帰るべき場所

 

 

「そうですか? 左近は全然気になりませんね。
 そんな事よりも……姫、生活苦に耐え兼ねたら、何時でも左近の館に転がり込んでくるんですよ。
 一生面倒見ますんで」

「ええっ?!」

 狼狽するの背後から二つの声が同時に上がった。

「勝手なことを言うな、左近」

「そうだぜ。こんな家だが、捨てたものでもあるまいよ」

「み、三成?! け、慶次さんも…!! 
 ってゆーか、二人ともどうしたの?! そのカッコ…ボロボロじゃない…?!」

 半兵衛の言葉に踊らされた三成が慶次の元へ殴り込み、一騎打ちでもしたのだろう。
二人ともまともな体裁をしてはいなかった。

「み、三成…何故、貴様までがここへ…?!」

「新君主に疎まれ遠ざけられたのでな、暇なのだよ。与えられた仕事もとっくに終わっているしな」

「だ、だからといって…」

「いい機会なので貯めに貯めていた有給休暇を消化してるだけだ。休暇中、俺がどこにいようと俺の勝手だろう。
 そんな事より、!! お前、結婚するんじゃなかったのか?!」

「ハァ? 何、またその話?! 一体誰よ、そんなデマ流してるのは!!」

 三成の詰問にが眉を顰めれば、慶次が「だから言ったろ」と独白する。
の口から真意を聞いた三成も、ようやく安心したという表情だった。

「ええいっ!! そんな事はどうでも良いっ!! 今更誤魔化すな!! 往生際が悪いぞ!!」

 二人のやり取りを見ていた龍興ががなりたてた。

「なんの話だ?」

「さぁ? 左近達が姫の下で、斎藤家転覆狙ってるとでも思ってるみたいですよ」

「バカバカしい妄想でしょ? そんな事するはずないのにさ」

 三成が縁側に座したままのと左近を見やれば、二人は肩を竦めて見せた。

「ふん、くだらんな。
 仮にやるとしてもこんな分かり易い場で、隠し事の下手な女を巻き込んで密談などするものか」

「全くだ」

 と左近の反応に慶次と三成も同調する。
龍興が益々疑惑を募らせ、顔を険しくする。

「おのれぇ…口から出任せを並べ立ておって……どこまでもシラを切るつもりか!!」

「そんなつもりは毛頭ありませんけどね」

「そうよ、そんな暇ないわよ。あんたが上げた税払いながら生活するので精一杯だし」

「なら、俺の所へ来るか?」

「だから左近の所へいらっしゃいって言ってるじゃないかですか」

「いらない世話だな、俺が食わせてくさ」

 三成、左近に続いて慶次までが混ざる。
また話が脱線しかかって、龍興が我慢ならじと地団駄を踏んだ。

「いい加減にしろ!! 無礼にも程があるッ!!」

 三成が迷惑そうに顔を顰めて冷徹な視線を龍興へと投げつけた。

「鬱陶しいな…そもそも貴様は、こんな所で油を売っていていいのか?
 俺が城から出てくる時に客が訪ねていたようだぞ。

 ……確か官位がどうとか言っていたような気がするが」

 三成の発言を受けた途端、龍興の顔色が変わった。

「何っ?! それは、朝廷からの使者ではないのか!?
 まさか貴様、朝廷からの使者をほったらかして来たのか!!」

「かもしれんが、そんな事は知らんな。以前ならばともかく、今は俺の仕事ではない」

 慌てて踵を返そうとした龍興に対し、の傍へと腰を下した三成は、厭味ったらしく鼻で笑う。

「ふっ…帰るのは構わんが、今城に戻るのは大変だと思うがな」

「どういう事だ?!」

 口の端を吊り上げるばかりで答えない三成の態度に龍興が業を煮やしていると、城から兵が飛び込んできた。
民で構成された人垣を掻き分けて現れた兵は、青褪めた顔をしていた。

「た、大変です!! し、し…城で……籠城騒ぎが起きて…っ!!!」

「な、ば、馬鹿な!! 一体誰がそんな事をっ!!」

「竹中半兵衛様です!!」

「えええええーーーーーーっ?! あの半兵衛さんがっ?!」

 自分には関わり合いのない事だと茶を飲んでいたが思わず噴き出した。
よっぽど驚いたのか酷くむせ込んでいる。
慶次がすぐに動いて背中をさすれば、隣に座っていた左近が懐から手拭いを差し出した。
が借りて口元を拭っていると、左近と三成とが互いに視線を交わす。
彼ら二人は自分達が半兵衛に乗せられていた事に気が付いたのだ。
三種三様の反応を見せる彼らを前に、呆然とする龍興をジト目で見ながら、面白い事になって来たと口の端を吊り上げて笑うのは、の背を擦り続けている慶次だ。

「して、よ、要求は?! 要求は何なのだ!?」

「は、はい…旧領全域の譲渡と……斎藤家からの資金援助に関する条件の全面反故を訴えておいでです!!」

「な、何ぃっ?!」

「あ、あと…それから…」

「ええい、なんだ!! はっきりと一度に話さんかっ!!」

 癇癪を起した龍興の声に兵士が竦み上がれば、邸を囲う人垣の向こうから孫市の声が上がった。

「直江兼続、伊達政宗、浅井長政、武田信玄、斎藤家から離反。
 信玄については挙兵して、真田幸村を先兵に、お宅の実家を攻めてるぜ」

「え、そうなのっ?!」

 驚きで咳も止まってしまったのか、が顔を上げる。と、同時に慶次の手が止まった。

「ああ、間違いない」

「うそ……なんかそれって…すごく…」

 段々と大がかりな事になって来たな、とが引き攣った笑みを浮かべる。
すると人垣を掻き分けて中庭に入って来た孫市は相槌を打った。

「ああ。普通に大事、非常事態もいいところだ。けどな、もう一つ、面白い事があるぜ」

「なんだ」

 目を白黒させるの代わりに、三成が問うた。

「斎藤家で稲葉一鉄、安藤守就、氏家卜全が一部の家臣を煽って、城を占拠したらしい。
 なんでも暗愚な君主が、親子ほど年の違う女の色香にトチ狂って、卑劣な策を弄じた事が気に入らないんだそうだ。
 連中、その一方的な思い込みに付き合わされて、片棒を担がされたのが堪らないんだとさ。
 堪忍袋の緒が普通に切れたってとこだろ。
 時期が時期だからな、信玄の挙兵は奴らと内応した上でのものと考えた方がいいだろうな。
 ああ、その信玄だが斎藤城を攻略後、こっちに転進するつもりらしい。
 身包み剥がされて行き場を失っている美しい姫君を君主として頂く為に奪いに来るんだとさ」

「その話、本当かい?」

 の背から手を放し腕を組んだ慶次が問えば、孫市は頷いた。

「その為の布石ももう打ってある」

「布石って…何したの?」

「何、簡単な話さ。
 彼女と懇意にしている傭兵集団の頭領に、"敵の手に落ちる前に誘拐してこい"って渡りをつけたのさ」

  かっこつけて銃を構える孫市の前でが冷や汗を流した。

「それって…もしかして、もしかしなくても……」

「そういう事だな」

 孫市が肩を竦め不敵に笑えば、龍興は左近と三成を見た。

「ええい、何をぼうっとしておる!! どうにかせぬか!!」

 だが左近と三成の反応は鈍い。

「左近は今日非番です」

「俺も有給休暇中だ」

「…なっ!! き、貴様ら…!!」

「不服があれば幸村のように放逐でも何でもするがいい。
 俺ほどの才があれば再就職など容易い事なのでな。さして困らぬ」

「右に同じですな」

「くっ…くぅぅぅぅ!!!! そ、そうだ、殿、城へともに逃げようぞ!! 
 籠城など私の部下がどうとでもしているはず!!」

 慌ててを顧みた龍興に止めを刺したのは、竦み上がっていたはずの伝令兵の一言だった。

「あ、あの…殿……申し上げ難いのですが……城へ入るのは困難かと…」

「何ぃ?!」

「城は現在、大工衆、職人衆、農民で構成された一揆衆に取り囲まれております」

「当然の成り行きだな」

「あれだけ重税したんだぜ? 今更逃げ切れると思うなよ。そんな虫のいい話、普通になしだろ?」

「そうですねぇ…君主なんだから、ちゃんと責任は取らないとな」

 淡々と三成が言い、孫市と左近も同調する。

「龍興さんよ。そろそろ帰っちゃくれないかい? あんたがいると、この家にまで飛び火する。
 今となっちゃ、ここがさんの唯一の家だ。巻き込まれるのはごめんだぜ」

 龍興相手にドスの効いた声で邸宅からの退去を迫った慶次は、それからすぐに声色を変えた。

「ところでな、さん。どうせ暇なんだ、久々に信玄の所に遊びに行くかい? なんなら松風出すぜ」

「え、え、慶次さん?」

 おろおろするの横で、左近と三成が不敵に笑う。

「何も信玄の所でなくてもいいだろう。割拠したという事は、兼続、政宗、長政も同じ腹のはず…」

「こりゃきっと一気呵成に攻めてきますな。
 姫、巻き込まれる前に好きな所へ遊びにお行きなさい。きっと皆喜びますよ」

 二人の言葉を聞いた龍興は、なす術もなくその場にずるずると座り込んだ。

 

 

 派手なクーデターを起こした一派が望む事の中に自分の名前がある以上、高みの見物もしていられない。
は慶次、左近、三成、孫市、そして民を引連れて城の前へとやって来た。
城の門は固く閉ざされ、その周りを民が取り囲み、投石しながら不満を訴える。
 一方で、城の天守閣からは、

 

"政権をの手へ"

"追悼、諭吉・稲造・漱石・花子"

 

 と、書かれた大弾幕が下げられ、城内では決起集会でもしているかのような咆哮が轟いていた。

「……ああ、そうか……それでキレたのね…」

 鉢巻きに襷掛け姿で天守閣に仁王立ちしている竹中半兵衛を見た時。
同僚となる諸将は、皆我が目を疑わずにはいられなかったようだが、だけが彼の激怒の理由を瞬時に悟った。

 城内の決起集会を煽る半兵衛の小脇に抱えられているのは、松の盆栽"花子"の残骸。哀れな事この上ない。

「龍興さん……アンタさ……酒浸りの日々って聞いたけど…酔った勢いで半兵衛さんの盆栽壊したんでしょ?」

 が慶次によって連行されている龍興に問いかければ、彼は口籠った。
どうやら当たらずとも遠からずというところのようだ。
 城を囲んで騒ぎたてていた人々も、が出て来た事に気が付くと、投石の手を止めて固唾を呑んだ。
皆、この騒動の顛末を目に焼き付けんと、目を光らせていた。

「さて…と…。この場合、私はどうしたらいいんだと思う? 左近さん」

「そうですなぁ、このまま龍興を民衆の中に放り込んで半殺しになるのを待つのも手でしょうが…」

「ヒイッ!!」

 脅える龍興に三成が淡々と追い打ちをかけた。

「面倒だ、領外に追放してはどうか。きっと割拠した将どもが討ち取るぞ」

「ヒィィィィィィ!!!」

「斎藤家に送り返してもいいんじゃないか。内乱起こした三人が始末してくれるだろうさ」

 慶次までが止めを刺す。

「つまりさ、龍興さん……ここまでくれば私にもよく分かるんだけど……。
 あんた、帰るトコ、もう一つもないみたいよ。

 で、どうするの?? 心を入れ替えてちゃんと政してくれるの??」

 

 

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