暴風雨の中で

 

 

「笑い事ではありませんわ。
 その村、小さな橋が架かっていて、その橋のお陰でようやく街道と繋がっていたそうなのです。

 けれどその橋が騒動で焼け落ちてしまったそうですよ」

「…って事は、今その村は陸の孤島って事か……そりゃまた災難というかなんというか…。
 ……見舞金とかも必要になりそうだね……後で家康様に言っとくよ……」

「あの狸、胃を抑えて蹲りそうじゃな」

「ってゆーか、私が倒れそうなんですけど…」

 政宗とが交わす会話を聞いている左近が顔を顰める。

「まずいな」

「どうしました?」

「大工衆ですよ。大殿と共に城壁増強に駆り出されてるでしょう? これ以上、人員なんか割けませんよ」

「そっか……幸村さん達に言って、兵を少し送れないかな?」

「それしかないですかねぇ」

 山済みになる問題に、が肩で溜息を吐けば、二人もつられたように溜息を吐く。
重く苦しい空気が充満してしまった事を気にしたが、慌てて膳の上へと葛饅頭を差し出した。

「城下に来ていた菓子職人さんに声を掛けて作らせましたの。お口に合うといいのですけれど」

「有り難う、ちゃん……なんか何時も何時も家事させちゃってごめんね…」

「いいえ、女子の嗜みですわ。それににも様のお手伝いが出来ていると思うと、とても嬉しいです」

 の笑顔に感極まるとばかりにが箸をおいて両手を広げれば、応じるようにもまた盆を畳の上へと置いて、両手を広げた。そして次の瞬間には、二人で熱い友情の抱擁を交わす。

ちゃん!! 私嬉しい!!」

様、もお役に立てて嬉しゅうこざいますわ」

 ユリの花弁でも飛び交いそうな奇妙な空気を無視して、政宗が蕎麦をすする。
その音が、ちょっとだけ鬱陶しいなと、は思った。
折角熱い女同士の友情を深めていると言うのに、横槍を入れられた気分だった。
 机の端に置いたツールの外装が七色の光を放ち、時刻を知らせる。

「はぁ……アラームが鳴るまで……後ちょっと…か」

 はどちらからともなく離れた。
が机の上のツールを取り上げて画面を開く。
そこに映る情報を、葛饅頭を口に運びながら検分し始めた。最近の癖になっていた。

「おー。あの大臣、ついに横領で捕まったか〜。ふむふむ、サッカーは予選突破と…。色んな事が起きてるのねー。
 うわぁ…秋なのに、まだこの気温なの? そりゃ台風も来るわ…。本当……オゾン層の破壊も深刻ね………。
 えー? 何? 今度は霙?? 全く、最近の天気予報はどうなってるんだか…」

 聞かされている左近や政宗にとっては意味の分からない言葉ばかりだが、のちょっとした息抜きだ。
好きにさせておこうと、二人は黙々と蕎麦を胃の中に掻き込み、最後に茶で一服すると、再び机へと向き直った。
 この時のは、自分が手にしているツールが示唆する意味に、まだ気が付いてはいなかった。

 

 

 四日目。が嫌な予感を抱え始めたのは、この日からだった。
が示唆した通り、の元へは落雷に関する陳情書が寄せられていた。

「じゃ、俺が行って来るかね」

 想定通りの反応を示した慶次を前に、、政宗、左近の三人は小さく笑った。

「慶次さん、行くのはいいんですけど、幸村さんか兼続さんに声を掛けて、兵を連れて行ってもらえますか?」

 何事かと目を丸くして動きを止めた慶次に、はさらりと言った。

「この陳情書を出した村、落雷の余波で起きた小火騒動で橋が焼け落ちちゃってるらしいんです。
 見舞金の事ももう話してありますので、家康様のところにも顔を出して下さい」

「情報が早いねぇ」

「昨日の内に行商さんからちゃんが聞き出してくれてたんですよ」

「なるほど、分かった。行ってくるぜ」

「はい、お願いします。さーて、皆さん、今日も今日とて自分の忍耐の限界と頑張って戦いましょう!!」

 の朗らかな声の前に、政宗、左近は思わず噴き出した。彼ら三人は、すっかり連帯感で結ばれていた。

 

 

「戻ったぜ」

 順調に政務をこなして迎えた夕刻。
外回りから帰ってきた慶次の姿を見て、は思わず己の口元を抑えた。
無理もない。慶次だけではなく同行していた幸村も、額や体のあちこちに傷が出来ていた。

「ど、どうしたのっ?! 二人とも、大丈夫?!」

 慌てて立ち上がり駆け寄ってきたの肩を、慶次が安心させるように軽く撫でた。

「ああ、心配しなさんな」

「で、でも…!!」

様、大丈夫です。敵襲の類ではありません」

 手拭で髪や服を拭いながら幸村が言う。

「岐路で通り雨というか…雹にやられまして…」

「雹…って、あの雹?」

「はい」

「咄嗟に雨宿りはしたんだがね、この有様さ」

 豪快に笑う慶次の姿や幸村の姿からも大きな外傷はないように思える。
は安心したと胸を撫で下ろした。
それと同時に、何か、どこか、引っかかりを覚えて顔を強張らせる。

『あれ? なんだろう…何か、引っかかる……雷に…雹? なんだっけ…?』

 答えを模索するの思考を遮るように、慶次が軽快な声を上げた。

「で、そっちは今日はどうだったんだい? 少しは減ってきてるのかい?」

「え? あ、はい。そうですね。初日に比べたら、大分…」

「風潮してる根源も半蔵さんの説得で沈黙してくれたようなんでね。後は噂との持久戦でしょう」

 左近が手元の書を丸めてのように屑籠へと放り投げた。
飛んだ書は屑籠の淵に当たって畳へと落ちて、そこいらで散らばるごみの一つとなった。

「なかなかどうして、道のりは遠そうだねぇ」

「誰かさんが逃亡せねばもう少しは早く終わると思うのだがな」

 政宗の嫌味に慶次が顔を顰めれば、が苦笑して言葉を添えた。

「まぁまぁ、慶次さんの機動力で実際に処理出来てる事があって、そのお陰で、蔓延ってる悪評だってなくなって
 いってるんだからさ。いいじゃない。適材適所だよ、ね?」

「お。嬉しいねぇ。さんは俺の味方かい?」

 慶次が体を折り曲げて、の顔を覗きこむ。
笑顔で答えるの横を、丸められた書簡が飛んだ。
必要以上に固く丸められた書簡は慶次の頭へと当たってその場へと落ちる。
左近が投げたものだった。

「おーと、すいませんねぇ。手元が狂った」

「そうかい」

 意味深な眼差しで冷戦に突入する二人の間で、が慶次の手を取る。

「だからね、慶次さん」

「ん?」

「慶次さんも私の味方になって……あれ、片付けてね?」

 未処理の書簡の山を示せば、慶次は「さんには敵わないねぇ」と答えた。
頭を掻きながら席へつく慶次を見ていると、席に座したままの政宗がを呼んだ。

殿」

「はい、なんですか? 政宗さん」

 座ったままの政宗に向き直れば、彼は視線だけでの机の上を示した。
ツールが光っていた。

「有り難う」

 取り上げて中を見れば、そこには速報として二世俳優の電撃婚を知らせる一文が踊る。
それと同時に目にした今日の天気予報は晴れ後曇り。翌日は雨となっている。台風が接近しているのだろう。
今日舞い込んで来た情報は、さして気に止めるような内容でもないなと、ざっと見て納得してからツールを閉じた。
 が漠然と抱えた予感をはっきりとした懸念として認識するのは、翌日になってからだ。

 

 

 五日目。目を覚ましたは、自室の窓から見下ろした城下町を眺めて首を傾げた。

「んー…今日、曇りかぁ…まぁ、最近暑かったし……たまにはいいかもね……」

 欠伸を噛み殺して伸びをして、に手伝ってもらいながら身支度を急いだ。
顔を洗い、髪を整えて、着物に腕を通す。
身支度を済ませたらしっかりとした朝食をとって、階下の評議場へと顔を出した。
今日も今日とて、増え続けている罵詈雑言と陳情書の振り分け作業が待っている。

「おはよう、俺の女神」

 「なんだか会うのは本当に久々な気がする」などと思いながら、自分の肩を抱いた孫市の事を見上げた。

「どうした?」

「いえ……おはようございます、孫市さん」

「今日からは多少手が空くんでね、俺も合流するぜ」

 何故それを言うためにの掌を握らなきゃならないのかがいまいちよく分からない。
だがそれが雑賀孫市という男だ。深く考えても仕方ないなと考えたは、あえて追求はしなかった。
それにその場に居合わせていた三成の広げた扇からアーツ2が飛んできた。
それが孫市の腰に当たり、彼を弾き飛ばすのも、既に見慣れてしまった光景の一つだ。

「朝っぱらから、盛るな。いい年をして」

 そういいながら三成が扇をしまい、昨日まで左近が座っていた席へと腰を降ろす。
勿論そこには手付かずの書が山のように残っている。
まさかとは思うが、三成も今日から合流なのか?! と、政宗、左近、の顔色が変わった。

「ちょっと、待った!!」

「なんだ?」

「み、三成……あの、昨日までの仕事は?」

「終わってる」

「えーと、その…そ、そうだ!! 三成には秀吉様のお手伝いに回ってもらおうかな!! ね? ねっ?!」

 左近へと同意を求めるように視線を流せば、左近もまた大げさに頷く。

「そうですね、人手も少ないから何かとお困りでしょう」

 ここのところ一人で三階から一階を行ったり来たりで、三成とは殆ど顔を合わせていない。
彼からしたら、このまま左近にだけを独占させるのは面白くない。
それだけにこの提案は容易に受け入れたくなるようなものではないと顔を顰めれば、が三成の腕をがしっ!! と握り締めた。よくよく見れば形相は必至で、瞳は熱で潤んでいる。

「何もさ、こんな仕事を三成がすることないよ。三成だって狭苦しい部屋で書簡の山と向かい合うより、
 晴れ渡る空の下、秀吉様の傍で思う存分お手伝いがしたいでしょ?」

「……仕事であれば、別段選ぶつもりはない。それに今日は曇りだぞ」

 加虐心が煽られて、つい冷淡な対応を三成はしてしまう。
するとは泣き落としでもするかのような哀願を見せた。

「そんな事言わないで…お願いだから秀吉様のお手伝いに行ってよ、ね? ねっ? ねねっ?」

「俺がここにいるのがそんなに嫌か?!」

 想像以上に嫌がられている現実に苛ついてきたのか、三成の背後に不穏な空気が蔓延する。
このままでは無駄に怒らせるだけで何一つ解決はしないと踏んだのか、左近が動いた。
書簡の一つを取り上げて三成の前へと差し出す。

「なんだ?」

 内容を見た途端、三成の目が据わり、口元には冷笑が浮かぶ。
これは彼が本気で怒った時に見せる笑みだ。
左近はやっぱりかと顔面で語り、口を開いた。

「こりゃまだいい方ですよ」

「こんなクズと日々向かい合っているのか、お前は」

 手の中の書簡を宙に放り投げたかと思えば、懐から取り出した扇を翻した。
途端、書簡は宙で粉微塵に裂けた。
しれっとした顔でこういう事をするから、怒った三成は怖い。
は引き攣った笑みを顔に貼り付けて言った。

「怒ってもしょうがないよ、私達はこの辺の人にしたら新参者だし。
 どこにいったって、最初の三ヶ月はこんなものよ。

 それにこれは毛利の策だろうって家康様や左近さんも言ってたしさ。
 乗っちゃダメだって。こういうのは無視が一番だよ」

「…見上げた根性だな」

 広げた扇を閉じて懐へとしまいながら、三成はの頭を撫でた。
それについてとやかく言うと、また面倒な事になりそうなので、誰も何も言わない。

「ま、そういう訳ですから。殿は遠慮して下さい。
 幸村さんや兼続さんの時みたいにいちいち憤慨されてちゃ、終わるものも終わらないんですよ」

 それであの二人は一揆鎮圧や夜盗成敗以外では軍部管理やら治水管理、屯田政策に回されていたのか。
納得した三成は、不快感丸出しの溜息を吐くと席を立った。

「秀吉様の所へ行ってくる」

「分かってくれて有り難う、三成!!」

 物分りがよくて嬉しいとは目を輝かせたが、

「いずれ燻り出して思い知らせてやる」

 室を出て行く時の三成の独白を聞くと再び額を抱えてしまった。

「……なんで今の流れで根に持つかな……」

「まぁ、その内忘れるでしょうから、放っておいて平気ですよ」

 左近の絶妙な助け舟を経て、止まっていた評議場の時間はようやく正常に動き始めた。

 

 

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