暗闇の中で見つけた恋 - 幸村編 |
『か、勘違いなさらないで下さい!! 私達は、貴方の家臣です!! 『真田幸村、全身全霊を賭して、お仕え致します』 『ゆくぞ、風魔ぁぁぁぁぁ!!! 私の目が黒いうちは、城の敷居は跨がせないっ!!!』 彼は何時如何なる時も、己の言葉を違える事はなかった。 『どうされたのですか、一体……何があったと言うのです、様!!』 『様!! 何かを守る為に、何かを犠牲にする事は時として必要です。 時に、心を鬼にして重責に翻弄された自分を悟し、 『貴方を特別な人だと考えていました。 『お許し下さい、様。 時に、自分を責めて許しを希い、 『お願いです、様。どうか"もっとしっかりしなくては"などとは、思わないで下さい。 心配だと全身で訴えて、泣いた。 『様は、私の誇りです』 真っ直ぐで、情熱溢れる青年。真田幸村。 「…っ…う…ん……ん?」 水滴に頬を打たれて、目を覚ました。 「幸村さん?」 自分を包み込むようにして倒れているのが彼だと分かって安堵した。 「あ、そうだ…台風……あの時…水路…かな? 落ちたんだっけ…」 虚脱感の残る体に鞭を打ちながら、幸村の下から這い出た。 「…ここは……どこだろう…?」 見渡せる床の半分は、まるで大きな水槽のようだ。 「幸村さん、起きて。ねぇ、幸村さん」 「…っ…くっ……様…?」 横たわる彼を仰向けにしてから揺さぶれば、程無く幸村は目を覚ました。 「良かった」 安堵を露に胸を撫で下ろせば、幸村は飛び起きて、の肩や頬に触れた。 「様!! ご無事ですかっ?! どこかお怪我はっ?!」 「ないよ、全然。大丈夫」 縋りつくように、それでいて今にも泣き出しそうな視線。 「良かった、本当に…ようございました…」 幸村は感動と安堵のあまり、を思い切り抱きしめた。 「ごめんね、何時も何時も心配掛けて」 なすがまま、身を任せ、答えるように彼の背に手を回した。 「も、も、ももも、申し訳ありませっ!!」 「あー、もういいから。大丈夫だから。衝動って誰にでもあるものだから。 恐縮し後悔する幸村には苦笑しながら対応する。 「それよりも、幸村さんはどう? 平気? どこも怪我とかしてない?」 幸村は二つ返事で「平気です」と答えると、その場に立ち上がった。 「それにしても、ここは…一体?」 助け出してくれた本人の言葉とは思えぬが、無理もない。
「私もよく分らないんだけど…この水路っていうか、脱出路みたいなの作る時の休憩室か何かかもしれないね。 それから部屋の中央に填め込まれている扉を指で指示した。 「あの扉が外に続いているといいんだけど…」 を守るように立った幸村は、それはないと首を横へと振った。 「残念ですが、それはないやもしれません。もし外に続いているなら、雨水が流れ落ちてくるはずですから」 「あー、そっか。でも、ここにいるよりはいいかな?」 「そうですね、私が開けましょう」 「うん。お願いします」 幸村が扉と向かい合い、立てつけの悪くなっている扉と格闘する事、数分、扉はギシギシと音を立てて開いた。 「…あ。休憩室だったね、やっぱり」 「そのようですね。ただ休憩室にしては、随分と作りがいいようにも思いますが…」 舞い上がった微かな埃を手で振り払いながら、二人で中を覗き込んだ。 「何か使えそうな物ってあるかな?」 「まず、暖を取りましょう。風邪をひきます」 「それもそうだね。何か使える物があるか調べるね。幸村さんは囲炉裏お願いね」 「はい」 二人は部屋に入る前に着物に染み込んだ水分を絞り落とせるだけ落とした。 「良かった〜。これで着物、干せるかも」 独白して備え付けの棚と棚の間に荒縄を張った。 「っ!!」 囲炉裏と格闘していた幸村が、気がついて顔をあげた。 「幸村さん、火、どうなりそうですか?」 「あ、はい。そろそろ点きますよ。ご安心を」 「そっか、良かった。じゃ、幸村さんもさくさく服脱いで乾かしちゃって下さいね」 「え?!」 思わず手にしていた火打石をとり落とせば、は開いたままの板戸を閉じながら「当然でしょう?」と言った。 「いや、で、ですが…あの」 密室に二人きり。
「幸村さん、ここで幸村さんが風邪引いたりしたら、私は本当に路頭に迷って死んじゃうと思うですけど、 「い、いえっ、決してそのような事は!!」 「じゃ、はい。これ巻いて下さいね」 見つけ出した裁断前の布を突き出して、はそれからすぐに背を向けた。 「恥ずかしいだろうから私はこっちを向いていますね。終わったら言って下さい」 「は、はい…すみません」 幸村は落した火打石を取り上げて、囲炉裏に火を入れると、に言われた通り鎧と着物とを脱いだ。 「もう平気です」 「はい」 が振り返って囲炉裏へと寄り添う。 「なんとか一段落ってとこかしら」 「はい」 幸村は囲炉裏を挟んで、の対極に腰を下した。 「幸村さん」 「はい?」 顔を上げれば、が安心しきった眼差しを向けていた。 「ありがとう」 「え?」 意図が掴めずに目を瞬かせれば、は恐怖を隠すように無理に笑った。 「実は今回ばっかりは流石に、もうだめだって…思った」 水路へと落ちた瞬間の事を言っているのだと察して、幸村は喉を鳴らした。
「でも幸村さん、飛び込んで助けてくれた。あんなに凄い流れだったのに……。 眦に浮かんだ涙を指先で拭うを見て、幸村は言葉を失った。 「幸村さん?」 「いえ、勿体ないお言葉です…私は、貴方さえ生きていて下さればそれで良いと…そう思ったまでで…」 彼にしては珍しく言葉を濁していた。 「幸村さん…? あ、もしかして、この前の崩落の時の傷とか痛んでます?!」 身を乗り出そうとするに慌てて、幸村は首を大きく横へと振った。 「い、いえ!! そ、そういうわけではなく…あれは、ただ避ける時に捻っただけで…然程痛みはありません」 「じゃ、何故?」と問われても、返答に困った。 『様は、私がいるから、落ち着いている。 悪い想像だと否定したくても容易には出来なかった。 『誰でもいい、どうか、どうか、早くここへ』
どのような劣勢の戦の中に身を置こうとも、これ程の恐怖と焦燥を感じた事はない。 『私は…間違っていた……そうではないのだ…それでは、いけないのだ…』 今の今まで幸村は思い違いをしていた。
"真田幸村はの為の人柱"
これしか、彼には思い当たらなかった。
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