帰るべき場所 |
「許さぬ…もう、許さぬぞ……斎藤龍興……目にもの見せくれよう…」
何が理由なのか定かではないが、キレた半兵衛の決断と行動は、恐ろしいほど迅速だった。 「申し訳ありませんが、お二方…これから数日、こちらで政務願います」 「なんじゃ、半兵衛。どうしたんじゃ?」 「龍興殿が、内装を見直したいと……」 「またか…全く…様がこの城の中を見たらなんと嘆かれるか…」 「私も同じ気持ちですよ、家康殿」 「まぁ、しゃあない。時を待つかしかにゃーで。今わしらに出来る事は、出来る限り食い止める事だけじゃよ」 「その通りです。龍興殿のお守りはこの半兵衛にお任せ下さい」 「済まぬな、半兵衛殿」 「いえいえ」
続いて彼は、城に残る家康、秀吉を「城の内装を見直す」と称して蔵の中に閉じ込めた。 「様が近々祝言と聞きましたよ」 次に彼は、左近と三成を煽った。 「半兵衛殿!!」 「はいはい、具合が悪いのですね? 事情も事情ですし、非番扱いにしておきましょう」 「すまん、この礼はいずれする」
真意を確かめるべく飛び出して行った左近を見送り、続いて同じことを三成にいう。 「今からならば、間に合うのでは??」 「し、しかし……俺は…」 「三成殿、こう言ってはいかんのかもしれないが……略奪してしまいなさい」 仰天し、息を呑む三成の目を真っ直ぐに見据えて彼は言った。
「三成殿のお気持ちはよく分かる。姫様が選ばれた婚姻であれば仕方がないのかもしれぬ。 「っ!!」 「仕事なら御気になさいますな。元々三成殿は働き過ぎですよ、ほら、様が制定した有給休暇。 「そうか………………………そうだな。すまん、恩に着る」 「いえいえ」 こうして二人を体よく邸へと追い出しておいて、同時に龍興にはこう囁いた。 「どうも最近邸へ旧臣が集まっているようでござる。何か企み事でもあるのでは??」 政の中心から遠ざけていても家の家臣は皆、才知溢れる者ばかり。 「…では、始めるとしようか…」
誰憚ることなく牙を剥いた半兵衛は、豊臣秀長、蜂須賀小六、山本勘助、馬場信春、高坂昌信らを巻き込んで、城内で我が物顔にふるまう斎藤家家臣団に突然襲いかかると、あっという間に簀巻きにした。 「もう我慢できねぇ!!」 「そうだ、そうだ!!」 「わざわざこんなトコに立てやがって!! 姫様への当てつけかよっ!!」
民、職人集、大工衆が声を掛け合い、我も我もと手に農具や道具、石を持って城へと詰めかける。 「こ、これは何事ぞ?! いかな理由があってのことか??」 官位を与えるはずの来訪が、とんでもない面倒事に巻き込まれた。 「さぁ…以前の主であればこのような事は一切起きませなんだが、今の主は暗愚故仕方がありませぬ」 「こ、この地は主が変わったのか? 届けられた書には斎藤龍興殿の領地とあったはずだが…」 「いえ、それはここ一月の間に起きた事にございます。 「なんとっ?! で、では、その者は今どこにおるのかっ?!」 「斎藤殿のせいで身包み剥がれて一介の民となり下がり、城下にて慎ましく暮らしております」 「おおおお、なんと嘆かわしい!!」 「この騒ぎ、様ならば諌める事も可能でしょうが、斎藤殿では…到底どうなることか……」 「何故じゃ?!」
「知れたこと。家臣一同、今の主に膝を折りたくて折っているわけではありませぬ。 「…た…竹中殿、そなたは麿に何を求めるのじゃ…」
「何を仰いますか。私のような者が朝廷からの使いである貴方様に嘆願などと、怖れ多いにも程がございます。 息を呑む使者に対して、たてた茶を奨め、半兵衛は言う。 「生憎、この騒ぎの中にあって現在主・斎藤龍興はどこ吹く風でございますが、早々に戻りましょう」 渇いた喉を潤そうとしたのか使者が茶器を取り上げて、口元へと運ぶ。 「な、何故それが分かるのじゃ?」 「大方、様の元へと押しかけている頃でしょうから」 唇に触れる寸前まで器を掲げていた腕の動きが、そこでぴたりと止まった。 「押しかける…? 鎮圧目的か?! この騒ぎはその者の起こした騒ぎなのか?!」 仰天した使者が問い、半兵衛が緩く首を横へと振った。 「いいえ…様がそこまで腹黒ければ、元よりこの城を明け渡したりしておりませぬ」 「む、そ、それもそうじゃな…では、何故?」 一時、間をおいて、半兵衛は答えた。 「振られた腹いせに、嘲笑いに行っているのでございますよ」 「……な…なにを…していると? この…騒ぎの中で…??」 「…最近はそればかりにございますれば…相違ありますまい。 半兵衛の淡々とした言葉を聞いた使者は、思わず茶器を取り落とした。 「………それとも……何かご決断がございますでしょうか?
使者の反応を見越した半兵衛が、落ちた茶器を拾い上げて後始末をしながら、淡々と問う。
「……えーと、これって一体…どういうこと??」 意味の分からぬ来客に翻弄されるを前に、左近もまた拍子抜けしたように目を丸くしていた。 「姫、結婚するんじゃないんですか??」 「一体誰とよ??」 「結婚しない?」 「その為に城を出たんだけど」 「いやいや、あのバカ殿の事じゃなく…」 「あ、そうなの?? なら、全然分かんないかな。そんな予定もなければ、相手もいないし」 安堵したとばかりに胸を撫で下ろす左近に、は座布団と茶を勧めた。 「どこから聞いたデマか知らないけど……折角だからお茶でも飲んで行って」 「はぁ…どうも……おかしいな…半兵衛さんが教えてくれたんですけどね…」 「ふーん…半兵衛さんも誰かに騙されたんじゃないの? ほら、人がいいじゃない。半兵衛さんて」 「ああ…言われてみりゃ、そうですね。半兵衛さんも担がれたのか」
二人で縁側に座ってお茶を飲んでいると、板垣の向こうが妙に騒がしくなった。 「なんだろうね?」 「さぁ…? またバカ殿が税率でも上げたんじゃないですか?」 「えー、ちょっと勘弁してよ〜。これ以上上げられたら、私首括るしかなくなるよ」 軽い調子で二人は会話を交わして、長閑な一時を楽しんでいた。 「!! はいるかっ!!」 「何? 一体何なのよ…」 門を蹴破って入って来た龍興に嫌悪丸出しの顔でが応対する。 「おのれ、島左近!! 貴様やはりその女狐と結託しておったか!!」 「ハァ?!」 「ア? なんか言いましたかね?」 濡れ衣にが呆れた顔をすれば、を貶された左近の顔に修羅が宿る。 「聞いたのだぞ、私はっ!! この女が旧家臣を誑かし、良からぬことを考えていると…!!」 「どこのどいつが吹いた話か知らないが、笑えない冗談ですな。龍興殿。 「ええいっ!! 往生際が悪いぞ!! 島左近!! 庇い立てするならばその女共々首を撥ねてやる!!」 こんな大声で喚いていれば、外に内容が筒抜けになる事は当然で、騒ぎを聞きつけた近隣住民が立ち上がった。 「テメェ、いい加減にしろよ!!」 「姫様を卑怯な手で追い出して、今度は何奪う気だっ!!」 「これ以上姫様に付きまとうなら、俺らがブチ殺してやるっ!!」
重税に次ぐ重税。それだけでも腹立たしいというのに、今度はわけの分からぬ理由で、慎ましく暮らしているの生活まで脅かそうとする。 「龍興殿、人聞きの悪いこと言わんで下さいよ」 取り合えず、が扇動して悪だくみをしてるという妄想だけでもどうにかしようと、左近が釘を刺した。
「そうさな、龍興殿の言うとおり、姫と左近はもう主従じゃない。って事は、誰に憚る事もないはずだ。 左近の発言を受けて、龍興は息を呑む。 「要はこういう事なだけですよ、無粋な真似はしないでもらいたいんですがね?」 「あ、あのさ…さ…左近さん…み、皆見てるから…」 ギャラリーの多さに焦るに対して、左近は気に留める様子もなく、平然と甘い言葉を囁いた。
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