暗闇の中で見つけた恋 - 孫市編 |
「様ー!! ご無事で何よりでしたわー!!」
意識を失っている間に女中集に風呂に入れられて、体の隅々まで磨き上げられた。 「様!! なんという無茶をされるのですか!!」 「そうじゃ、そうじゃ!! だからあれ程早く城へ戻って下されと…」 「御身をなんとお考えか!!」 「全くじゃ、生きた心地もせんかった!!」 「しかし、ご無事で何よりじゃ!!」 「でも、ご無事で良かったわぁー!!」 大きな瞳を瞬かせるの横に進み出てきた秀吉と家康。 「小言なのか感動なのかどっちかにしたらどうだ」 呆れたような声を上げるのは、政宗。 「あの……」 「なんじゃ?」 「どうされました?」 家康と秀吉が身を乗り出し、抱き付いていたが距離をおく。 「ここは、どこですか?」 「…………………ハイ…?」 「私は……誰でしょう?」 「何ーーーーーーーーーーーーっ?!」 居合わせた全員が悲壮感を顔に貼り付けて絶叫した。 「えっ、あ、な、何? なんなの? ごめんなさい」 「ちょっと待て、本当に誰が誰なのか、自分が誰なのかも分からないというのかっ?!」 三成がにじり寄ると同時に、孫市が身を乗り出した。 「ちょ、冗談きついぜ! 嘘だって言ってくれよ、女神! あの一時は夢幻だったて、そういうのか?!」 彼にしては珍しく取り乱していた。 「やめんかっ!!」 瞬間、孫市へと慶次、三成、左近、幸村の拳が炸裂した。 「お前ら、それナシだろ…普通に……多勢に無勢過ぎないか?」 そんな孫市の姿を見ると自然と胸が痛んだ。 「…ごめん…なさい…」
孫市の行動にあの一瞬は恐れ戦きはしたものの、彼の切羽詰った様子から何かを感じ取ったようだ。 「……本当、俺の女神は酷だな……ま、そこが魅力的なんだけどな」 空元気丸出しで言えば、が微かに視線を動かした。 「……ごめんなさい……ごめんなさい…」 悲しいと、悔しいと、切ないと、は泣いた。 「伝令!! 西の城壁全面崩壊!! 城下が完全に水没致しました!! 城内へも水が!!」 瞬間、が目を大きく見開いた。 "……一日…遅れで………こっちにも同じ事が起きてる……?" 現代とは似ても似つかない脆い平屋造りの家屋を見下ろし息を呑み、
"バカか、お前はっ!! 周りを見なさいよ!! こんだけ天候が荒れてくれば、いい加減分かるでしょ?! もめ事を起こした大工の棟梁を素手で殴って叱責した。 "ああ、それよりも聞いてくれ。旧城は一先ず無事だ。 "早速だけど補強手伝って!! 今は一人でも力のある人が必要なの!! 帰還した慶次から得た情報と自分が下した命令。 "落ち着け、一体どうした? 何があるというんだ。言ってみろ" "……あ、あ…み、三成…どうしよう……どうしよう……またくる…" "なにが?" "台風……それも、この前のより……ずっとずっと大きいの……沖合いで三つの低気圧が一つになっちゃったって…!!" 『…そうだ、台風だ……今、領は…台風に脅かされてる…!!』 入り乱れる記憶に翻弄されて呻いた。 "……四日後……四日で来る…" "よし、迎え撃つぞ" "どうやって?! 自然災害なのよ?!" "だがこの前は乗り切った。こっちは兵糧も薬もある、怪我人も少ない。 『…備えなきゃ……また来る……備えないと……皆が死んでしまう…!! そんなの、ダメだ!! 護らなきゃ!!』
痛みに耐えかねて両手で頭を抱えて身を捩れば、周囲が尚のこと、慌てふためいた。 『…知ってる…私は、この人達を知ってる……困難になる度、私は、この人達に守られてきた…』 天に轟いた雷鳴。 "様、どうか動かないで下さい!! 崩れますっ!!" 『!!!』 若武者に呼ばれた名こそが、自分の名だとはっきりと自覚した瞬間、は大声で叫んだ。 「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」 呼び覚まされた記憶の本流が、苦痛を越えて、その先を事細かに見せて行く。 "慶次さん、これ、力一杯外へ投げてっ!! 今すぐっ!!" 慶次に向けて投げ放ったツール。 「あ、ああああ!! あ、ああ、ああ、あああ!!」 は腹の底から声を上げ続けて、己の体を掻き抱いてのたうち回った。 「医者じゃ!!」 「誰ぞはよう医者を呼ばぬかッ!!」 秀吉、家康が血相を変えて叫び散らすのを、が掌を突き出して留めた。 「必要ない!! それよりも、今は対処が先!! 「ハハッ!!」 皆が目を丸くしての動向を見守れば、は何時もの調子を取り戻したように、すぐさま立ち上がった。 「って、皆、こんなところで何してんですか!! 早く、持ち場に戻ってっ!!」 バランス感覚を取り戻したは、呆然としている面々の前を夜着のまま通り抜けた。 「な、おい、こら、待て!!」 「姫?!」 「様!! お体は…」 「お、おい!! 思い出したのか?!」 「さん、ちょっと待ってって」 慌てて追い縋ってきた面々を無視して、は階下へと続く階段を下りた。 「お、おお! …おお、姫様!!」 「ようお目覚めになられました!!」
詰めていた諸将の感嘆に頷くことだ答えたは、現状を把握しようと机の上に散らばる報告のメモを取り上げて読み始める。そんなを補佐するべく、各人が動き始めた。
「とにかく、皆、気を引き締めて!! まずはこの状況を打破する事が先決です!! 『全く…本当に残酷な人だ』 「孫市さん、ぼやっとしないで!! 火の管理、お願いします!!」 の言葉を受けて、孫市はその場に揃った城家臣団と共に改めて顔に覚悟と闘志を貼り付けた。
四方八方を滅茶苦茶にして去った台風二連発を凌ぎきり、復興へと動き出した新生城天守閣に座すは、目の前に座る孫市に対して苦笑いを見せていた。 「ごめんなさい…本当に何一つ、覚えてないんです」 記憶を失ったと言った瞬間に見せた落胆した表情に罪悪感があるのか、は両手を合わせる。 「孫市さんには色々お世話になったのに…本当に、ごめんなさい」 「で、俺の女神はどことどこを覚えてるんだ? 聞かせて欲しいね」 腹を据えた孫市にとっては、前後関係はもうどうでも良かった。 「ええと……そう、あのツール! 慶次さんに投げてもらって…それから……っ…!」 それ以上を考えようとすると、酷い頭痛を引き起こすのか、は顔を歪ませる。 「それで……その後は……気が付いたら、ちゃんが抱き付いてきて……」 「…惨敗か…」 肩を落として、盛大に孫市は息を吐いた。 「す、すみません」 「いや、いいさ。仕方ない、すぐに記憶が戻っただけでもめっけもんさ」 「咎めないんですか」
「咎めようもないさ。極限状態の中で得た記憶は、時として気が緩むと同時に消える事があってね。 「…孫市さん」 「俺としては、思い出すように努力してもらえりゃ、僥倖だけどね」 そう言って孫市は立ち上がる。 「気に止む必要はないぜ。ただ振り出しに戻っただけさ。 労われ続けるのが苦しくて、は己の唇を噛みしめる。 「ほら、またそんな顔をして。何時も言ってるだろ? 伸びた指先で頬を撫でられる。 「無理しなくていいって言ってるだろ」 表情を曇らせるの頭を撫でて孫市は笑った。 「ごめんなさい、やっぱり思い出せない……でも…ね…」 「ん?」
「なんだか、とても大切な気がするの。この傷も、孫市さんの掌がくれる温もりも……だから、思い出したい……。 「考えなくていいさ。記憶は薄れても、魂が覚えてる。それで充分だろ?」 の言葉に満足したのだろう。 「さて、俺はそろそろ行くぜ。ここにいると、このまま貴方の弱さにつけこんで襲っちまいそうだからな」 珍しく直球な軽口を叩いて孫市は身を引いた。 「もー!! とっとと、行っちゃえ!! セクハラ大王!!」 「そうそう、貴方はその意気だ」 孫市の明るい声を聞いて、もまた小さく微笑んだ。
の私室を後にして、ほんの少し歩くと、孫市は歩みを止めた。 「とは言ったものの…未練たらったらだな…俺」 慰みにもならない独白を漏らせば、孫市の前に半蔵が降り立った。 「なんだよ?」 本当は微塵も余裕がないと視線に滲ませれば、半蔵は淡々と言った。 「悩むな。あの夜あった事は仮初でもなく幻でもない。少なくとも、影が知っている」 それからすぐに半蔵は姿を消した。 「ま、難攻不落な女だから、燃えるんだしな」 再び歩き出した孫市の顔には、もう迷いや悲しみはなかった。
"遠い未来との約束---第三部" 了
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救ったはずだった。過去からは逃したはずだった。その事実が例え消えてしまったとしても…諦めない。 何度でも、何度でも、彼女が笑ってくれるまで救い続ける…。それが仕事人・孫市ならでの恋模様。(09.03.23.) |