暴風雨の中で |
「ん? おお、様!! お目覚めですかいの!」 「秀吉様、お疲れ様です」
現地で采配を奮う秀吉が気が付いて声を発すれば、一時、その場の時間が止まった。 「…ご病気ではなかったのか…」 ぬかるみの中をよたよたと進むの耳に、作業に従事する民の独白が入った。 「えーと、ただの睡眠不足? ここのとこ目安箱の書簡処理にずっとずっと追われてたし」 その場に居合わせた民がちらほら顔を強張らせる。
「いいの、いいの。もう終わった事よ。それにそのお陰で、松明の火を絶やさないで済んでるんだしね。 「しかし…」 言葉を濁す三成の前では自分の眉間を示した。
「三成、眉間、眉間。皺寄ってるてば。怖いわよ。そんなんじゃ秀吉様に城内に残されるの当然よ? 三成だけでなく、聞き入っている人々が目を見張る。 「あ。なんか私、今、凄い名言じゃなかった?」 賛同を取り付けるように左近を見れば、左近は苦笑した。 「そこで左近に聞いちゃダメですよ、姫。名言はしれっとした顔をして言い切らないと」 「あ。そっか」 へらへらと笑ったの顔を見るだけで、失われていた力が、失っていた余裕が戻ってくるとばかりに人々の顔にも自然と笑みが浮かんでくる。 「さ、それはそれとして、皆、頑張りましょう!! 敵は強大だけど、数日耐えればどうにかなるんですもの!!」 の声にその場から奮起の声が上がった。
の言葉通り移動速度が速いのか、二日後の午後になると天候が次第に荒れ始めた。 「水路の補強は無事に完成しましたわ。いやー、様の手にしている道具は素晴らしいですな」 厚みを増した城壁の上を秀吉と共に歩きながら、は頷いた。 「この水路が雨水を本当に川に流してくれるか、一抹の不安はあるけどね」 が苦笑すれば、秀吉は朗らかな笑みと共に確信に満ちた眼差しをへと送る。 「大丈夫じゃ、傾斜はこっちが上じゃ。仮に水路が崩壊しようとも、最後に皆が生きて笑ってりゃ、それでいい」 「ですね。秀吉様、城壁の方はどうなりそうですか?」 「その事なんじゃが、今ある兵を別けてやりたい事があるんじゃよ」 「なんでしょう?」 秀吉は初めて苦悶を顔に浮かべた。
「前回壁が崩壊したのは、城下の崩れた家屋から流された木材がぶつかっての事じゃと分かった。 「なるほど…なら先に壊れそうなものは崩して撤去した方が安全ですよね?」 「その通りじゃ。しかしそれを民にやらせるのは酷なんじゃないかと…」 言い淀む秀吉の前では政宗を呼ぶように言った。 「政宗さん、別働隊をこれから指揮するんですが、その隊が動きやすくなるように手伝ってもらえますか」 「構わんが、儂は何をすればよい?」 「あのね、まず紙を三枚用意してこういう印を書いて欲しいんですよ。 「ふむふむ」 茶筒で作った上で説明していると、何時の間にか秀吉だけではなく、諸将が寄ってきた。
「でね、この紙を城下の建築物を検分して貼って行って欲しいんです。Oは問題なし、△は要注意、Xは撤去。 「こりゃまたなんと理に適った策じゃ」 秀吉が感動を口にすれば、は苦笑した。 「よし、分かった。任せよ!!」 政宗が城壁形成に従事する伊達一門を引き連れて、城下の家屋整理へと従事する。 「そこで出た材木も使えるようであれば、補強材として再利用しましょう」 の言葉を受けて、秀吉は頭が下がるとばかりに相槌を打ち続けた。 「まだじゃ!! 皆、限界まで耐えるんじゃっ!! 城壁の上で指令を下す秀吉の言葉をは聞き入れず、限界までその場にいる事を望んだ。 「姫様!! 物見から伝令!! 三本向こうの河が増水!! 濁流と共に氾濫しましたじゃ!!」 地図を広げて、被害が城まで及ぶかどうかを目算すれば、左近が瞬時に判じた。 「平気ですよ、この傾斜なら方向を変えるはずだ。こっちへは来ない」 こくんと頷いて、伝令に言う。 「そのまま様子を見て! 何かあったらまた知らせて下さい!!」 「ハハッ!!」 強くなる風に煽られて、地図がバタバタと音を立てて揺れた。 「門前の飯炊き女達を城内に戻せ。俺達が戻る時に邪魔だ」 三成の命を受けた伝令が場を辞すのと入れ替わるように慶次が現れた。 「さん、ちょいといいか」 「慶次さん、どうしました?」 「資材なんだがね、そろそろ運ぶのには限界が出てきた。今あるモンで補強した方が早いぜ」 「分かりました。じゃ岩山に居る人達には撤収してもらいましょう。孫市さんは…」 「俺ならここにいるぜ、女神」 「全く、口が減らないんだから……ま、いいわ。とにかく聞いた通りなので、出している残りの火薬を」 言いかけた瞬間、大粒の雨が降り注いだ。台風の暴風域に領が入った瞬間だ。 「きゃぁ!!」 「様!」 全員が青い顔をして手を伸ばした。 「はー……心の臓が飛び出すかと思ったわい」 城壁の上で自分を見下ろし、その場へへなへなと座りこんだ秀吉の言葉に、幸村と兼続の力を借りて立ち上がるもまた同感だと頷いた。 「やはりお戻り下され、女子の身ではこの風はきつかろう!!」 秀吉の声を受けて、は己が足手まといになる訳には行かないと頷いた。 「皆さん、どうか無理をしないように!! この場をお願いします!」 最後の最後まで将兵民を問わず鼓舞して、は歩き出した。 「誰か供を…」 「大丈夫、それより補強を優先して下さい!!」 秀吉の気遣いを固辞して戻り始めたの背を、心配そうに皆で見送れば、彼らの不安はそのまま的中した。 「ッ?!」 に怪我はなかったが、皆がその場へと駆けつければ、崩れた城壁の向こうに横たわる女の姿があった。 「待って、動かないで!!」 は咄嗟に叫び、燃え盛る炎を飛び越えた。 「兼続さん、お願い!!!!!」 天を這う黄金の龍が、今まさに牙を剥かんと大きく蠢いた。 「大丈夫、大丈夫よ、お姉ちゃんが絶対に絶対に護るからね!!」 胸元に入れていたツールを取りしだして、現代へと繋ぐべくパネルを操作した。 「誰か縄を持ってくるんじゃ!!」 「様、どうか動かないで下さい!! 崩れますっ!!」 秀吉、幸村が悲壮感を貼り付けた顔で叫ぶ。 「様?!」 「慶次さん、これ、力一杯外へ投げてっ!! 今すぐっ!!」
炎と瓦礫の向こうに立つ慶次へと向い投げれば、慶次がそれを片手で受けて渾身の力を込めて城外へと投げた。 「兼続さん、結界、もういっちょ!!」 「任せよ!!」 二重三重に展開された結界。 「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」 咄嗟に両の瞼を閉じて、落ち行くの背には、落ちた城壁の重みで崩れた大地。 「様!!」 秀吉が顔面蒼白にして絶叫すれば、彼の横を一人の男が走り抜けた。
|
戻 - 目次 |
今度の難敵は自然災害。果たして乗り切れるか!?(08.12.20.) |