暴風雨の中で |
「………っ…」 二人はすぐには言葉を紡げなかった。 「……姫……貴方が起こして下知を飛ばさなきゃ……今頃……俺らは……」
左近が感嘆交じりの声を上げれば、開いた窓から盗み見るように外を見た民が、感動に打ち奮え嗚咽を漏らした。 「……どうしよう……どうしよう…!! ねぇ、どうしよう? もう、なにも思いつかない…!!」 だがそうした視線を集めていたは、その場の中でただ一人、喜びではなく絶望を顔面に貼り付けていた。 「様? どうされましたか?!」 幸村が問い掛けてもは混乱と共に泣くばかりで答えない。 「落ち着け、一体どうした? 何があるというんだ。言ってみろ」 「……あ、あ…み、三成…どうしよう……どうしよう……またくる…」 「なにが?」
「台風……それも、この前のより……ずっとずっと大きいの……沖合いで三つの低気圧が一つに 「そうか。刻限は何時だ?」 「え?」 「刻限だ!!」 強く問われては慌ててツールのパネルを弄る。 「……四日後……四日で来る…」 「よし、迎え撃つぞ」 「どうやって?! 自然災害なのよ?!」 「だがこの前は乗り切った。こっちは兵糧も薬もある、怪我人も少ない。 何を言っているのかとが瞬きすれば、左近がの肩を軽く撫でた。 「姫、今度は、左近達が姫にお見せしましょう。領・領民全てが一丸になって起こす奇跡…って奴をね」 「…左近さん……」 「で、どっちの方角から来るかとか分かりますか?」 「あ……待って……えっと……この地図だと………多分、東から……」 「了解しました、聞いた通りだ。東を主に補強する」 「でも…資材の残りなんか、もうない…」 「あるだろう」 「え?」 「切り出す手間が省けたな」 そう言った三成の眼差しは、森林に散乱する木々に向く。 「いーや、それよりももっと面白いもんがあるんさ」 座って粥を掻き込んでいた秀吉が進み出てくる。 「秀吉様?」 「よう見てみ。木が折れて、道が出来た」 「道?」 秀吉の眼差しは、倒れた木々の向こうに聳える岩山に向いていた。 「孫市、爆薬じゃ!! 派手にぶっ飛ばすで!!」 残りの粥を一気に腹の中へと入れた秀吉は、器をその場に置くと歩き出した。 「ちゃん、美味かったで。様をちーとばかし休ませてやってくれ。お疲れのようじゃ」 「はい。さ、参りましょう。様」 三成から引き離して、が寄り添いながらを別室へと連れて行く。
に手を握られながら緩やかな仮眠を得て、目を覚ました時には、の示唆した第二の災厄が領へと魔手を伸ばし始めていた。 「…やっぱり…夢じゃないんだね……長い長い夢を見てるんだとばかり…思ってたのに……」 「大丈夫ですわ、様。皆、生き残れます。きっと」 「…ちゃん…」 本当は不安なはずなのに、励まそうとしてくれるには頭が下がる。 「ごめんね……ごめんね…」 夫の事を言っている事は明白だった。 「平気です、旦那様はきっと御無事です。それに…忍とはそういうものです」 「でも…!!」 「様、は何も恐れてはおりません。 「どうか気遣わないで下さい、謝らないで下さい」と、は視線で切々と訴える。 「そうですね、様はの大切なお友達ですもの、ちゃんと言っておかなくては……聞いて下さいね、様」 何を言い出すのだろうと視線で問えば、は珍しく強い口調で述べた。 「は、半蔵様が黄泉へと旅立たれたら、お供するつもりです」 「ちゃん?! 何言って…」 驚いて飛び起きれば、はそれすら幸せの一つだと柔らかく微笑み続ける。 「ご理解下さい、それがの愛なのです」 「…ちゃん…」 迷いはなく、清々しい面持ちにが言葉を失えば、は「半蔵様も、ご存知ですわ」と言った。 「先程も申し上げた通り、に仕える前までは本当に不安でした。 これも一つの愛の形なのだと言い切られて、は胸の中が熱くなった。 「分かった。じゃ、そうならないように私も出来る限りの事をする!! 「はい、その意気ですわ。様なら、不可能も可能にする、はそう信じておりますよ」 立ち上がったの後に続いて、もまた部屋を出た。
室を出て評議室へと戻れば、目まぐるしい騒がしさだった。 「首尾は?」 「思った以上に硬質な岩山だ。国庫にあった火薬の殆どを費やすかもしれん」 「構わないわ」 「それを聞いて安心しましたよ、姫」 窓枠に貼り付いていた左近が声で気が付いて振り返った。 「実はもうやっちまった後なんです」
眼下には将兵の指示に従いながら奔走し、尽力する多くの人々の姿があった。 「…皆、今までずっと…?」 「まぁ、非常事態ですからね。必然でしょう」 混ぜ返すように左近がいった。 「…でも、凄いことだよ…とても大変な事なのに……皆、有り難う…」 そんなの前へと三成が立った。 「悪いが感傷に浸っている暇はないぞ、これから先の事を算出出来るか?」 三成はの前へとツールを差し出した。 「有り難う、すごいね」 「発案は秀吉様だ」 それを聞いて流石知恵者と頬を綻ばせれば、三成はもどかしそうに顔を顰めた。 「三成?」 ツールを開き、再起動をかけながら問えば、左近が言った。 「現地で指揮してんですよ、秀吉様は。 「そうなの?」 思わず噴出せば、絶対零度の視線で睨まれた。 「おお、様。もうお目覚めか」 「家康様、お疲れ様です」 労えば、家康はすぐに現状を報告した。 「私、階下に行ってくる、その方が少しは士気が上がるんでしょ?」 そう言ったに家康は「有難い」と頷くと同時に、言った。 「足元にお気をつけ下され。地が水でぬかるんでおりますゆえ」 「はい、有り難う! 家康様、行ってきます」 身を翻すを追いかけたそうな顔をする三成と左近を見て、家康は柔らかく微笑んだ。 「行かれよ、しばしは儂がここを預かろうぞ」 「すみませんねぇ」 「目を放すと何をしでかすか分からんからな」
素直に礼を言う左近とは対象的に、三成は悪態を吐いてから歩き出した。彼の足取りは軽い。
「で、どうなりそうなのだ?」 階下を進みながらはツールのパネルを弄り倒した。
「向こうの台風はもう収まってるみたい。今回のは威力が大きい分、移動速度が速いのかもしれないね。 の覚醒は疲労していた人々の心に本当に光を呼び起こすようだ。 「姫、板の上を歩いて下さい」 「うん」 左近の手に引かれて二の丸を出て、裏口へと回った。 「なんかもーさー、裸足で歩いた方が早いよね、きっと」 「それがそうもいかない」 「なんで?」 まるで歩く練習をし始めた子供のようによたよたと歩みを進めれば、左近は迷惑そうに顔を顰めた。 「潰れた家屋から飛んだ陶器や、崩落した瓦の破片がそこいら中に埋まってんですよ」 「うっわ!! 怖ッ! それ、マジで怖ッ!! 上から叫べば良かったよ」 そう言いながら、の顔にはそのつもりは微塵もなく、声も明るい。 『そうだ、戦場において姫は常にそうだった。 久々に見た気がするの本質に左近は安堵し、視線を周囲へと走らせた。
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