人は石垣 |
攻め上げてきた敵兵を上手く陣中へと誘き寄せた左近は、頃合を見計らうと水瓶に用意した水を被り、叫んだ。 「よしっ!! 火を放てっ!!」
陣を囲むように伏せられていた蜂須賀小六の兵が本陣目掛けて火を放てば、一気に本陣が燃え上がった。 「逃げなさんな、地獄まで一緒に来てもらうぜ!!」
大太刀を奮う左近の雄姿に奮い立たされているのか、伏せられていた兵が小六の号令とともに追撃を開始する。
自然災害の爪痕生々しい森林に、本陣から上がった火の手が及ぶ。 「ほほぅ、火計かね」 「しかし周囲はまだ水が捌けておりませぬ…消えるのも時間の問題かと」 「そうじゃのう」 「それにしても本陣で火計とは…狂気ですな」 「……それだけ護りたい者があるという事かね。じゃが囮には何を使ったやら…」 自身の配下武将と言葉を交わす男の元に、毛利勢の鎧つをつけた兵士が駆け込んで来て何かを告げた。 「ふむぅ…これはまた……驚きじゃな……下策も下策か」 後方に控える騎馬に跨る将が、主の意向を汲もうと視線を向ければ、男は口の端で薄く笑った。 「軍師自らを囮とはのぅ…左近も変わったのぅ…。もう良いよ。窮屈じゃったろぅ?」 斥候として毛利勢に扮していた兵に声をかければ、兵はすぐさまその鎧を脱ぎ捨てた。 「お下知を」 「まだじゃのぅ……もう一手、欲しいところじゃ」 騎馬の上で軍配を弄ぶ男は、仮面に隠した眉を動かして暮れてゆく空を眺め続けた。
「…やっぱりこうなるわけね…?」 「…秀吉の読みに間違いはなかったみたいだねぇ…」 慶次の背に庇われながら、は引き攣った笑みを浮かべていた。 「まぁ、新築の城だけあって、時間はそれなりに稼げたみたいだが…」 評議場を逃れたを取り囲むのは、毛利から放たれたらしき乱破だ。 「そう易々と抜けると思いなさんな!! 前田慶次、まかり通る!!」 慶次が吼えて、鉾を奮った。 「急げ、こっちだっ!!」 「姫様をお守りするんじゃー!!」
階下では城に残された僅かな手勢と、町民で構成された義勇兵が奮戦するものの、こちらも旗色が悪かった。 「こっちはいいから、消火を急いで!!」 「は、ははっ!!」 階下では水桶片手に走り回る兵と、いたちごっこのように上がる小火。 「くっ…!!」 「慶次さん!!」 「気にしなさんな、下がってな!!」 繰り出される攻撃に手を焼きながらも、慶次は敵の魔手がに伸びる事だけは防ぎ続けていた。 「せいっ!!」 掛け声とともに複数の突忍が突進してくる。 「きゃぁっ!!」 慶次のガードを崩せず、進路を僅かに逸れた突忍はそのままの勢いでへと迫った。 「オラァ、待てやァァァァァ!!」 突忍との間に割り込んだ野太い二の腕は、をしっかと庇い、徒党を組む猛者の中へと覆い隠した。 「へっ?! え、えっ? と、棟梁さん?!」 が目を白黒させながら見上げれば、を囲う半裸のいかつい男達は、己の腕や首周りをガキゴキと鳴らしながら剣呑な眼差しを見せた。 「おう、姫さん。何時ぞやは世話になったな!! 今度は俺らが助けてやるから、安心しな!!」 「おうよ!! 棟梁の言う通りだ!!」 「そうだ、そうだ!!」 ヤクザばりの風体の悪さと眼光の鋭さで、彼らは凄む。 「やい、テメェら!! 忍だかなんだか知らねぇが、俺らの姫さんに汚ねぇ手で触るんじゃねぇよ!!!」 「何のつもりかしらねぇが、俺らの目が黒い内は姫さんには指一本触れさせねぇ!!」 「かかってこいやぁ!!!」 粋な啖呵と共に、男達は前へずずいと進み出る。 「皆…」 「様! さ、こちらへ…」 「う、うん……皆、本当に有り難う!! 無理しないでね!!」 肩越しにを見降ろして頷いた大工衆は、がと共に突忍の包囲網から逃れたのを確認すると同時に、 「こっちとら力で飯食ってんだ!! 舐めんなっ!! デカブツゥゥゥゥゥ!!」 襲い来る突忍と真っ向から取っ組み合い始めた。 「お、頼もしいねぇ。じゃ、こっちも本腰入れようかっ!!」 切った口の端を拭い、慶次が旋忍へと標的を定める。 「様、こちらですわ!!」 「うん!!」 奮戦する彼らの邪魔にならぬようにと、とは部屋の隅から隅へと逃げ続けた。
一方戦地では、後詰が豊臣秀長の指揮の元、統制のとれた動きで毛利軍本隊とぶつかり合っていた。 「先駆け・真田幸村ここにあり!! 我こそはと思わん者は前へ出よっ!!」
奇襲後の敗走で行方知れずになっていた幸村が、民を安全な地へ逃がした後でこの地へと戻って来たのだ。 「幸村殿に負けるな!! の兵よ、今こそ正念場ぞ!!」
後詰を率いる秀長が叫び、続いて兵も咆哮する。森林を盾に陽動作戦よろしく奇襲と戦略的撤退を繰り返していた蜂須賀小六が、手勢を率いて幸村を救うべく進撃し始める。 「立て直される前に、兵糧を焼き払うんさっ!!」
秀長率いる本隊を囮にした秀吉が、少数で敵の兵糧庫を見つけ出し急襲したのだ。
「なっ!! ちょ、冗談でしょ!?」 「まぁ…ど、どうしましょう…!!」 と手を取り合って逃げていたは、階上へと上がる階段を駆け上がって飛び上る程驚いた。 「慶次さん、気をつけて!!」 背を護ってくれている慶次へと声をかければ、慶次は視線だけで答えた。 「様、私、参ります!!」 「えっ?! ちゃん、どこに?!」 「階下へこの事を伝えに行きますわ!! 大丈夫です、敵はきっと私になど目もくれないはず!!」 消火隊を呼びに行くと言って登って来たばかりの階段目指しては壁伝いに小走りになる。 「無理しないで!! 出来れば逃げるか隠れるかしててね!!」 は叫ぶと後ろ髪引かれる思いを振り切り、踵を返して駆け出した。
威勢こそ落ちただけで本陣の火計は未だ燻り続けていた。 「んじゃ、こっちもいっちょ行きますか!!」 焼けた板を蹴り飛ばして、左近が立ち上がる。 「ひっ!! 鬼左近だ!! 左近が来るぞ!!」
脅える敵兵を蹴散らしながら進軍を開始した左近を囲うべく、新たな隊が送り込まれてくる。 『おい、この戦…勝ち戦じゃなかったのか?!』 『どうしてだ?! なんでこいつらこんなに強いんだ…!!』 『疲弊してるのはあいつらのはずなのに…!! 勝てない!!』 災害に乗じての出兵であれば、併呑も楽に済んだはず。 『…ここで火が戻るかね…』
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