暗闇の中で見つけた恋 - 三成編 |
「げほっ!! ごほっ!! ごほっ!!」 胸元に強い圧迫を覚えて、飲んでいた水を吐き出した。 「え……あ…三成?」 幸村ならまだ分かるが、あの三成が、あの状況で、あれ程の危険を侵した事が理解出来ずに混乱する。 『いやいや、助けてもらっておいてこの発想はよくないわね。ちゃんとお礼言わなくちゃ』 「あ、あの…三成……その、有り難うね。それでね、そろそろ退いて欲しいんだけど…」 慣れぬ相手への謝辞に照れたような、むず痒さを覚えながら言葉を紡いだ。 「……三成?」 不審に思い、身を起こした。 「えーと……ここは……水路を作った時の……休憩室か何か…かな?」 三畳程度の広さ。四方は積み上げられた岩に覆われている。 「そっか……ここ、階上なんだ……気圧の関係とかでこれ以上上がってこないのね」 そう判じて一先ず安心感を得ると、は水面から足を上げた。 「全く……普通、こういうのは逆なんじゃないの?」 悪態を吐きながらその場へと仰向けに寝転がした。 「しかし…参ったな……水音は相変わらず凄いし……八方塞がりかも……」 遠巻きに響くゴゥゴゥ、ドゥドゥという音は、紛れもない水の音。 「水が引くまで待つしかないのかなぁ……でもそれって何時よ?」 頭を掻きながら、何か自分に出来る事はないものかと、思案する。 「どーか出口でありますように」 思わず両手を合わせて、願い奉る。 「……うん…まぁ…世の中そんなに上手く出来てはいないよね…」 残念ながら開いたそこは出口などではなかった。 「まぁ……ここよりゃマシか…」 は独白すると、未だ横たわったままの三成を見下ろす。 「全く……本当、こういうのって逆なんじゃないの?」 愚痴を零しながらは三成を引き摺って休憩室の中へと入って行った。 「えーと……三成の方も…脱がした方がいいんだよね? やっぱり……」 どうしたものかと悩み迷いながら、結局はそうするしかないと判じた。 「勝手に脱がせてごめんなさい…と、言う事で……失礼します〜」
意外に厚着だな…などと思いながら、彼らしい黒の着物をはいで、自分の掛けた着物の隣へと引っ掛けた。 「さてと……火…私につけられるかな……」 それから湿気った炭の埋まる囲炉裏へと向き直った。 「なんとか一日以内につけられるといいんだけどね」 ひどく後ろ向きな発言を漏らしては囲炉裏との格闘を開始した。
囲炉裏との格闘は、想像した通り無為に時間を費やすばかりだった。 「…参ったな……段々冷えてきてるってのに……」 ぶるっと一度身震いをして、乾かしている己の着物を見上げた。 「…そうだ、三成は大丈夫かな…?」 没頭するあまり忘れていた事を思い出して振り返る。 「え…う、嘘…」 三成の顔は最初にこの部屋に引き込んだ時よりも青白い。 「少しづつ熱くなってってる…? もしかして、風邪引きかけてるのっ?!」 水はあっても暖は取れず、薬もない。 「…どうしよう……どうしたら……」 混乱するの眼下で、三成は苦しげに顔を歪める。 「三成……ちょっと待っててね」 元を正せば、この現実は自分の無茶な行動の結果だ。 「今度は、私が貴方を救う」 独白したは布を捲くり、作った空間に滑り込んだ。 「辛いよね…三成、でも、大丈夫……大丈夫だからね」 は瞼を閉じて、意識のない彼へと語りかけ続けた。 「…私も頑張る。だから三成ももう少しだけ………頑張ってね」
甘美な夢を見た。 "三成" 嬉しかったのは、天下が泰平を迎えたことだけではなかった。 "殿" 悔しさと諦めを貼り付けた左近に「すまんな」と一言言えば、彼は首を横に振った。 "仕方ないですよ、姫の選んだことだ。それに殿なら安心だ" 信頼する部下でもあり、恋敵となった男からの精一杯の祝辞。 "三成、こっちへ来て。ほら、桜がこんなに綺麗" "そうだな" 美しいと思ったのは、桜ではない。 「…っ……」 甘い甘い夢。 『分かっている、このような夢…有り得ぬ』 覚醒に近付いた三成が、無意識に落胆の息を吐く。 『…なんと愚かな夢なのか……』
天下は未だ収まらず、桜に心癒されると微笑む彼女は、本当は心からの微笑みを自分に見せたことなど一度もない。 『…まして…俺との間にややなど……戯言にも程がある…』 自分は何時からこんなにも弱くなったのだろう。 『…俺は……どうしてこんなにも……』
きっとこんな夢を見てしまうのも、全ては叶わぬ願いに焦れているからこそだ。 『……目覚めねばなるまい……あれを、一人にさせておく訳には行かぬ…』 自分を叱咤した三成は、ゆっくりと閉じていた瞼を開いた。 『…生き延びたか…僥倖だな』 己の生に安堵し、同時にほんの少し泣きたくなった。 『……俺は…なんと愚かなのか……』
彼女を救えるのであれば命すら捧げると決めながら、同時に、自分には浅ましい下心があったわけだ。 「……」 「…ん、なに? 三成…」 希うように名を呼べば、すぐに戻ってきた返事に驚いた。 「な…に? どうしたの? まだ……寒い?」 そこに艶やかな頭髪を散らして、憂いのある表情のがいた。 「な?! 何をして…」 ようやく言葉が口を吐いて出た。 「よかった……何時もの…三成だ…。 ぼそぼそと話すの意識がそのまま三成の胸の上で睡魔に呑込まれて行く。 「…って、ちょっと待て!! なんだ、その破廉恥な格好はっ!! だが三成の覚醒に安堵したらしいは、本格的に寝に入ってしまい起きる気配がない。 「…一体何がどうなってるんだ…」 三成はの肌の局部だけを隠す装いに動揺しながら、視線を動かして現状を把握しようとした。 「…ッチ、馬鹿が。俺のことなど、捨て置けばよかったものを…」 自分の体温を分け与える事で三成に覚醒を促したは、身代わりとばかりに彼が引くはずだった風邪を引きかけているようだ。頬を僅かに赤くし、ひゅうひゅうと苦しげな呼吸を繰り返している。 「本当に……お前はなんて女なんだ…」 三成はを抱いたままで手を伸ばし火打石を打つと、あっという間に囲炉裏に火を点した。
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