二つの海 |
相変わらず世界は崩壊の危機に瀕していた。 『…私のしていることは……ちゃんと…足りているんだろうか……やっぱり、間違った選択だったんじゃ…』 天高く化ら見降ろす世界の痛ましい姿に胸が痛んだ。 『そうだ、あの子は? 』 ついこの間、邂逅したばかりの幼き姫の姿を求めて、視線を彷徨わせた。 『ここは…あの子と繋がる世界じゃない??』 漠然と考えて、すぐにその可能性は低いと首を横へと振った。 『…うんん、そんなはずない……ここは、あの子のいた場所へも通じてるはず……だって…あの子は……』 は苦しさ、寂しさ、悲しさを一人で抱き締め、唇を噛んだ。 『届いたかい?』 そんなの耳に、不意に聞きなれぬ声が届いた。 『あれで、良かったかい?』 『…あ、貴方が…貴方が、針とか、ツールとか、作物の苗を送ってくれた人?』 問いかければ、光の中に現れた若い男は頷いた。 『それにしても、君には驚かされるね…あんな事を考え付くなんて…双子が驚いていたよ』 『双子?』 『会ってないかい? 君の暗殺を防いだはずだが…』 『あ、彼らですね。やっぱり、彼らが貴方を探し出した?』 青年は静かに頷いた。 『ねぇ、救世主』 『あ、は、はい』
『私達の世界の為にも、力を貸す事に異存はない。けれど無理をし過ぎたりはしていない? 『分かっています、少なからず影響して、最悪の場合、時空に歪みを作り兼ねない…違いますか?』
『…ああ、そうだよ。だから心配なんだ…。その歪みが君に何かしらの影響を与えるのではないかと……。 『大丈夫です、これくらいの痛み……この世界の有様に比べたら……』 自然との表情が陰れば、青年は伺うように目を凝らした。 『いいえ、なんでもありません』 『そう…それにしても、君は敏いね。確かに君なら間違えたりする事もなく、時空に抗いきる事も可能なのだろう…』 しみじみと語る青年に対して、は先日からずっと気になっている事を問いかけた。 『あの、一つ伺いたい事があるんですが…』 『なんだい?』 『貴方方は、女の子の事、何か知りませんか?』 『女の子? どんな??』 『貴方方の同士ではない…と、思います。白銀の頭髪を持つ、まだ幼い子です。とても苦しんでいて…』 懸命に伝えようとするが、青年は首を傾げるばかりでが望んだような回答を得る事は出来なかった。 『…やっぱり、ご存じないのですね…』 『いや、調べよう。こうしてまた会えるかどうかは分からないけれど、なるべく期待に添うようにするよ』 『有り難うございます』 ぺこりと頭を下げれば、青年はほんの少しだけ驚いたような顔をした。 『え…あの、何か、変ですか?』 『いいや、不思議な人だと思って……巻き込んだのは、こちらなのに…』 『いいえ、それは違います。私が望んだんです、生きる事を』 『そうか』 『はい』 自然と互いに沈黙した。 『ああ…そろそろ時間だね… 』 青年が、名残惜しそうに溜息を洩らした。 『…そうだ…君に一つ、いい事を教えよう』 『はい』 『双子の真の力は別にある。だから彼らのいる時空を早く固定させることだ。 『別の力……あの、時空を固定させる方法って…?』
『あれ? 誰からも聞いてない?? そうか、皆それを伝えられる程、余裕がないんだね。 優しい声を残して、光はたちどころに消えた。 『はい…ありがとう』
使者が去って、荒廃した未来に一人取り残された。 『……段々、遠くなっていってる気がする……』 足元に広がる荒廃した世界を見て、薄々勘付いている事を噛み締める。
『…この発作に……耐えられなくなる日が、きっと来る……そんな気がする…。 先の見えない契約に意識を向けると、どうしても心が弱くなる。
『あの世界にいられる間はまだいい。でも、ここに来てしまうと……怖くなる、逃げたくなる。 心細さと背負わされた重責があまりにも重くて、零れ落ちそうになる涙。それを天を仰ぐことで堪えた。 "辛い事、苦しい事と向き合うなら、自分の支えになり護ってくれる男の一人や二人、先んじて用意しておくもんだ" 孫市に言われた言葉が、妙に引っかかる。
『本当に、そうなんだろうか。誰かにこのことを話せたら、苦しみは軽くなるというの? 本当に?? 胸を裂くような痛みを覚えて、身を折った。 『まだ方法はあるはず、何か自分にも出来る事はあるはず 』 と、言い聞かせた。 『………? え? 何?!』 一体どれ程の時間、そうしていたのだろうか。 『なに…? なん…なの??』 吹く微風の中に強烈な憎悪を感じ、恐れを感じた。 『…一体、何が起きようとしているの…?』
何時かのように、精神を苛むような、世界の崩壊の瞬間を疑似体験するとでもいうのだろうか? 『きゃぁ!』 咄嗟に瞼を閉じて、尻餅をついた。 『どうして、なんで…これがここに??』 出所を知り、原因も知っているはず。 『……やだ……やだ……こないで……』 まるで、目に見えない何かに囚われ、脅かされてゆくような恐怖を覚える。 『…やぁ…!! 誰か、誰か……助けてっ!!』 足首が黒い液体の中に沈み、肘が、腕が、脹脛が液体で浸食されてゆく。 『いやぁぁぁぁぁぁ!!!』
さざ波のように沸き立った黒い液体に襲われて、液体が作り出した渦の中へとなす術もなく引き込まれた。 「助けてくれ…嫌だ、消えたくない…嫌だ」 「どうしてだ、どうして俺達を消そうとするんだ!! お前にそんな権限はない…!!」 「死にたくないっ! 助けて!!」 「お前がいるから、お前さえいなければっ!!!」 『止めて、止めて…!! いや、なんで、どうしてっ!!』 わけも分からず一方的に責められて、気がどうにかなりそうになる。 『助けて、お願い、誰かっ!! 私をここから、逃がしてっ!!』 声に出来ず、心で何度も唱えた願いを嘲笑うように、響く声はの心を打ちのめし続けた。
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