯篭に縛り付けられたままの兼続を見下ろした。

「ふふふふふ、どう? 自分が丹精込めて集めた品を、なす術もなく売り捌かれた感想は」

「き、貴様……貴様ぁ…」

 怒りのあまり顔を真っ赤にして、肩で息を吐く悪霊の前では高笑いだ。

「どーせ、あんたは安値で買い叩いたり、悪質な方法でせしめていたんでしょう? でも残念ね。
 私は元手ナシで、何の労力も使わずにこれだけの金額を手にしたわ」

「貴様、一体何なんだ、誰なんだッ!! わしを壕憑と知っての狼藉かッ!!」

 歯軋りをする悪霊の問いかけに、はさらりと答えた。

「決まってんでしょ、私は今現在、この地を治める君主様よ!! 
 貴方には悪いけど、今はもう貴方の生きていた時代じゃないのよ!!
 皆に迷惑かけていないで、早く成仏しなさい!!」

「いやだ!! この城も、土地もわしの物だ!! 誰にも渡さぬ!!」

「ああ、その事だけど。悪いけどこの城、近々ぶっ潰して新しい城を建てるから」

 隠してきた財産を奪って勝手に売り払っただけでも憎々しいのに、目の前に立つ女はギラギラした眼差しで今何といった?! 自分が作り上げた城を潰して新しい城を作ると、そう言わなかったか。
ぶるぶると震える悪霊に、はガンガン追い討ちをかけて行く。

「あんたの苦労とか、愛着とか、事情なんて知らないわ。時代は変わったのよ、あんたの搾取はもうおしまい。
 これから私は、貴方の隠し財産を売り飛ばして作ったお金を使って城を再建して、民の為になる政をするのよ」

 自分とは間逆の価値観を突き付けられて、悪霊は顔面蒼白になった。

「ば、ばかな……そ、そんなくだらない事のために? あんな、下等な者達の為に……?
 わ、わしが、わしが生涯をかけて築いた城を…崩す? …宝を売ったと…お前はそういうのか…?」

 凄みを利かせて睨めば、ショックで眩暈がして来ているのか、兼続を取り巻く悪霊の気配が薄れて行く。

「だったら何だってのよ?! いいこと?! ここはもう貴方の土地じゃない。私の土地なのよ。
 という事は、どういう事なのか、分かる?」

 聞きたいかと視線で問えば、悪霊は射抜くような視線を向けてきた。
それを真っ向から睨み返して、は高笑いしながらはっきりと言い放った。

「お前の物は私の物、私の物は私の物、お前に選択権など与えない!!」

 ついにパンクでもしたのか、声にならない絶叫をして最後の一暴れとばかりに身を捩り、足をばたつかせる悪霊。
そんな悪霊に、は容赦なく止めを刺した。

「肉体なきせせこましい亡者よ、消えるがいい。お前が敷いた悪政は私が善政で正し、お前の功績の証は私が壊す。
 お前の生きてきた軌跡など、跡形もなく叩き壊してやるから、覚悟しなさい!!
 土台この土地にはお前を恨む者はいても、お前を慕い悼む者はいない!!
 そういうのをね、因果応報と言うのよっ!! 分かったか!!」

 凄まじい追撃に、悪霊だけではない。その場に居合わせた者全てが息を呑んでいた。

「ヒギッ…ウゥゥゥゥゥ……グァァァァァァァァァァァ!!!!」

 正に断末魔。悪霊は絶叫と共にこの土地から去った。
特別神仏の加護もなさそうな女に悉く精神をぼてくりこかされて消えた悪霊に、この場に残った一同がほんの少し同情した瞬間だった。

 

 

 何もかもを変えられるだけの金子に変えて、財源が潤ったと満面の笑みでが城へと戻った時。
門扉の前には完全武装の三成が仁王立ちしていた。
そんな三成を止めようと、家康、秀吉、左近がかじりついている。
 何があってそんな事になったのかと、は目を丸くした。
が問うよりも早く、三成は松風に乗ったまま戻ってきたを一目見ると、事前に埋めていたらしい
地雷を爆発させた。

爆風に驚いた松風が嘶き、反動でと慶次が大地へと落ちる。
三成は慶次に庇われて体勢を立て直そうとしているを見逃さなかった。
彼はこれ以上鍛えようがない修羅属性の扇を振り回して迫って来る。

「目障りなのだよ!!」

 虎乱・三の効果が効いた無双秘奥義がを庇う慶次を襲った。
受けたのが慶次であり、護りに徹したからこそ凌ぎ切れたようなものの、これが別人であったら大惨事だ。
その証拠に三成が手を休めた時には、直したばかりの門扉が木っ端微塵に吹き飛んだ。

「な、何?! 何、どうしてそんなに怒ってんのッ?!」

 あまりの気迫に脅えたは慶次の腕に縋り付いて縮こまる。

「貴様、白を切るつもりか」

 据わった眼差しで促されて、城の一階を見れば、所狭しとばかりに献上品が積み上げられていた。
それらは全て今日届いたものだそうで、あの競売に参加した商人達からの謝礼だそうだ。

「この俺に無断で見つけた美術品を全て売り捌いたそうだなっ!!!」

 彼の怒りの元はどうやら全てそこにあるらしい。

「え、別にいいじゃん……そんなもんなくても生活できるし」

 襖の時同様の反応をすれば、本日二発目の無双秘奥義がを襲った。勿論庇ったのは慶次だ。

「四百点だぞ?! 四百点!!
 売ってもいい物、残した方が箔が付く物、ないよりはあった方がいい物があるはずだろう。

 どうして検分しないんだッ!! お前は俺達に一体何時までこんな貧乏暮らしをさせるつもりだっ!!
 元手がかかっていないなら売り捌くよりも自分で使う事を考えろっ!!」

「三成、セコイよ。別にいいじゃん、お金に変えて、お城を建てて、皆が喜ぶ政をすれば…」

 尤もな発言ではあるのだが、今日の三成はそれでは納得しなかった。

「言いたい事はそれだけか? 俺は聞いたんだぞ」

「な、何を?」

"お前の物は私の物、私の物は私の物、お前に選択権など与えない!!"だそうだな!!
 お前の価値観の根底にあるものは、それなのかっ!! だから何の相談もせず、襖も入れず、
 見つけた財産も売り捌いた……そうなのだろうっ!!」

 美しい顔に合わぬキレっぷりだ。しかも理由が随分と低レベルだ。

『うわぁ……こりゃ相当溜まってんな…』

 だけではなく、居合わせている面々全員が引き攣る。

「そ、それは…あいつをやっつける為の口実で…」

「そもそも兼続、貴様がいながらにして何故こんな事になった!!」

 肉体を乗っ取られていた手前、口を挟めない兼続に矛先が向けば、空気を読む能力皆無のが口を開いた。

「兼続様は、私達を庇ってくださり、敵の虜となったのですわ!!」

 いい事を言った、と本人は思っているようだが、正直この緊迫した空気の中では微妙だ。

「…兼続…」

「す、すまん…三成……友よ…」

 馬の上で視線を逸らし、項垂れる兼続から視線を戻せば、はまだ慶次の腕の中にいた。

「……何時までそうしてるつもりだ」

 『今度はそこなのかよ』と、慶次は顔を顰める。

「だ、だって、三成怖いんだもん!!」

「よーし、よく分かった。こっちへ来い、大人しくくれば、優しくお説教してやる」

 指の骨をバキボキ鳴らしながら、据わった目で言われても信憑性に欠けるのは当然の事。
はぶんぶんと首を横に振ると、更に慶次に縋り付いた。

「い、いやだ。絶対嘘だ、今行くと半殺しにされる」

「安心しろ、俺は女は殴らない」

「嘘吐き!! 今思いっきり、秘奥義出したじゃんッ!!」

「気のせいだ。いいからこっちへ来い」

 崩壊した門扉の前でジリジリと睨み合う二人の横を縫うように、大きな包みを抱えた人々がやってくる。
彼らは何事かと目を瞬かせていたが、一番離れた場所で動向を伺っている若武者へと声を掛けた。

「あ、あの…お取り込み中申し訳ありません」

 前後関係が分からないまま割って入って来た若武者は、幸村だった。

「商人が、先程作った手形を引き変えて欲しいと、金子を持って訪ねて来ているようですが…?」

「政宗さん、お願い!!」

「おう!!」

 下馬して馬の世話を兵に任せて政宗は幸村と共に一足早く城へと入って行った。

「…ね、ねぇ…三成……もう許してよ。日も暮れてるしさ…ご近所迷惑だよ」

「黙れ、今日という今日は我慢ならぬ。この俺を外回りに出して、何をしてきたと?!」

 それも怒りの原因の一つなのかとが冷や汗を流せば、拮抗する現状を見飽きたらしい左近が動いた。
彼は慶次にくっつくの元へと歩いてくると、何やら耳打ちした。

「本当? それで、収まる?」

「ええ、左近の軍略に間違いはありませんよ」

「分かった、やってみる」

 目と目で会話して、それからは慶次の腕から離れた。
相手の動きを伺うように及び腰で三成の前へと進んで行く。
彼がの細腕を掴む前に、は三成の懐へと飛び込んで抱きつくと、三成を見上げた。

「…ごめんね、三成……でも三成なら信じて……分かってくれると思ったの…」

 無表情なままで、三成は固まる。
視線と視線を絡めた直後に、恥らうようには視線を逸らした。
代わりに彼の胸板へと額を押し付けて囁くように言う。

「…ごめんね…三成……私、そんなに三成に怒られると……どうしていいか…分からない……」

 の知らないところで上がった三成の両腕がプルプルと震えている。
あの三成が頬を薄らと赤らめて、嬉しそうに表情が崩れ始めている。

「…お願い、もう…許して…? 三成…」

 甘い甘い、睦言のような声。
ぐらぐらと理性が揺らいで、燃え上がっていた怒りもどこへやら。あっという間に絆されそうになった。

「ねぇ、これでいい?」

 だが人を誑かすとか、騙す事に疎いは、こうした茶番を維持し続ける才能が皆無だった。

「………左近さん?」

 三成の腕の中にいるまま、よりにもよって慶次の隣に立つ左近へと視線を向けて問い掛けた。
慶次の顔が引き攣り、左近が顔面を抑える。

「ん? 何、どうしたの? 私何か間違えてる??」

 ばくばくと鳴っていた三成の鼓動が、急速に落ち着いて行く。
背筋が寒くなるほどの殺気を感じて顔を上げれば、三成はこれ以上はない笑顔だった。
ただその笑顔は、冷徹な微笑であった。

「ヒッ!!」

 逃れる前に三成の二の腕に掴まえられて、は担ぎ上げられた。

「お説教だ」

「い、いやぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 抵抗虚しく天守閣へと連行されて行くの姿を見送り、皆がご愁傷様と両手を合わせた事はいうまでもない。
その後、三成からのへのねちっこくも刺々しい説教は、三日三晩続いた。

 

 

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占有屋は例え悪霊であっても許しません。(08.11.07.up)