剣豪の望むもの |
毛利との決戦が始まってから、早くも半年が経とうとしていた。 「姫様、せめて粥は喉を通して下され」 「う、うん…ごめん…分かってるんだけど…」
食わねば立つ事は出来ぬと知りながら、粥ですらなかなか口を通らなかった。 「あれ? 昨日、ここにいた人は??」 「は、遊撃隊に志願しまして…」 はっきりしない言葉尻から、その者が陣の外に横たわる屍となった事を悟った。 「そ、う…」 胸を痛め、人が人を殺す事の恐ろしさと虚しさを知り、涙する。 「…皆、有り難う。ごめんなさい。頑張るから。皆の為にも、頑張るから…」 こうして広がる死地は、皆が領を護る為に行動した結果でしかない。 「次の人は…足ね、動かないで」 は自らの意思で国元に戻る事を止めて本陣に駐屯した。
「も難儀な事よな。北条の侵攻を防いだかと思えば次は自然災害か」 「その上今度は毛利の侵攻とはな…息つく暇もないのぅ」
「挙句迎撃に躍起になっている間に配下の二将・伊達政宗と直江兼続は、同盟国での救援を名目に小競り合いを 「…やはり女子では将兵を諌めおくには限界があるか…かの者の才知も高が知れておるの」 と毛利の戦いを見守る諸国が口々に囁く。
「ふん、時世を読めぬ馬鹿どもめ。なんとでも言うがいい。後に壮大な計略の前に冷や汗をかくのは貴様らの方よ。 「は、旧徳川領復興、完遂しております」 「そうか!! では次は伊達領じゃ!!」 「ハッ!!」 この頃、後方支援に徹していた政宗、兼続の奮闘が功を奏し始めた。 "元直江領復興完遂。ついては募りし義兵を輸送す"
そうして得た後方都市の安寧を背景に、山内一豊、市、酒井忠次を始めとする各所領に駐屯する徳川一門による働きで、徐々に兵の補充が出来るようになって来た。 「しかし、それでは…」
「すぐに兵に組み込んでも、上手く機能しないと思うの。だって元は敵兵よ? 連携しろって言ったて無理だわ。 「…分かりました、どうにか致しましょう」 投降兵の殆どは、の命の元一旦領へと送られた。
そこで彼らは領が今どのような状態にあるのかを目の当たりにすることになる。 「おい…なんだよ…これ…」 「嘘だろ……こんな……こんな所に俺達は攻め入ってたのか…?」 腹を括っていた彼らは、領に入り、かの国の現状を己の目で見て、初めて自分達のしていた事の愚かしさを知った。乱世とは言え、防衛に必死になる後方都市では、女子供、兵から民までが分け隔てることなく、自然災害に痛めつけられた大地を癒し、国を立て直す事に必死だった。 「棟梁〜!! 畑に埋まってる城壁吹っ飛ばすのに火薬もらえないんですか〜?」 「馬鹿野郎!! そんなもんは腕でどうにかしろ!」 「いや…だって、腕ったって…岩相手ですよ?!」 「でかいなら、小さくすりゃいいだろ!! 木槌とのみで削って、後は縄で結えて引きずり出せ!!」
疫病こそないものの大地は泥濘、多くの田畑は荒れて、民を護る為の城壁は役割自体をなしてはいない。 「頭領さん、あたいらも手伝うよ。何か出来る事はあるかい?」 「すまねぇな…んじゃ、あいつらと行って、砂利の運搬してくんな! 怪我しないように気をつけるんだぜ?」 「任せておくれよ!」 田畑の回復が遅れれば、当然食糧難になる。 「七班、休憩〜! 飯とってくんなー! 三班、入れ替わりだ〜!! 持ち場に戻れー!!」 辛うじて君主であるの采配で見慣れぬ野菜を栽培し、食糧危機を防いではいるが、この現状を維持し続けられる保証はどこにもない。 「五穀粥を希望する奴は左の列だ。 「これを食すのか? どうやって食す?」 「蒸かしてあるからぽさぽさしてるが、塩やみそと食えば腹もちがいいよ。 「そうか、そうか。姫様が…ならわしは芋にするよ。米は前線にいる武士に譲った方がええしな」 「助かるぞ。さあさあ、皆、好きな方に並んどくれ。粥は一杯、いもは三個までだ! いもがお勧めだよ」
想像以上に悪辣な環境に晒されて、更には復興に従事しろと言われれば、嫌でも痛感する。 「こんな事、してられるか!! 俺は武士だぞ!!」 誰かが最初に口にした。 「そうだ、俺達は、武士だ!! 武士は戦場で働く!!」 続いて、誰かが数少ない農具を投げ捨てた。 「戦場に戻せ!! 俺達が劣勢を覆してやる!!」
投降兵の中に広がった威勢は、もはや復興支援に向くようなものではなくなった。
「むぅ…士気が盛り返しておるか…しかし、どうした事だ?! 何故、兵站が途絶えぬ?!」 着実に兵数を増やし、威勢を取り戻す軍の前に、毛利・北条軍の首脳陣は困惑を隠せない。 「ふん…手強いものよ」 「女だてらに並々ならぬ反骨よ…気に入った」 「だが、このままでは済ませられぬな」 「お三方、元より承知であろうが…」 「分かっている、中央は立花に任せよ」 「投石は俺が潰そう」 「では儂は弓兵に当たるか」 三軍はそれぞれの手勢を率いて陣を出た。
「どう?」 「うん…やっぱり真田幸村が居ないのが痛いな」 「斎藤領に留めおかれてるんだろ?」 「当たり。どうやら官兵衛との内応で威勢を盛り返したらしいんだな。 「あのさ、兄貴。なんかその口ぶりだと、防衛戦って感じがするんだけど? 無機質なビルの一角、モダンなデザインのカフェの中。 「当たらずとも遠からずかな。毛利との戦いでごたごたしてたから、仕方がないんだ」 「どういうこと?」 「あの混乱に乗じて斎藤龍興が逃走して、斎藤領で返り咲いてるんだよ」 「ええっ?! じゃ、何?! 寝返ろうとしてた三人はどうなっちゃうんだよ?!」
「ああ…氏家卜全、稲葉一鉄、安藤守就? 彼らは……あ、出てきた。大丈夫だね、武田勢とちゃんと合流してる。 「そっか。ここの連中が早く動ければいいんだろうけどな」 「本当にね。斎藤城陥落戦だけで軽く二千は兵が削られてるはずだ。
カフェに併設されているバーからドリンクを取って来たのか、弟が机に荒っぽくコップを置いた。
「ったく、黒田官兵衛ハッスルし過ぎだよ。大体この人なんでここまで救世主を目の敵にするんだよ? 「そこだよ」 「え、どこ?」 弟がファイルから視線を外し、辺りをきょろきょろと見回す。
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