暗闇の中で見つけた恋 - 左近編 |
「………実感がないなぁ…」 「え?」 「…実感がね……全然なくてね……そう……何もかもが…夢……」 ぼそぼそと呟くようには話す。 「姫ッ?! よせ!!」 伸ばした手で取り上げた黒い塊―――――火箸で、己が喉を突こうとするの腕を掴み、揉み合う。 「放して、きっとこんなの夢!! 悪い夢なんだから!! 「いい加減にしろ!!」 少し力を込めて引き寄せれば火箸が宙へと飛んだ。 「ッ!?」 痛みで顔を顰めれば、左近は畳に刺さった火箸を片手で引き抜き、の手の届かぬ所へと放った。
「止めろ!! そうだ、熱いだろう? あんたは生きてる!! これは夢じゃない!! 動揺を示し、宙を泳ぐの瞳を真っ直ぐに見据えて、左近は問いかけた。 「…それとも、夢がいいというのか? 夢の方が、良かったと? 左近達と出会ったことすら、夢にしたいと?」 するとは眉を八の字に曲げて両の瞼を閉じた。また涙が溢れる。
「実感が…ないの……私の世界は、とてもとても平和で…戦なんかなくて……とても便利で…こっちとは雲泥の差。
吐露された言葉の中に、自分を巻き込んだ事への自責が含まれていた事に左近は目を見張った。 『…本気かよ……なんで…そんな感情にまで………』 「…怖い…逃げたい……こんなの現実じゃないって…思いたい…」 「怖い」と言っていた。ずっと、ずっと泣いていた。 「…だって、私のせいで………左近さんまで……死んじゃうところだった…」 この人は夢ではない事を知っている。 「……死にませんよ、姫も、左近も…」 知ってしまえば、溢れて来る愛しさを思い留めることなど出来なくなった。 「この俺が、そんな事、許しやしませんよ…。 泣きながらも視線で問い返したの唇に優しく己の唇を落とせば、は瞳を大きく見開く。 「左近さん、助けてくれて、ありがとう………怖かった、すごくすごく、怖かった…でも、嬉しかった………」 腕と腕を絡めたの顔には探していた物を見つけ出したような安堵が広がる。 『…参ったな、完全に俺の負けだ…命を張っただけはある……得難いものを手にしたもんだ…』 「姫、誤解のないように、ちゃんと言っときます。 「…うん……左近さん、大好き…」
どうっ!! と轟音を上げて、填め込まれていた板戸が吹き飛んだ。 「邪魔だったか」 「ええ、まぁ……ああ、それよりも半蔵さん、傷薬、持ってませんかね?」 左近が半蔵の視線からを隠すように腰の周りに落ちていた布を手繰り寄せる。 「これ、火傷にも効きますかね?」 「伊賀の秘薬だ。効かぬものはない」 「それを聞いて安心しましたよ、女の肌に火傷の痕なんて残したかないですからね」 薬を塗り終えた左近は薬瓶に封をして半蔵へと投げ返した。 「さて、それじゃ、戻るとしようか」 独白を受けて、半蔵が一つ手前の部屋へと身を引く。 「こんなとこにありましたか」 察しをつけていたのかと視線で半蔵が問えば、左近は肩を竦める。 「色々ありましてね、それどころじゃなかったんですよ。 半蔵を先頭に、縦横無尽に走る細い通路を進み続けた彼らは、最終的に城の地下室へと辿り着いた。 「ああ!! 姫様じゃ!! 姫様が戻られたぞっ!!」 最下層で従事していた民が人影に気が付いて視線を移した。 「まぁ、大変、意識が!!」 「なんと冷えて……誰か、床と湯の支度を急ぐのです!!」 「姫様、姫様!! どうかお目覚め下さい!!」 想定していた通りの反応だなと、左近は小さく息を吐いて歩き出した。 「すいませんがね、湯殿までは左近がお送りする事になってんですよ」 をひったくろうと手を伸ばした女中集の手を巧みに交わして、左近は歩みを進める。 「お、さんじゃないですか。丁度いい、頼みますよ」 脱衣所まで付いて来た女中集と、その場へ先に着いていたらしいへと、左近はを預けた。 「左近」 「おや、殿。しばらく会わない間に少しやつれましたか?」 「減らず口はいい。あいつはどうしてる?」 「まぁ、無事ですよ。左近が下手を打つとお思いで?」
思慕の念を寄せる君主と信頼する部下を同時に失うかどうかの瀬戸際で、相当、精神をすり減らしていたのだろう。 「ふん、悪運の強い奴らだ」 三成らしい言葉に苦笑し、左近は身を翻した。 「さて、俺らはそろそろお暇しましょうか? 姫はこれから入浴です」 三成を促して左近はその場を後にした。 『無理もないか』 視線を外した半蔵もまた安堵の息を漏らすと、己が業務へと戻って行った。
「様ー!! ご無事で何よりでしたわー!!」
意識を失っている間に女中集に風呂に入れられて、体の隅々まで磨き上げられた。 「様!! なんという無茶をされるのですか!!」 「そうじゃ、そうじゃ!! だからあれ程早く城へ戻って下されと…」 「御身をなんとお考えか!!」 「全くじゃ、生きた心地もせんかった!!」 「しかし、ご無事で何よりじゃ!!」 「でも、ご無事で良かったわぁー!!」 大きな瞳を瞬かせるの横に進み出てきた秀吉と家康。 「小言なのか感動なのかどっちかにしたらどうだ」 呆れたような声を上げるのは、政宗。 「あの……」 「なんじゃ?」 「どうされました?」 家康と秀吉が身を乗り出し、抱き付いていたが距離をおく。 「ここは、どこですか?」 「…………………ハイ…?」 「私は……誰でしょう?」 「何ーーーーーーーーーーーーっ?!」 居合わせた全員が悲壮感を顔に貼り付けて絶叫した。 「えっ、あ、な、何? なんなの? ごめんなさい」 「ちょっと待て、本当に誰が誰なのか、自分が誰なのかも分からないというのかっ?!」 にじり寄る三成の後方に控える左近は顔面蒼白だ。 「…ごめん…なさい…」
三成の剣幕に驚き、後方に控える男の悲壮感溢れる表情に罪悪感を覚えたらしいは、顔を伏せた。 「…姫…」 呼ばれて、それは自分の事なのかと、顔を上げ、瞬きを繰り返す。 「まぁ、いいじゃないですか、記憶くらい。こうして生きてんだし」
軽い口調で言ったつもりが、言葉とは裏腹に表情はそうではなかったようだ。
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