嫁取り騒動 |
「さん?」 「姫?」 「様…」 ゴゴゴゴ…と地響きでも聞こえてきそうな殺気を、慶次、左近、幸村が纏う。 「な、何を…いきなり、そんな、何を言っているのだ!!! お前はっ!!」
可哀相に。事情を知らぬ三成は、今世紀ではこれ以上はないくらい、動揺し、また喜んでいる。 「だって、三成って一応、顔だけはいいじゃん?! 牽制できるかもしれないでしょ?! 逃れたい一心からか、本人を前に言いたい放題だ。 「ほぅ…?」 当然、三成が殺気を身に纏い、立ち上がる。 「怒らないでよ、これでも必死なのよっ!! 「結婚?! どういう事だ?!」
広げた扇を閉じて懐に戻した三成の殺気が、笑い転げている面々一人一人へと向く。 「…つまり何か、政略結婚を持ち込まれたのか」 「そうなの…でも私、そんなの嫌なの!! いくら乱世の習いだからって…そんな顔も知らない人と……!!」 そんな事をするくらいなら、「後ろ指さされようとも家臣と駆け落ちでもします!!」とでも叫びそうな悲壮感漂うの声に、三成は呆れたように溜息を吐いた。 「どうせなら孫市を呼び戻して暗殺すれば良かったんじゃないのか」 「アンタさ、時々、左近さんと発想が似てるよね」 呆れたとばかりにが呟けば、三成が左近を見やった。 「まー、その方法も普通に有りっちゃ有りじゃが…この件の後に暗殺なんぞしたら、すぐにバレるわな」 秀吉の言葉を受けて、が両手をぶんぶん振り回して訴える。 「そうなのよ!! ね!! だからさ、婚約っ!! すぐに破棄していいからさ、ねっ?! お願いっ!!」 「…あのな、」 「何よ?」 「お前の考えに水を差すようで悪いが、俺と婚約した所でこの難題は乗り越えられんぞ」 「どうして?!」 「そもそも家臣と婚約するなどと前例がない。仮にあったとしても、家臣であれば主君を思い、譲るのが道理だ」 頼みの綱の三成にすっぱり説き伏せられたは、力が抜けたようだ。 「元気だしなよ、さん。きっと何かいい方法があるって」 そんなを慶次が慰めれば、はすぐに顔を上げて慶次の腕を取った。 「お願い、慶次さん!! やっぱり私には慶次さんしかいない!! 三成が広げた扇での後頭部を打つ。 「変わり身が早過ぎだろう!! 更に言うなら、もっと冷静になれ。お前は家の当主なんだぞ!!」 「でも嫌なものは嫌なのよ!!」 ヒステリックに絶叫したは感極まって来たのか、そのまま慶次の胸板に顔面を押しつけて泣きだした。 「絶対に何が何でも、こんな結婚は嫌ーっ!! そんな事になるくらいなら、死んでやるーっ!!」 「あー、よしよし、泣きなさんな…」
慶次が宥め、幸村が慌て、左近がやはり暗殺しかないか? と顔を険しくし、家康、秀吉、三成が目頭を覆う。
見合いの話はどういうわけか秘密裏に進められ、場所は先日信玄を派遣したばかりの領で行う事になった。 「おひさしゅうございます、我が君」 「あ、うん……ごめんね、こんな大事な時に、こんなどうでもいいイベントの為に…」 家康に連れられてやってきたの様子から、およその経緯を見取った信玄は、見合いの席に同席する事を望んだ。 「どんな方法でもいいから、この見合いをブチ壊して下さい!! お願いしますっ!!」 「これはまた無理難題じゃのぅ。ま、善処するとするかね?」
国元に残されている愛弟子である左近と幸村の思いを察している信玄は、出来うる限り力になるとだけ答えた。
信玄や若君の奨めもあってその日は彼の城に一泊し、ついでとばかりに復興状況の視察もこなした。 「三成!! 三成ーっ!!」 は姫にあるまじき姿―――――肩を怒らせ、大股歩き―――――で廊下を突き進んだ。 「三成、どこにいるのっ?! いるんでしょっ!! 出てきなさいっ!!」 「何事だ、一体?」
結果がどうなるか分からずにやきもきして、仕事も手についていない諸将が詰める評議場では、あのまま城に居残った三成が極悪な顔をして執務をこなしていた。 「三成っ?! 三成ったらっ!!」 彼はの怒声を聞くとほんの少しだけ安堵した。 「三成、ようやく見つけた!! お前、ちょっとそこ座れっ!!!」 「…俺は最初から座っているが??」 烈火の如く怒り狂うの雄叫びに、三成は淡々と対応した。 「んと、じ、じゃぁ、服脱げ、服っ!!」 今にも地団駄を踏んで「ムキィーーー!」と叫び出しそうなの言葉に、周囲は目を丸くした。 「で、何があった?」 「あいつ、すごいムカつくの!!」 「日の本の言葉でしゃべれ、意味不明だぞ」 「だから、ムカつくの!! 三成よりもずっとずっと性格悪くて腹立たしい奴って事、分かったっ?!」 「ああ、なるほどな」 本来鍼灸師であるのストレス解消法と言えば、こうして三成の背や肩を揉み解す事だ。 「一体、何があったのですか? 様」 幸村が労うように茶菓子を勧め、左近が茶を入れる。 「あいつ、想像を絶するぼんくらなのよ。なのにすごい自信家で自慢屋っ!! 懸想する面々に取り囲まれたの愚痴は、それから延々二時間は続いた。
一体何があって、どうすればそうなるのかは分からない。だがこれだけは事実だ。 「ふふふふふ、見てなさいよ…目にもの見せくれる……。 「ですから、それやったらバレますって」 見送りと称して街道までついて来た左近と三成の前で、は俄然殺る気満々だ。 「悪評万歳、官位なんぞ知った事かっ!! 事と次第によっては全面戦争もやむなしっ!!」 「…その情熱をもっと別の所に回せないのか、お前は…」
呆れ果てる三成と、苦笑する左近の元から、出迎えに来ていた信玄と、あの若君へとは身を寄せた。
その後、この見合いは、が口にしたように、その日の内に御破算となった。 「無礼講だ、本音で話そう」 と、しつこく迫ったのが、きっかけだった。 「はい、今聞きましたね? 貴方も、貴方も聞きましたね?」 くだらない自慢話と、家臣や民を人とも思わぬ発言。 『うぇぇぇぇぇ…キモイキモイキモイキモイキモイ…』 引き攣り、内心で悲鳴を上げ続けていたは、彼のこの言葉を聞くと、ここぞとばかりに本性を露見させた。 「お許しが出来たので、私の本音を申し上げさせて頂きます」 すぅと一息吸い込んだは、龍興の部下、朝廷に顔が利く立会人、更には自身の部下の前で確認を取り付けると、一気に捲くし立てた。
「貴方、さっきから口を開けば、誰かを悪く言ったり、人を軽んじてばかりだけど、それって人間として最悪よ?! 突然牙を剥いたの豹変ぶりに目を白黒させる男達。
「悪いけど、私は、そういう有り難味を全く感じない男との結婚なんて冗談じゃないから!! 絶句する男達を前に、ぜーはーと肩で息を吐いて、それからは再び口を開く。
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