帰るべき場所 |
その日からまた数日が経った。 「あのさ、あんた最近、ここにばっか顔出すけど…いいの? こんな所で油売ってて…」 飯屋に来て焼き鳥を食っている三成にがお茶を出しながら問えば、三成は引き攣った笑みを顔に貼り付けた。 「俺はお役御免なのだそうだ」 「えっ?! 何それ、どういうこと?!」 が驚いて身を乗り出し、声を潜めれば、三成は忌々しげに焼き鳥を噛んだ。 「…奴の素行を咎めた。食いすぎ、飲み過ぎ、遊び過ぎだ。 「それを言ったら…?」 「今までの役職を解かれ、平に落とされた」 「マジで?! ……あいつ、どんだけバカなのよ…」 呆れたとばかりにが身を起こせば、事情を知らない目当ての浪人がを呼ぶ。 「追加入ります〜!!」 てきぱきと机の上を片付けて、出来あがった商品を机へと運び、手を開けてからまたは三成の元へと戻る。 「三成さ、気持ちは分かるけど…あまり自棄にならないでね」 「なったりはしない。こんな事、何時までも続かぬ」 「まぁね、そうかもしれないけどさ……今は、復興が第一よ」 「分かってる」 「うん、ならいいの。頑張ってね」 肩をぽむぽむと撫でてから離れて行くの掌が、城にいた頃に比べてずっとずっと痛んでいる事が不憫でならない。彼女はようやく自分らしい生活を取り戻したと笑うけれど、そんなはずはない。 『…どうにかしてやる……この手を汚しても……必ず、お前を城に帰らせてやるからな……』 きつく眉を寄せて焼き鳥を食い尽くした三成は、代金を机に置くと静かに席を立ち、店を後にした。
同時刻。城内では左近と斎藤龍興が激論を交わしていた。 「いい加減にして下さいよ、龍興さん。 「左近、お前の主はわしのはずだが?」
「ええ、そうですがね。国あってこその主でしょう? 再建に次ぐ再建で、国庫は厳しい。 「ならば、税率を上げれば良い」 「あんたなッ!!」 怒り心頭とばかりに左近が立ち上がった。 「さ、左近、これ!! よさぬかっ!!」 「そうです、落ち着いて下さい!! 左近殿!! 貴方まで幸村殿のようになられるおつもりか?! それでは…」 視線で訴えてくる秀吉と半兵衛の制止を振り切り、左近は評議場を後にした。 「俺は、関知しませんぜ。こんな増税…間違ってる」
腹の底から吐き出された言葉を受け流し、斎藤龍興は自身の部下に増税を言い渡した。 「本当、最低な趣味だな…ガラクタばかりじゃないか。度が過ぎた倹約家だが姫の感覚の方が、まだマトモだぜ」
三成、左近がこうして斎藤龍興と揉めている頃、件の幸村はどうしていたかというと…。 「なるほどのぅ。そんな事になっとったんか…少しも情報が入ってこないからね。気にはなっとったんじゃよ」
この土地の元の君主の家系である若君の後ろ盾として派遣された信玄は、軍配で己の面をコツコツとつついた。 「信玄殿」 「どうしたのだね、若君」 「私は、まだよく分からないのだが……姫がを去られてしまっては、私の土地も民も、未来はないように思う。 「若君、その方法は…」 若干九歳とは思えぬ言葉に、幸村が目を丸くすれば、若君はいう。 「悪いことだろうか?? 彼も我が君をだまして追い出したのであろう? あいこではないか」 「そうじゃな、あいこだが…いいかね、若君。それをしては、人がついてこんようになるんじゃよ」 「人心がなくなると?」 「そうじゃよ。相手が悪だから、こちらも悪では、いかんのじゃよ。悪だからこそ、正義はカッコ良く勝たねばね?」 「そうか……そうなのだな……正義はとても、むずかしいな…」 「何か、手立てがあればよいのですが……」 「本にのぅ…きっかけが欲しいものよ…。 「そうですね、決起しても姫を人質にされては…意味がありませんから…」 沈痛な面持ちで言葉を交わす武田主従の悶々とした日々は、もう少しだけ続く事になる。
突然ではあるが、世の中には、決して怒らせてはいけない人というのがいる。 「…おはよう、花子…」 朝の日課とばかりに自分の盆栽に水をやり、から預かる初心者用のミニ盆栽の世話をする竹中半兵衛。
「えっ、マジで重税?? どっかの国の再建案に支障でも出たのかな??」 貼り出されたお触れ書きを慶次と共に見るが心配そうに顔を顰める。 「それにしても…いきなり三割増しなんて……皆困るよね。貯えがある人ならいいけど、なかったら本当に大変」 「全くだな、理由も書かれてないしねぇ……その内、面倒な事になるかもしれないぜ」 「面倒なこと??」 「その内分かるさ。では、見れなかったもんが見れるだろうよ」 「で…見れなかった、もの…?」 分からないと首を傾げると共に慶次は邸の門を潜った。 「あら、ごめんなさい。二人で出てたし、孫市さんは用事で不在だから、待ちぼうけさせちゃったわね」 「いいえ、いいえ。当方こそ突然の来訪にて大変失礼致しました。 「届け物?」 「はい、今宵より夜はもっと冷えるようになります。つきましては……これをお納め頂くようにと…」
男が立ち上がり、中庭に声をかければ、庭で待機していたらしい使用人達が動いた。 「あ! お布団だ!!」 が嬉しそうに頬を綻ばせ、目を輝かせれば、使用人は問う。 「お気に召しましたでしょうか?」 「うん、とっても!! ねぇ、誰? 誰から?」 「はい、左近様です」
「左近さんか〜、うわぁ…嬉しいなぁ…こんなに気を使ってくれて……この前も、お店で簪くれたばかりなのに〜。 「はい」 使用人はに礼を尽し身を引いて、それから慶次に一通の文を渡した。 「なに、どうしたの?」 「いや、これやるから添い寝は止めろってさ」 暗に男と男の戦いだ。 「その提案は却下だよね。囲炉裏にくべる炭だって、ばか高いしさ。 「そうだねぇ。俺としては、さんの案を採用だな」 「だよね、税まで上がったんだもん。知恵を使わなきゃ、だよね」 意気揚揚、布団と共に邸へ入って行くの背を見て慶次は、ほんの少しだけ寂しげに笑った。
「正気なのか、あの男…これで何度目の課税だ!!」 あれから暇を開けずに増税が三回も行われた。 「くっそ…ただでさえ、人手が足りないってのに…重税なんか課すから強盗騒ぎが起きる!!」 民の生活が圧迫されるという事は、同時に治安が悪くなる事を意味する。 「もう我慢出来ぬ…あのガキ……!!」 「落ち着け、一鉄。我らとて思いは同じだ」 「守就、何か手立てはないのか!? このままでは斎藤領の財政すらも危ういぞ…!!」 は何時まで経っても音を上げず、己の腕の中にも飛び込んでこない。
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