嫁取り騒動 |
住み慣れた城、苦楽を共にした家臣達を前に、が名残惜しむように視線を投げかける。 「皆ならきっときっといい政をしてくれるって、信じてる。だから、最後は笑ってさよならしよう…ね?」 小さく傾げた首元に艶やかな頭髪が流れおちた。 「色々とお世話になりました。皆さん、本当に、今までどうも有り難う」 時間をたっぷりかけてのお辞儀。 「それじゃ、私、そろそろ行きます」 身を翻して籐で編んだ駕篭一つを背に、は城を後にした。
一方、その二の丸・展望室では…。 「どこへ行くつもりだ、前田慶次!!」 「どこ? 勘違いしないでほしいねぇ。俺はさんの護衛だ。それは今も昔も、これから先も変わらない。 鋭い視線を向けて答えた慶次は相手の言葉を待たずに松風を駆って、城を後にした。
帰順を申し出ていた六ヶ国の内、二つが痺れを切らして別の国へと併呑された日。 「まぁな、様の取り決めた事だ…間違いはあるまいよ」
こうして四ヶ国の帰順は、自領の中に否を唱えるに唱え難い空気を作り出してからの執行となった。 「やれやれ、皆、自領に禄を少しでも多く貰おうと必死じゃね」 というところだ。 「私はまだじゃくはい者です、なにとぞ、様のごしなんをいただきたく思います」 「こ、これ、若君!!」 慌てて制止する叔父の様子から、新君主の身に危機を感じたは、そのままその場でその願いを聞き入れ、彼の後見役として信玄を派遣することを約束した。 「わしかね?」 「あの坊やを守れるのは、信玄公くらい軍略がないとダメだと思うんですよ。 式典の後、問いかけてきた信玄に「思い過ごしか?」と視線で問えば、信玄はの考えを肯定した。
「流石に鋭いのぅ。あの坊主の母の病というのも、キナ臭い気がするよ。しかし本当にわしでいいのかね? 「その時はそれで構いませんよ。 明るい笑顔で即答された信玄は、肩を揺らして笑った。 「やれやれ、おことには本当に敵わんね」 「は?」 「いいや、なんでもないよぅ。殿、約束しよう。 「はい、信じてます」 「そうそう、何かあると困るからね。こっちには昌信と勘助を残して行くよ。 「色々有り難うございます、宜しくお願いしますね」 「うんうん、気をつけるんじゃよ」 「はい」
こうした調子で併呑を難なくこなし、改めて執務に取り組もうとしていた矢先のこと。 「えーと…何て読むんだろう…この名前? 斎藤……?」 「斎藤龍興…サイトウタツオキですね」 「そう、で、その斎藤さんが、何だって?? 同盟の話なら、こんな時期だから嬉しいんだけどな」 意気揚揚と午後のお茶と洒落こむの横に座る左近は、届けられた書面を改め、顔を顰めた。 「…ほぉ…」 「ちょ、何?! どうしたの、左近さん。なんで突然、機嫌悪くなってんの?!」 とり落とした書面を拾い上げて家康が中身を確認し、納得したとばかりに頭を振った。 「姫、ちょっと左近を牢人させて下さい。こいつ、斬り殺して来たいんで…」 しれっとした顔で物騒な事を云う左近を宥め、中身について家康に問いかければ、一連の出来事を遠巻きに見物していた慶次、幸村、秀吉が納得したとばかりに頷いた。 「見合い状ですな、これは」 「見合い状?」 「はい」 「ふーん…で?」 よく分かっていない様子のに、幸村が訴えた。 「様、結婚を申し込まれたのですよ」 「えっ、何!? どうして、なんでっ?! 私、この人の事全然知らないのにっ?!」 ようやく理解が及んだらしいが慌てふためけば、慶次が宥める。 「乱世じゃよくあることだ。調略の一種なんだよ、さん」 「どうします?」 「いや、そりゃ勿論断るよ。そんな顔も知らない人と結婚なんかしたくないし」 の即答に、内心で安堵する慶次、左近、幸村。 「こりゃ、ちーとばかしマズイのぅ」 「え、何? なんでですか??」 「その…申し上げ難いのですが……相手の方が官位が上です」 家康が眉を寄せて、心底困ったという様子で言った。 「で? だから、なに?」 現代感覚丸出しのには、それが意味するところが分かるはずもなく、瞬きを繰り返している。 「所領数はこっちの方が上、石高も上。 「……えーと…それって、向こうから反故とか言わせなきゃ、ダメってこと?!」 「だから左近が牢人すると言ったんですよ」 絶句したの耳に、中庭に造られた獅子落としが奏でた音が、重苦しく響いたのは言うまでもない。
「どけ、あの女はどこだ!!」 それから数日と経たずに、城に三成の声が轟いた。 「三成〜!! お帰り!! 私、ずっとずっと貴方の事待ってた〜!!」 華やいだ装いのが三成の声を聞いて、感涙し、溢れんばかりの笑みで出迎える。 「いたっ!!」 「貴様、自分が何したか分かってるのかっ!!」 凄まじい形相で怒る三成を、慌てて幸村が背後から羽交い絞めにした。 「お、落ち着いて下さい、三成殿!! 一体何があったというのですか!!」 「これが怒らずにいられるか!! こいつ、よりにもよって特急便を使ってこんなものをよこしたのだぞ!!」
幸村を振り払った三成は、怒り冷めやらぬ様子で懐から取り出した書面を床へと叩きつけた。
と、書かれていた。 「…姫……」 「だって、こうすりゃ速攻で来ると思ったんだもん!!」 額を押さえたが涙声で周囲に理解を求める。 「もうさ、この際、これしか方法が思いつかなかったのよ」 「しかしですなぁ…」 「分かってる、分かってるけど…でも、でも…どうしても嫌なんだもん〜!!」 子供のように涙ぐんで地団駄を踏むを見ていると、怒りも薄れて行くようで、三成はその場へと腰を下した。 「で、用件は何なのだ。説教は後回しにして聞いてやる」 「ありがとう、三成!! 突然だけどさ、私と婚約してくんない?!」 円らな瞳をきらきらと輝かせてが言った言葉に、周囲の空気が凍りついた。
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