暴風雨の中で |
「姫!!」 左近が咄嗟に手を伸ばしての手を掴み、抱き寄せる。 「城に戻りましょう、ここは危険だ」 左近の発した声に、大工衆と集められていた民が目を丸くした。 「分かってる、でも…!!」 は左近の言葉を受けて悔しそうに顔を歪める。 「姫さん…すまなかった」 頬を打たれた棟梁が頭を下げた。 「ッ?!」 バケツを引っくり返したような強さの大粒の雨が、大地に向かい降り注ぐ。 「うそ、もう来たの?!」 「姫、すいませんね」 吹きつけ始めた風にが浚われぬようにと、左近がを肩に担ぎ上げた。 「じゃ、戻りますぜ」 「ごめん、左近さん」 「気にしなさんな、役得ですよ」
その状態のままで城への岐路を急げば、途中の大通りで松風を駆る慶次と遭遇した。 「さん?! なんでこんなところにいるんだ?!」 「慶次さん! お帰りなさい!!」 「ああ、それよりも聞いてくれ。旧城は一先ず無事だ。 「早速だけど補強手伝って!! 今は一人でも力のある人が必要なの!! 「分かった」 慶次はその場で松風を降りると、左近に手綱を投げ渡した。 「さんを城へ戻しな。で、俺はどっちへ回ればいいね?」 「東だ、崩落が起きてる。幸村さんが突風で負傷してね、統制に不安がある」 「任せな!!」 身を翻した慶次を左近が確認の為に呼び止める。 「と、慶次さん。他の所領への伝令はどうなってますかね!?」 「伊賀忍が動いてるよ、安心しな。それよりゃ、今はこっちだろ!?」 「結構」 左近が頷いた後で、口の端を吊り上げて笑う。
慶次から借りた松風を駆って城へと戻る。 「外と内から板を打ちつけて雨戸を補強しろ!!」 「地下に浸水!!」 「三の丸、瓦崩落!! 負傷者十五名!!」 「松明が持ちません!!」 「評議場の隣室に処理済の書簡が大量にあるから、それを使って松明の火を維持して!!」 飛び交う情報に避難している女子供が脅える。 「天の怒りじゃ…おてんとう様の怒りにふれたんじゃ…」 「怖いよぅ……ねぇ、おっかぁ。私達死んじゃうの?」 戻ったばかりのは脅えるばかりで自発的には全く動こうとしない女達の前で叫んだ。
「天の怒りなんかじゃないわ!! ただの自然災害よ!! 大体おてんとう様はこんな酷い事しやしない!! 脅えていた女達がの声に驚き、声を失う。 「姫、風邪を引きます。先に着替えを…」 「大丈夫!! それより今どうなってるか把握して、次の手を考えないと…!!」 止めようとする左近を振り切って、は廊下を水浸しにしながら階上を目指した。 「三成、現状は?!」 進む途中で、左近は女中から手拭を数舞い奪うと、の頭に押し付けた。 「案ずるな。兼続と井伊は無事に退却を開始したそうだ」 「良かった、そうだ、幸村さんは?!」 肩で溜息を吐いて周囲を見回しても彼の姿はない。 「安心せい、腕を多少捻っただけだ。すぐに現場に戻ったわ」 達の後から評議場へと入って来た政宗が、間髪入れずに答えた。 「それよりも殿、三番井戸だが手がつけられぬ。爆薬で封じても構わぬか」 「そうか、あの井戸は確か一番河に近いから……分かりました、お任せします」 「すまんな、折角掘ったというのに…」 「仕方ないですよ、落ち着いたらまた掘りましょう」 政宗は頷いて爆薬庫の鍵を取ると颯爽と評議場を飛び出していった。 「様」 「ちゃん、どうしたの?」 入れ替わるように襷掛けをしたが現れて、彼女にしては珍しく早口で嘆願した。 「皆様の食事を作ろうと思いますの。階下に避難している方々もお手伝いして下さるそうです」 の機転に連動し、脅えるばかりだった女達が自発的に動き出した。 「有り難う、任せます。でも先が見えないから、使う兵糧は控え目で頼みます」 「はい、お粥を炊きますわ!! それでは失礼致します」 今や目前に迫る自然災害を共通の敵として、城に身を寄せる全ての人が力を合わせ始めていた。 「これで…なんとか……どうにか防ぎ切れるといいんだけど……」 強風が起こす不穏な音に脅えながらが呟いた。 「良かった……篭城します!! 閉門!!!」 の一声と共に開かれていた巨大な城門に閂が填め込まれ、同時に内側から補強が施された。
の機転で事無きを得たように思えた篭城も、実際にはしてみると問題の山だった。 「桶リレーですけど、シフト制にしましょう」 「なんですか? そりゃ」 「朝・昼・夜と三つの部隊に別けて、交互に当たるんです。これで少しは皆も休めるわ」 「分かりましたわ。均等に割り振りますわ」 室から出て行く秀吉を見送り、は今度は家康を見た。 「負傷者の治療なんですけど、どうなっていますか? こういう場合、疫病が一番怖いんですけど…」 「ご安心を、治水は万全。兵糧もたんとありますゆえ、当面は憂いにならぬかと」 「そう。でも薬の量が不安ですね」 「儂が見て参ろう」 「お願いします」 篭城四日目。
「そこに居た人達を、廊下でも何でもいいから階上へ移して下さい。風邪を引かせないようにお願いします!! 「姫様!! 風雨が強く、補強は困難です!! どうすれば…」 親指を噛んで思案に暮れるは、自分が手を付いていた評議机を見て何かを閃いたように頷いた。 「慶次さん!!」 「どうした?!」 「階下で窓が壊れたんですけど、雨風が強くて塞げないんです。 の提案に慶次が口の端を吊り上げて笑った。 「任せな」 「はい、お願いします」 出て行く慶次と入れ替わるようにが入って来た。 「ちゃん、どうしたの? 何か問題起きた?」 「いいえ、あの、思うのですけれど…」 恐縮するを三成が苛立たしげに急かした。 「構わぬ、言ってみろ」 「は、はい。布を割いて雑巾を作っても宜しいでしょうか?」 三成が眉を動かし、左近とが顔を見合わせる。
「先程濡れた床板で滑って、童が転びましたの。このような時でしょう? 皆様、あちこちを駆け回って居ます。 「そっか、足取られたのね?」 「はい」 「有り難う! ちゃん、気が付いてくれて。お願い、やっちゃって!!」 「はい、それでは失礼致しますわ」 篭城五日目。 「収まったのか?」 三成の独白を聞きながら、はツールを開いた。 「お願い、途中できれないでね…」 神に祈るような思いを胸に、呟きながらパネルを操作する。
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