誓約書

 

 

「武田信玄」

 面をつけ直した信玄が、顔を上げた。呼ばれるまま進み出てくる。

「何かね?」

「主の前であるぞ」

 の言葉に、皆が目を丸くした。信玄自身も大層驚いていた。
はしばらく黙して、信玄をまっすぐに見た。
立っていた信玄がその場に腰を落とし、礼をする。

「これより、そなたには武田騎馬隊改め、騎馬隊の頭領としての任を言い渡す。
 旗は風林火山のままでよい。"人は城、人は石垣、人は掘、情けは味方、仇は敵"。
 この信念違えぬよう、民の為、の為、尽くすがよい」

「はは、承った」

 深く礼をしてから顔を上げた信玄と視線を合わせたは、それからすぐに表情を崩した。

「あー、なんかこういうの、慣れないね」

 照れくさそうに笑うへと、確認の意を含んだ視線を左近が送れば、は己の胸元へと視線を移した。
撃たれた場所を撫でていう。

「あの時、信玄公…本当に心配してくれてた。
 大きな両手で抱え込んで、庇ってくれて………とっても安心した。
 これからきっともっともっと色んな事があるんだろうけど、大丈夫。この人は、信じるに値する。
 彼を得た事で何かがあったとしても、一緒に乗り越えて行けるんだ…って、そう思った」

「左様ですか」

「うん、だからこれでいいんだ。きっと」

 晴れやかな笑みを浮かべたは、信玄へと視線を移してぺこりと頭を下げた。

「改めて、これから宜しくお願いしますね。信玄公」

「ワッハッハッハッ!! それじゃー、頑張っちゃおうかね」

「はい、期待してます。でもまず今は、復興作業からね?」

 和やかな空気が二人の間に流れる。
その空気に茶々を入れるのは申し訳ないとは思いつつも、看過できる事でもない。
 こればかりは、の口からきちっりと説明してもらわねば困ると、家康が切り出した。

「時に、先程のアレは一体なんだったのですかな??」

「あー、あれね。ええと、こっちで起きていた事がどんな事なのかは良く分からないんですけど……。
 聞いた所によると、以前届いたツール、覚えてます??」

 周囲を見回してが問えば、信玄以外の面々が相槌を打った。
彼らの脳裏には、凶暴な天災を乗り切った瞬間がまざまざと蘇っていた。

 

 

「待って、動かないで!!」

 逆巻く暴風の中で、燃え上がる炎。
その向こうに見た横たわる人の影にいてもたってもいられず、は燃え上がる炎を飛び越えた。
 が亀裂が入って不安定になった城壁の上へ折り立つと、その振動で足場が大きく揺れた。
顔面に悲壮を貼り付けた子供に再び「動かないで!!」と叫んで、自分の体を使って歪む足場に安定を取り戻した。
それから慎重に伏せたままの母親と子供の元へと近寄って行った。
動くどころか、呼吸まで止めようとしていた幼子を労い、すぐに力を合わせて横たわる女を救い出した。
 天で唸る雷は、力の出口を探すように灰色の雲の中を走り続けている。一刻の猶予もない。

「兼続さん、お願い!!!!!」

 天を這う黄金の龍が、今まさに牙を剥かんと大きく蠢いた。
考えている時間はないと判じたは、肩で支えるようにして抱えた女を城壁の中へと突き落とした。
動向に釘付けになっていたのか、作業に従事していた人々の間で、不安と共に悲鳴が上がる。
 の狙いを悟った兼続が護符を散らし、法力を奮った。
展開された結界の中へと女が落ちれば、方々から安堵の声が漏れた。
だが安堵するのは早いと、その場に残るは顔を引き締めた。
 恐怖する子供を抱き寄せて、背を撫でて鼓舞する。

「大丈夫、大丈夫よ、お姉ちゃんが絶対に絶対に護るからね!!」

 胸元に入れていたツールを取りしだして、現代へと繋ぐべくパネルを操作した。

「誰か縄を持ってくるんじゃ!!」

様、どうか動かないで下さい!! 崩れますっ!!」

 秀吉、幸村が悲壮感を貼り付けた顔で叫ぶ。
彼らの言葉を耳に入れる余裕はないとばかりに、は己の唇を一度舐めて不適に笑った。

様?!」

「慶次さん、これ、力一杯外へ投げてっ!! 今すぐっ!!」

 炎と瓦礫の向こうに立つ慶次へと向い投げれば、慶次がそれを片手で受け止めた。
勢いを殺さずに、そのまま渾身の力を込めて城外へと投げる。
宙で回転するツールのディスプレイ上で、通信中を知らせる可愛いらしいキャラクターが蠢く。

「兼続さん、結界、もういっちょ!!」

「任せよ!!」

 二重三重に展開された結界。
ぐらぐらと揺れて、脆く崩れ行く足場の上で巧みにバランスを取りながら、は子供をそこへと放り出した。
見守る人々が固唾を呑む。
宙を舞うツールのディスプレイからキャラクターが消えて、大手検索サイトの画面が映りこんだ。
 次の瞬間、導かれるように黒雲の中から稲光が降り注いだ。

 

 

 あの極限状態の前触れを予知し、それをに伝えるべくの手元に届けられたのであろう不可思議なからくり。
それは最後の最後までその役目を違えることはなかった。
あのからくりがあったからこそ、は迫りくる危機を回避し、もまた、命を繋いだといって過言ではない。

「忘れろと言われたって忘れられるもんじゃないぜ、あれは」

 その後に起きた出来事全てを思い出していたのか、自然と室には沈痛な沈黙が広がった。
それを破るように第一声を発したのは、慶次だった。

「全くじゃ」

 相槌を打った秀吉も渋い顔をしていた。
言葉にこそしていないが、皆同じ思いを抱えていたのだろう。
ある者は視線に、ある者は相槌に、それを表していた。

「一言で言っちゃうと、今回のはあのツールを送ってくれた人とはまた別の…………
 とにかく私達の味方が、私を助けようとして、やってくれた事なの」

「いや、それはよう分かっとるが…」

 もっと具体的に聞きたいと、壁際まで吹っ飛んでいた秀吉が、その場から駆け戻りながら強請る。
それを受けては、苦笑した。

「ごめん、実は私も詳しくは話せないの。っていうのも、説明を聞こうにも、時間も短かったし。
 何よりね、私は向こうでは声すら発せない状態だったのよ」

「そんなに酷い影響が出てたのですかっ?!」

 心配そうに身を乗り出した幸村を、は慌てて諌めた。

「あ、ううん、そうじゃなくて。多分あれは慣れの問題。痛みとかそういうのじゃないから、大丈夫」

「左様ですか、ようございました」

 安堵したのか、幸村が腰を落ちつける。
それを確認したが、一度深呼吸をしてから言った。 

「それよりね、次にしなきゃならない事が分かったよ」

「して、それは??」

「ある人を探さなきゃならない、それも早急に」

 家康と秀吉が何かを予感したように互いに目くばせする。
不思議そうに瞬きしたが二人を交互に見やれば、二人は黙しての言葉を待った。
優先順位としては自分が先と判じたは、すぐに気持ちを改めて口を開いた。

「探さなきゃならない人の名前は、春日源助」

 

 

「「「春日源助?!」」」

 幸村、信玄、左近が同時に反応を示した。

「うん、誰か心当たりある??」

「心当たりも何も…」

 左近が呟いて信玄を見やれば、信玄も不思議そうに首を傾げた後、言った。

「わしの秘蔵っ子じゃよ。春日源助っちゅーのは昔の名でのー。今は高坂昌信という」

「え。そうなの? なんかよく分かんないけど、すっごい偶然」

「で、その者に何させるつもりですか。姫」

 別け隔てが出来ないにあれやこれやと言っても仕方がない。
それは分かってはいるが、あまりにも唐突過ぎてすぐには受け入れ難いのもまた事実だ。
故に悶々とした面差しの古参の面々が問えば、は苦笑しつつ答えた。

「えーと……一言で言うと…書記…かな? 多分、うん。きっと、そう」

「はぁ…?!」

 全員が目を丸くした。当然だった。

「書記…ですか? よりによって…」

「何も今更…」

「うーん、でもね。私が今回救われたのって、彼が色々書いて残してるからなんだよね」

「え?」

「あー、ええと、細かい事はともかくとして。
 今回の場合は"彼がの事を書き残して行くって事"に意味があるのね」

 しどろもどろと説明をするを見て、秀吉と家康が同時に頭を振った。
二人とも、それがに科せられている天意の求めることの一つだと気がついたのだ。

「そう食いつくな、左近。別にいいじゃろ、書記くらい」

「そうですなぁ。新たに加わった信玄殿の元から勅命を受ける者が出るとなれば、それは誉れですぞ。
 残る皆の士気も高まりましょう」

「そう、そうだよね? ね? 別にいいよね?」

 二人の助け船を受けてが言い、肝心の確認を忘れていたとばかりに信玄へと視線を移す。
すると信玄は否を唱えることなく、快くそれを受け入れた。

「良かった。じゃ、早速…そういう事で話を進めましょう」

 そこで一区切りして、は家康と秀吉を見た。

「ところで、お二人とも何か言いたい事、あったんじゃないですか?」

「あ、いや、いいんじゃ。のぅ? 家康殿」

「え、ええ。お気遣いなさいますな」

「そう?」

 二人は無理やり話を切り上げたのには理由があった。
が人を探さねばならないと言い出した時、二人はの口から織田信長の名が出る事を期待したのだ。
だがそれはなかった。という事は、まだ時節が整ってはいないという事だ。
今のにこれ以上の負担は掛けたくないし、掛けられない。
ならばまずは足元から固めようと、考えたのだろう。

「さ、新たに心強い仲間も出来たことじゃ、これから益々忙しくなるで〜」

 秀吉が陽気に声を上げ、家康が穏やかに微笑む。
それを見ては微笑を湛え、ゆっくりと頷いた。
 皆、色々抱える事も思う事もあるのだろうが、今はの生を繋いだこそが全てだと、そう眼差しが物語っていた。

 

 

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今回登場したオリキャラさんx2はこれから来る最大の危機を乗りきる為の彼女の武器です。
彼女が非戦ヒロインであるが故の配慮って事で、納得して頂けると有り難く…。(09.11.14.)