暴風雨の中で |
「笑い事ではありませんわ。
「…って事は、今その村は陸の孤島って事か……そりゃまた災難というかなんというか…。 「あの狸、胃を抑えて蹲りそうじゃな」 「ってゆーか、私が倒れそうなんですけど…」 政宗とが交わす会話を聞いている左近が顔を顰める。 「まずいな」 「どうしました?」 「大工衆ですよ。大殿と共に城壁増強に駆り出されてるでしょう? これ以上、人員なんか割けませんよ」 「そっか……幸村さん達に言って、兵を少し送れないかな?」 「それしかないですかねぇ」 山済みになる問題に、が肩で溜息を吐けば、二人もつられたように溜息を吐く。 「城下に来ていた菓子職人さんに声を掛けて作らせましたの。お口に合うといいのですけれど」 「有り難う、ちゃん……なんか何時も何時も家事させちゃってごめんね…」 「いいえ、女子の嗜みですわ。それににも様のお手伝いが出来ていると思うと、とても嬉しいです」 の笑顔に感極まるとばかりにが箸をおいて両手を広げれば、応じるようにもまた盆を畳の上へと置いて、両手を広げた。そして次の瞬間には、二人で熱い友情の抱擁を交わす。 「ちゃん!! 私嬉しい!!」 「様、もお役に立てて嬉しゅうこざいますわ」
ユリの花弁でも飛び交いそうな奇妙な空気を無視して、政宗が蕎麦をすする。 「はぁ……アラームが鳴るまで……後ちょっと…か」 とはどちらからともなく離れた。
「おー。あの大臣、ついに横領で捕まったか〜。ふむふむ、サッカーは予選突破と…。色んな事が起きてるのねー。 聞かされている左近や政宗にとっては意味の分からない言葉ばかりだが、のちょっとした息抜きだ。
四日目。が嫌な予感を抱え始めたのは、この日からだった。 「じゃ、俺が行って来るかね」 想定通りの反応を示した慶次を前に、、政宗、左近の三人は小さく笑った。 「慶次さん、行くのはいいんですけど、幸村さんか兼続さんに声を掛けて、兵を連れて行ってもらえますか?」 何事かと目を丸くして動きを止めた慶次に、はさらりと言った。
「この陳情書を出した村、落雷の余波で起きた小火騒動で橋が焼け落ちちゃってるらしいんです。 「情報が早いねぇ」 「昨日の内に行商さんからちゃんが聞き出してくれてたんですよ」 「なるほど、分かった。行ってくるぜ」 「はい、お願いします。さーて、皆さん、今日も今日とて自分の忍耐の限界と頑張って戦いましょう!!」 の朗らかな声の前に、政宗、左近は思わず噴き出した。彼ら三人は、すっかり連帯感で結ばれていた。
「戻ったぜ」 順調に政務をこなして迎えた夕刻。 「ど、どうしたのっ?! 二人とも、大丈夫?!」 慌てて立ち上がり駆け寄ってきたの肩を、慶次が安心させるように軽く撫でた。 「ああ、心配しなさんな」 「で、でも…!!」 「様、大丈夫です。敵襲の類ではありません」 手拭で髪や服を拭いながら幸村が言う。 「岐路で通り雨というか…雹にやられまして…」 「雹…って、あの雹?」 「はい」 「咄嗟に雨宿りはしたんだがね、この有様さ」 豪快に笑う慶次の姿や幸村の姿からも大きな外傷はないように思える。 『あれ? なんだろう…何か、引っかかる……雷に…雹? なんだっけ…?』 答えを模索するの思考を遮るように、慶次が軽快な声を上げた。 「で、そっちは今日はどうだったんだい? 少しは減ってきてるのかい?」 「え? あ、はい。そうですね。初日に比べたら、大分…」 「風潮してる根源も半蔵さんの説得で沈黙してくれたようなんでね。後は噂との持久戦でしょう」 左近が手元の書を丸めてのように屑籠へと放り投げた。 「なかなかどうして、道のりは遠そうだねぇ」 「誰かさんが逃亡せねばもう少しは早く終わると思うのだがな」 政宗の嫌味に慶次が顔を顰めれば、が苦笑して言葉を添えた。
「まぁまぁ、慶次さんの機動力で実際に処理出来てる事があって、そのお陰で、蔓延ってる悪評だってなくなって 「お。嬉しいねぇ。さんは俺の味方かい?」 慶次が体を折り曲げて、の顔を覗きこむ。 「おーと、すいませんねぇ。手元が狂った」 「そうかい」 意味深な眼差しで冷戦に突入する二人の間で、が慶次の手を取る。 「だからね、慶次さん」 「ん?」 「慶次さんも私の味方になって……あれ、片付けてね?」 未処理の書簡の山を示せば、慶次は「さんには敵わないねぇ」と答えた。 「殿」 「はい、なんですか? 政宗さん」 座ったままの政宗に向き直れば、彼は視線だけでの机の上を示した。 「有り難う」
取り上げて中を見れば、そこには速報として二世俳優の電撃婚を知らせる一文が踊る。
五日目。目を覚ましたは、自室の窓から見下ろした城下町を眺めて首を傾げた。 「んー…今日、曇りかぁ…まぁ、最近暑かったし……たまにはいいかもね……」 欠伸を噛み殺して伸びをして、に手伝ってもらいながら身支度を急いだ。 「おはよう、俺の女神」 「なんだか会うのは本当に久々な気がする」などと思いながら、自分の肩を抱いた孫市の事を見上げた。 「どうした?」 「いえ……おはようございます、孫市さん」 「今日からは多少手が空くんでね、俺も合流するぜ」 何故それを言うためにの掌を握らなきゃならないのかがいまいちよく分からない。 「朝っぱらから、盛るな。いい年をして」
そういいながら三成が扇をしまい、昨日まで左近が座っていた席へと腰を降ろす。 「ちょっと、待った!!」 「なんだ?」 「み、三成……あの、昨日までの仕事は?」 「終わってる」 「えーと、その…そ、そうだ!! 三成には秀吉様のお手伝いに回ってもらおうかな!! ね? ねっ?!」 左近へと同意を求めるように視線を流せば、左近もまた大げさに頷く。 「そうですね、人手も少ないから何かとお困りでしょう」 ここのところ一人で三階から一階を行ったり来たりで、三成とは殆ど顔を合わせていない。
「何もさ、こんな仕事を三成がすることないよ。三成だって狭苦しい部屋で書簡の山と向かい合うより、 「……仕事であれば、別段選ぶつもりはない。それに今日は曇りだぞ」 加虐心が煽られて、つい冷淡な対応を三成はしてしまう。 「そんな事言わないで…お願いだから秀吉様のお手伝いに行ってよ、ね? ねっ? ねねっ?」 「俺がここにいるのがそんなに嫌か?!」
想像以上に嫌がられている現実に苛ついてきたのか、三成の背後に不穏な空気が蔓延する。 「なんだ?」 内容を見た途端、三成の目が据わり、口元には冷笑が浮かぶ。 「こりゃまだいい方ですよ」 「こんなクズと日々向かい合っているのか、お前は」 手の中の書簡を宙に放り投げたかと思えば、懐から取り出した扇を翻した。 「怒ってもしょうがないよ、私達はこの辺の人にしたら新参者だし。 「…見上げた根性だな」 広げた扇を閉じて懐へとしまいながら、三成はの頭を撫でた。 「ま、そういう訳ですから。殿は遠慮して下さい。
それであの二人は一揆鎮圧や夜盗成敗以外では軍部管理やら治水管理、屯田政策に回されていたのか。 「秀吉様の所へ行ってくる」 「分かってくれて有り難う、三成!!」 物分りがよくて嬉しいとは目を輝かせたが、 「いずれ燻り出して思い知らせてやる」 室を出て行く時の三成の独白を聞くと再び額を抱えてしまった。 「……なんで今の流れで根に持つかな……」 「まぁ、その内忘れるでしょうから、放っておいて平気ですよ」 左近の絶妙な助け舟を経て、止まっていた評議場の時間はようやく正常に動き始めた。
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