暗闇の中で見つけた恋 - 幸村編 |
「様ー!! ご無事で何よりでしたわー!!」
意識を失っている間に女中集に風呂に入れられて、体の隅々まで磨き上げられた。 「様!! なんという無茶をされるのですか!!」 「そうじゃ、そうじゃ!! だからあれ程早く城へ戻って下されと…」 「御身をなんとお考えか!!」 「全くじゃ、生きた心地もせんかった!!」 「しかし、ご無事で何よりじゃ!!」 「でも、ご無事で良かったわぁー!!」 大きな瞳を瞬かせるの横に進み出てきた秀吉と家康。 「小言なのか感動なのかどっちかにしたらどうだ」 呆れたような声を上げるのは、政宗。 「なんにしても無事だったんだから良かったじゃないか」 「そうそう、命あっての物種だぜ、そう喚くなよ」 軽い調子の慶次と孫市の声に、三成の声が重なった。 「全く、どこまで世話掛ければ気が済むんだ。お前も幸村もボロボロだったぞ、何があった?」 「殿、こんな時くらい少しは素直におなりなさい。 「俺の目はそんな事にはなりはしない」 毎度毎度成長のないやりとりを見ているはずなのに、何故かの反応は鈍かった。 「あの……」 「なんじゃ?」 「どうされました?」 家康と秀吉が身を乗り出し、抱き付いていたが距離をおく。 「ここは、どこですか?」 「ハイ?」 「私は……誰でしょう?」 「何ーーーーーーーーーーーーっ?!」 全員が悲壮感を顔に貼り付けて絶叫すれば、は脅えたように体を縮み上がらせて、へと抱きついた。 「えっ、あ、な、何? なんなの? ごめんなさい」 「ちょっと待て、本当に本当に、誰か分からないというのかっ?!」 三成がにじり寄ると同時に、左近、慶次、孫市が身を乗り出す。 「……ごめんなさい……ごめんなさい…」 悲しいと、苦しいと、切ないと、は泣いた。 「伝令!! 西の城壁全面崩壊!! 城下が完全に水没致しました!! 城内へも水が!!」 瞬間、が目を大きく見開いた。 「地下、一階共に破棄!! は弾かれるように叫ぶと、すぐに立ち上がった。 「ハハッ!!」 「って、皆こんなところで何してんですか!! 持ち場に戻るっ!!」 「えっ?! は、ハイ? も、もう戻られたんですかいの?!」 「ハァ?! 何いってんですか、秀吉様。そんな事より早く行きますよ!」 あまりに早過ぎる展開についてゆけないと、目を白黒させる一同を意に介さず、は歩き出した。 「な、おい、こら、待て!!」 「姫、ちょっと待って下さ…」 「お、おい!! 思い出したのか?!」 「さん、ちょっと待ってって」 慌てて追い縋ってきた面々を無視して、は階下の評議室へと向うべく歩き続けた。 「ねぇ、幸村さんは?」 その場にいない幸村の事を気にして、問いかける。
「とにかく、皆、気を引き締めて!! まずはこの状況を打破する事が先決です!! の言葉を受けて、その場に揃った城家臣団は改めて顔に覚悟と闘志を貼り付けた。
四方八方を滅茶苦茶にして去った台風二連発を凌ぎきり、復興へと動き出した城の四階。 「…お目汚し申し訳ございませぬ…」 青白い顔の幸村の言葉にはぶんぶんと強く首を横へと振って見せた。 「そんな事ない、皆から聞いた。私がとんでもない無茶をして、幸村さんが助けてくれたって事」 不思議な物言いをすると幸村がほんの少し首を傾げれば、の後方に控えていたが代わりに口を開いた。 「お城へ旦那様がお二人を連れて戻られた後に分かった事なのですけれど、様は記憶をなくされていましたの」 「え!?」
「う、うん…そうみたいなの…だからね、実は幸村さんに助けてもらった時の事は、まだ思い出せなくて…。 ぺこりと頭を下げられて幸村は言葉を失った。
「仕方ないのですわ。お医者様の見立てでは、極限状態の中で得た記憶は、気が緩んでしまったのと同時に、 呆然とする幸村と、申し訳なさそうに背を縮こまらせているを見て、はなんとか取り成そうと懸命に言葉を紡いだ。 「私、思うのですけれど…なくなってしまった記憶は、きっと様にとって、とてもとても大切な記憶で…。 の言葉を受けた幸村は複雑な顔をした。 「でも、でもご安心下さいませ。記憶は記憶、決してなくなりはしませんわ」 が顔を上げて、後方のを見やった。 「ならさ、もしかしたら思い出す事もあるかもしれないって事?」 「はい。それに…無くしてしまったのなら、それ以上の記憶を作ればいいのですわ。 「そう…ですね、殿の言葉通りやもしれません」 「幸村さん?」 が幸村へと視線を戻せば、彼は苦笑していた。 「あれは一時の夢、それで良いのです」 「本当に…そう思ってます?」 含みのある視線、そしてストイックな幸村の性質を気にして問いかける。 「今だから言えますが…私は天に願ったのです。貴方を救えるのならば、我が命を捧げても構わないと」 「えっ!?」 瞳を大きく見開いて立ち上がりかけたへ、まぁまぁと掌を動かして宥めて、それから幸村は続けた。 「けれど天は私の命を奪わず、様も救って下さった。きっと、あの一時の記憶が供物となったのでしょう」 「…幸村さん…」 少し寂しさはあるけれどと幸村は苦笑する。 「命の記憶、どちからが重いかは歴然です。様、どうかお気遣い下さいますな。 「幸村さん、ありがとう。本当に…助けてくれて、どうもありがとう」 幸村の言葉に胸を打たれたは、頭を再度下げた。 「いいえ、どういたしまして」 そうでも言わなくては、が延々と頭を下げ続けると判じたのだろう、幸村は努めて軽い口調で言った。 「様、私は貴方の臣です。武士として、貴方の為に命を張れるのであれば本望です。 「…はい…」 顔を上げたと幸村の視線が宙で絡む。 「様、そろそろお暇しましょうか」 が控えめに、尚且つ申し訳なさそうに問えば、二人は慌てて反応した。 「そ、そうだね。うん、じゃ、そろそろ行くね」 「は、はい…わざわざ有り難うございました」 「…い、いえ…」 の手を借りて立ち上がるの手には真新しい包帯。 「平気、平気、本当は大したことないの。皆大袈裟だよね?」 「は、はぁ…」 「じゃ、本当に今日はこの辺で失礼しますね」 「はい」 とともに室から出ていくを見送れば、途中でが足を止めた。 「あ、そうだ。幸村さん」 「はい、なんでしょう」 が振り返り、忘れるところだったと問う。 「早く、元気になって下さいね。で、約束のお汁粉、食べに行きましょうね」 「え? 汁粉?」 「あれ? 約束…してませんでしたっけ?? 気のせいだったかな?」 が唸って首を捻る。 『お城に戻ったら、また一緒に城下に行こうね。 幸村は穏やかな笑みをもって答えた。 「そうですね、行きましょう。買い物もして、その夜は湯でまた音曲を」 「あ、いいね。それ! 勿論、見張りは幸村さんでしょ?」 「はい、三成殿にバレてもご安心を。説教にはきっちりとお付き合いさせて頂きますので」 「あはは、頼もしいな〜。じゃ、その為にも早くお互い元気にならないとね」 「そうですね」 「じゃ、またね」 「はい」 軽い足取りで出て行ったを見て、安堵の溜息を吐き、自らもまた横になる。 『…ドラマのね、遭難した人同士の恋がどうの〜って話。あれさ、本当は嘘。やっぱり、惹かれるね 』
『…何時も無茶出来たのは……何かあった時、必ず、必ず幸村さんが私を助けてくれるって… 眼を閉じればすぐにでも思い出す言葉の数々。 「天よ、我が命を見逃したこと、感謝致します。願わくば、これからもあの方を護る力を、我が身へとお与え下さい」 独白した幸村の顔には柔らかい微笑み。
"遠い未来との約束---第三部" 了
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大胆不敵な人だと思っていた。けれども、そうではなかった。そうさせるだけの安堵を与えていたのは自分という存在だったのだ。(09.03.08.) |