人は石垣 |
「やれやれ、情勢は決したのぅ…天意は人ならざぬ者を欲するかね」 見物を決め込んでいた男が、ついに心を定めて動いた。 「?! 風林火山だとっ?! 武田騎馬隊か!!」 「な…これは……?! お舘様?!」 敵兵に囲まれながら武を奮う左近と幸村が別々の場所で顔色を変えた。 「さぁ、蹴散らそうかね!!」
動きの止まった兵の波を斬り裂きながら、所狭しと雄々しき騎馬が土煙を上げて駆け抜ける。 「武田信玄、義によりて殿にお味方致すっ!!」 彼の声に呼応して、彼に続いた騎馬隊が駆け、毛利軍の隊列を掻き回した。 「なっ……ば、馬鹿なっ!! 貴様は、我らの援軍のはず!! 裏切るというのかっ!!」 「裏切る? ワーハッハッハッ!! 勘違いしてもらっちゃ〜、困るよ。 「なっ!!」 顔面蒼白となった毛利の将の背後に、影が舞う。 「御首頂戴」 「ぐあっ!!」 将が討たれた事で兵の間に動揺が走れば、すかさず幸村が声を張り上げた。 「聞け、毛利の兵よ!! 今、将は討たれた!! 小さな動揺は、徐々に大きな波紋となって広がり、あちこちで兵から戦意を喪失させた。 「引けば見逃してやる!! だが、まだやるというのなら!! 覚悟をする事だ、地獄へ落ちる覚悟をな!!」 左近が吼え、その言葉を肯定するように、領へと続く森がざわめく。
と別れて逃げ惑うの息は段々と上がり始めていた。 「さん、大丈夫かい?!」
背を預かる慶次に声をかけられても、すぐには答えられず、頷くことで精一杯だった。 「覚悟!!」 何度そう言われただろうか。 「?」
こんなかっこうのチャンスを敵が見逃すはずもないのに決めの一手が及ばぬ事に不審を抱き、顔を上げた。 「さんっ!!!」 慶次が気がついて手を伸ばそうとするものの、火薬壷から先に閃光が迸った。
「残る兵糧、武具は全部分捕りじゃ!! 城へ運ぶんじゃっ!!」
兵糧庫を制圧した秀吉が、率いていた兵へと下知すれば、兵は陣に射かけていた火を消し始めた。 「兄上ーーー!!」 「秀吉〜!!」 豊臣秀長、蜂須賀小六が兵を統率し、秀吉の元へと合流をし始めた頃、災害の爪痕残る森林を越えて、援軍となる徳川家康と竹中半兵衛が現れた。 「徳川家康、推参!! 目にもの見せてくれようぞーー!!」 「いやだ、俺は……俺は、死にたくない、いやだぁぁぁ!!」 「お、俺もだ…こんなところで死にたくないよぉぉぉぉぉ!!!!」 逃げ惑う毛利の兵はいよいよ旗色悪しと悟ると、我先にと武器を捨てて敗走し始めた。 「くっ……も、もう良い、撤収せよ!!」 辛うじて残っていた将も、兵糧庫を落され、圧倒的な力を持って駆け回る武田の騎馬隊を見ると、策を弄じて形勢を盛り返すのは無理と判じたのだろう。口々に撤退命令を発し始めた。 「この戦では捕虜はとらん!! 投降を望む者以外は皆、追い返すんじゃ!!」 秀吉の言葉に、逃げ遅れていた毛利兵の間に安堵が広がる。 「…なんとかなったな…」 左近が肩で息を吐いて馬首を返し、奮戦していた兵を労う意味を兼ねて、幸村が叫ぶ。 「勝鬨を上げよ!!」 幸村の声に呼応した兵の勝鬨が上がり、それに追い立てられるように毛利は自領へと逃げ帰って行った。 「…お舘様、お久しゅうございます…」 騎馬を巧みに操って、敗走する毛利勢に睨みを利かせる信玄の元へと幸村が進む。 「おお、元気じゃったか。幸村」 「はい!!」 快活な声を上げた幸村の後方から、左近も合流した。 「信玄公、まさかここで出てくるとは思ってもみませんでしたよ」 「わし、カッコ良かったろぅ?」 「ええ、助かりました」 「うんうん、気にせんでいいよぅ。ところでの、頼みがあるんじゃがの」 幸村が目を見張ると同時に、何かを察したように左近が不敵に笑い、頷いた。 「言われるまでもない、ご案内致しましょう?」 「おー、話が早くて助かるのぅ。時に左近」 「はい?」 「殿は美人さんかのぅ?」 「ええ、とってもね、いい女ですよ?」 「え? あ、あの…お舘様??」 目を白黒させている幸村の肩をぽむぽむと撫でつけて、信玄は馬首を城へと向ける。 「さて、凱旋しようかね」 「あ、は、はい!!」 意味深に光る信玄の眼差しに気付かぬ幸村は、嬉しそうに破顔した。
パラパラと木片を飛ばして爆ぜた火薬壷。 「…さ…ん……嘘だろ…!?」
慶次が擦れた声で名を呼んだ。もくもくと上がる黒煙の向こうは、まだ見えない。 「…あ……ぁ……どうし…て?」 の事を護るように包み込むのは、人よりもずっと低い体温。 「我は…風魔………凶つ風…」 思いもよらぬ助太刀には目を白黒させ、慶次もこくんと喉を鳴らす。 「毛利よ…今度は負け戦よ……」 攻めよせる忍に動揺が走る。 「我と斬り結ぶか? ……それもよかろう…」
距離を置くだけで暗殺を諦めぬ敵の忍を冷酷な刃で穿ち、風魔は歩みを進める。 「ふ、風魔…!!」 呼ばれて立ち止った風魔は肩越しにを見下ろすと、またすぐに視線をから外した。 「…火傷……私のせいで…」 「勘違いするな…うぬはよき座興……それだけよ…」 「…風魔…」
慶次が風魔に対しても、毛利から放たれた乱破と同様に警戒心をむき出しにして歩き出す。 「悪いね、我慢してくれ」 「う、うん」 体裁に構っている暇はないと相槌を打つと慶次。 「ちょっ!! 止めてよっ!! 火事になるじゃないよっ!!」 何時もの調子を取り戻し、叫んだに向かい飛んだ手裏剣を、慶次が鉾で叩き落とした。 「…終わりだ…」 城から忍の気配が消えたのを確認した後、風魔は身を引いた。 「待って、風魔!!」 立ち止ってを見下ろした風魔に、は言う。 「ごめん、私のせいで……でも、有り難う。助か」 言葉は最後まで続かなかった。 『今回は見逃してやるよ、お前さんの手柄だからな』 『ほう、それはまた恐悦至極』 身を起こした風魔と目を細めて彼を睨む慶次との間で交わされた暗黙の会話の内容は、さしずめこんなところだ。 「……あいつはどーして何時も無軌道なの? …この際だから階段から落ちて、瀕死になればいいのに…」 風魔が立ち去り、ようやく我に返ったは己の着物の袖で唇を拭いながら低い声で呟いた。
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武田信玄登場。果たして彼は味方になるのか、それとも…。(09.10.26.) |