嫁取り騒動 |
「ええ、御覧の通り、私はアバズレです」 「様!! い、言い過ぎではっ!!」 この一言で我に返った家康が慌てて止めようとするのを振り切り、は絶叫した。
「いいのよ、どうせこの手の性格の男って裏ではそういうこと平気で言ってんだから。 痛いところを突かれたのか、相手方の家臣の顔に動揺が現れる。 「ほら、ごらん?! 言った通りじゃない!! ところで、慶次、そこにいる?!」 そこで区切っては絶叫し、慶次を呼びつける。
「まぁね、そういうアバズレなものですから? 男の好みも特殊なわけですよ!! 茫然とする面々の中、を見下ろす慶次の目が柔らかく緩む。 『なるほどねぇ、俺を連れて来たのはこの為か』
「いい? 私にモーションかけたいなら、せめてここにいる慶次以上にデカくなってからにして!! そこでは一度膝を折って、茶器を取り上げて一気飲みしてから口元を懐にしまっていた袱紗で拭った。 「…と、言う事で……斎藤様がご寛大な殿方で助かりましたわ。 はぺこりと頭を下げて、立会人にも「ご足労有り難うございました」と頭を下げる。 「…相変わらず、傾いてるねぇ」 「ありがとう。褒め言葉として聞いとく」 「いいや、本気だぜ? あの啖呵にゃ痺れた。思わずイっちまいそうになった」 「慶次さん?」 珍しく下ネタだなと思い、横目で慶次を見れば、彼は不敵に笑う。 「ま、それはそれとして……三成辺りが後日改めて謝罪の文でも送って、破談を確定させそうだねぇ」 「それが狙いよ」 「計算高い話じゃのぅ」 「信玄公」 後方から声がして振り返れば、信玄と家康が歩いて来る。 「ほんにおとこは型破りじゃのぅ。まぁ、そうでなくては面白くないけどね」 「お二人には赤っ恥掻かせちゃってすみませんでした」 「気にせんでいいよ。わしも、あの手の男は好きになれんでの」 同意見だと家康が頷き、言った。 「さ、戻りましょうか。後始末は、我ら家臣の務めですぞ、様」 「はい、お願いします」 と。ここまでが、今回の騒動の前哨戦だ。
暴言をきっかけにして斎藤家から持ち込まれていた結婚話を御破算にして数日と経っていないある日の昼下がり。 「随分と派手にやらかしてくれたそうだな。詫びに行ったこっちは針の筵だったぞ」 お義理的な詫びに行き、帰省した三成の声は、言葉と裏腹に軽い。 「悪かったわよ…でも、いい加減しつこいんだもん…。もううんざりしちゃってさ…」 「まぁな、終始あの調子ではな…分からないでもない。 「そっか、良かった。三成、ありがとう。それとごめんね、面倒なことさせて」 「気にするな。だが…多少面倒な事にはなった。それは了解してくれ」 「面倒なこと?」 お茶を飲みながらが首を傾げれば、三成はほんの少し眉を寄せつつ言った。 「もう一度だけ、会いたいそうだ」 「ハイ?」 の掌から湯呑みが落ちた。 「もう一度だけ、お前に、会いたいんだそうだ」
「え。何、あのオッサンまだ何か用なの?! ってゆーか、普通会いたがる?! あれだけ罵ったのに?! 身の毛もよだつと、は己の体を掻き抱いて身震いした。 「そうではない。詫びたいと、しょげていた」 片付けている左近を見やれば左近は湯呑を片付けて、腕を組んだ。 「…左近さん、どう思う?」 「どうでしょうねぇ…まぁ、復讐されないように配慮すれば、問題ないとは思いますがね」 「左近殿は、賛成なのですか?」 幸村が問えば、左近は頬を掻いた。 「賛成なわきゃないでしょう。 「私、謝んなきゃなんないの?」 が不満げに左近の羽織を引っ張って問いかけた。 「姫、気持ちは分かりますが…社交辞令だと思って下さいよ」 「…分かったよ…じゃ、会う前に…山葵丸齧りしとく」 「何故ですか?」 幸村の問いに、は淡々と答えた。 「嘘泣きする為」 「全く、仕方のない女だな。こういう時ばかり頭が働く」 呆れたような口調で言いながら、三成は左近に言った。 「出来るだけ早い方がいいだろう。場所は今回はにする。さすれば暗殺も容易に封じられよう。
今回の件で、何が失敗だったのかといえば、の暴言でもなければ、城で斎藤龍興と会わせたことでもない。 「先日は…本当に申し訳ない事をした……目が覚め申した……」 「は、はぁ…こ、こちらこそ…ちょっと言い過ぎました。すみません…」
失敗を知らぬエリートにありがちな、一度の挫折でへこたれてしまう様子を全面に押し出した龍興の来訪に、気持ち的には臨戦態勢だったもすっかり毒気を抜かれてしまった。 「では、殿。何時、当家に腰入れするつもりか? 私としてはこれからすぐでも構わぬが??」 あれだけ落ち込んで殊勝な態度を見せていたくせに、龍興は面会を終えて、さぁお開きという時間になって本性を現した。予てよりが言っていた通りの、下卑た視線での全身を舐め回すように見ながら問うたのだ。 「ハイ?」 が硬直し、の後方に控えている三成の顔に緊張が走る。 「何の冗談ですか、斎藤殿。今度の謁見は和解であって見合いではないはずですが?」 三成がを庇うように進み出れば、もまた素直に三成の背に隠れた。 「それはどうかな、三成殿。殿は心変わりされたのだよ。大体家臣風情が出過ぎた真似をするな」 「なっ!」 がカチン! と来たのか、前に出ようとするのを、の背に立っていた左近が手で制した。 「俺の事はどうでも良い。だが我が君への無礼は許さぬぞ」 「貴殿も若いようだの。そういきり立つな、これは正式に姫と私との間での合意の取り決めよ」 合意だと強調されて、三成はの事を見下ろした。 「姫、先程の誓約…まさかお忘れだとでも??」 「え、あ…それは合意した。だっていい条件だったから…」 ちらつかされた書面を見て頷くの様子から、嫌な予感がすると三成と左近は互いに目配せする。 「拝見してもよろしいですかね?」 「構わんよ。先に申し上げておくが、それは家用のもの。例え今ここで破こうとも、無意味ですよ。 引っ手繰りたいところを自制して、丁寧に書面を取り上げる。 「……まさか、合意したのか? これを?!」 「え…う、うん…なんか、まずい? だって、金利凄く良心的でしょ? 殆ど無担保と一緒…だし……」 二人の顔色から相当まずい誓約をしてしまったのだと判じたは、しどろもどろと言い淀んだ。
「おやおや、お二人とも顔色が悪いようだが……あまり我が妻を責めないで頂きたいな。 「殿」 「貴様!!」と吐き捨てて斬りかかりそうになる三成を、咄嗟に左近が抑えた。 「何? どうしたの? 三成?」 「………様……」 の動揺が露になる眼差しを見れば、我慢など出来ようもなくて、三成は己の懐へと手を差し入れる。 「殿!」 「…っ…分かっている、だが、左近……俺は…!!」 気持ちは分かる、寧ろ自分も同じだと相槌を打った左近は、憤怒の眼差しで龍興を見た。 「斎藤殿、しばしの猶予を頂きたい。姫とて初めての事、用意も必要になりましょう」 向けられる殺意にも似た感情を薄ら笑いで受け流して、斎藤龍興は頷いて身を引いた。 「私は当面、領下の宿場に居りますよ。出来るだけ早く、連れ帰りたいのでな」 「…承知しました…ご足労頂き、恐縮です…」 龍興は素直に城を出て、復興中の城下町の中へと消えてゆく。 「ちょっと来い」 謁見の間からの手を引いて、執務に従事する面々の詰める評議場へと引き上げて来た三成は、 「!! どうして勝手にこんな話を決めた!!」 「え、何? なんで怒るの?! 悪いことしちゃった?!」 狼狽するの肩を抱いた左近が、三成を宥めた。
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